情熱の料理人 スヴェン・エルヴァーフェルトの日本酒との向き合い方

ラズベリーとライチ、薔薇の花びら、ポップライスが奏でるスイート・シンフォニー。このデザートは宮城県塩釜の蔵元「浦霞」の低アルコール純米酒「萩の白露」とハーモニーするように、ヴォルフスブルクのレストラン「アクア」で創作されました。今年は「日独交流150周年」を記念して二国間をつなぐさまざまな文化イベントが開催されてきましたが、ドイツのグルメの舌をうならせたのが「ドイツ7人のサムライ料理人とSAKE」という特別企画でした。

ドイツで日本酒文化の普及に努めている上野ミュラー桂子氏(ウエノグルメ代表)のプロデュースで、ドイツの名シェフ7人が創作する7コースのメニューと、日本の7つの蔵元が誇るプレミアム酒との味覚のコラボレーションが実現。3月のフランクフルトの超クールなテクノの殿堂「コクーンクラブ」のレストラン「ミクロ」を皮切りに、この11月には、AXIS142号のオピニオンにも登場頂いた情熱の料理人、スヴェン・エルヴァーフェルトさんでフィナーレを迎えました。エルヴァーフェルトさんはミシュラン3つ星だけでなく「サンペレグリノ 世界のベストレストラン50」で今年は25位にランクアップと躍進を続けています。

ではいったいどんなお酒に対して、どんな料理をつくり出したのか。エルヴァーフェルトさんのクリエイションを御覧いただきましょう。

「スナック&クヌスパリロ」「スープショット」というエルヴァーフェルトさん独特のスターター。クヌスパリロは日本語ではパリパリロールとかサクサクロールと言えばぴったりでしょうか。淡雪色の発泡純米酒、兵庫の蔵元「福寿」の「あわ咲き」がグラスに注がれました。アクリルガラスの台はシェフのオリジナルデザイン。スープショットはぐい飲みスタイルのスープ。鳩のエッセンスと甲殻類&ショウガの2種類の濃厚なスープと口休めにコリアンダークラッカー。クヌスパリロの真ん中のロールは海苔、海藻、ポップライス、わさび、醤油、大根、シソ、キュウリを材料に寿司をデコンストラクションしたお煎餅感覚のエルヴァーフェルト流スシです。

スナックの愛らしい金柑の中にはフォアグラが隠れていました。

青森県田子村の黒にんにく(といっても田子産なら何でもというわけではなく、こだわりの黒にんにく)のクリーム、2年ものの醤油、日本のリンゴ酢、水、イカ墨で大根スティックを真空状態でマリネします。60°で40分湯煎し冷まして1日おいてから写真のように大根スティックを切り分けます。このエルヴァーフェルト流の黒たくあん、ホタテに添えてある脇役ですが、山口県のこだわりの蔵元「獺祭(だっさい)」だけができるという精米歩合23%の「磨き二割三分」と究極のハーモニーでした。

エルヴァーフェルト流焼き鯖です。鯖の下には牡蠣がベーコンと柑橘類(ポメロなど)のレリッシュにフワリとのっています。相手が花酵母で醸す佐賀の蔵元「天吹」の生もと純米大吟醸「しゃくなげ酵母」ということで菊の花も散りました。

勢い込めた緑色のグラフィカルな一筆はキュウリと香草のディルが絵具の役目をしています。オークニー諸島近海産のサーモンはユラボ社のサーキュレーターを使い57°で4分間真空調理後、ハイビスカス塩を散らし、ポテトのバリエーション(果実の色のミニキューブもポテト)が添えてあります。日本酒のロマネコンティを目指すという名古屋の蔵元「醸し人九平次」の純米吟醸山田錦「オー・ド・デジール」とともに。

イタリア産白トリュフ(マニャトゥム・ピコ)の下にはヴァッケロッセ(赤牛)からのパルミジャーノ・レッジャーノと低温で蒸した卵黄、紫とオレンジ色のカリフラワー添え。山吹色の古酒は新潟の蔵元「麒麟」の「時醸酒ヴィンテージ2011」。

鴨レバーのソテーにドメスチカ・スモモのバリエーションとシソ添え。お酒は岩手の蔵元「南部美人」が開発した糖類無添加、純米酒と梅だけが材料という特許付きの梅酒でした。

灘の老舗「櫻正宗」が神戸牛のために開発した生もと純米吟醸酒「Kobe Sakura for Beef」にはニュージーランド産和牛で対応、かぼちゃとビーツ添え。

もう一品のデザートはマンゴーとライチ、紫蘇、ポップライスによる建築的な造形。この皿はドイツの名窯フュルステンベルクとのコラボレーションで完成したグルメコレクション「ブラン」の1つです。エルヴァーフェルトさんとティム・ラウエ、ニルス・ヘンケルというドイツを代表する若手シェフ3人が共同開発しました。

この後でプラリネやフィナーレのスイーツとなり、気がついたらもう4時間が過ぎていました。ワーグナーのオペラ並みです。実は私は南部杜氏の孫でお酒には強いのですが、グラスがワイン用なだけに、ワイン感覚で7コース注がれるとさすがに最後は目の前が緑色にチカチカしてきました。ワインの半量注いでも貧弱に見えず、かつ料理の大きな皿にも負けないデザインのSAKEグラスがあれば……。日本酒のドイツ・グルメレストランへの進出によって、ドイツのガラス食器やグラスのメーカーが新しいSAKEグラスを開発するようになればいいですね。(文・写真/小町英恵)

この連載コラム「クリエイティブ・ドイチュラント」では、ハノーファー在住の文化ジャーナリスト&フォトグラファー、小町英恵さんに分野を限らずデザイン、建築、工芸、アートなど、さまざまな話題を提供いただきます。今までの連載記事はこちら