AXISフォーラム
「トラフ建築設計事務所」レポート(前編)

1月26日に東京・六本木のAXISギャラリーで催された「第40回 AXISフォーラム」は、AXIS 155号の表紙に登場いただいた、トラフ建築設計事務所の鈴野浩一さんと禿 真哉さんによる講演でした。タイトルは「建築的思考から生み出す、モノ、空間、風景」。1時間半にわたった自作の解説の一部を抜粋し、前後編でレポートします。

禿 「今日は私たちのこれまでの作品を紹介しながら、それらがどういう発想でつくられているかをお話しして、普段どういったことをふたりが考えているのか見ていただけたらと思います」。

「テンプレート イン クラスカ」(2004年) Photo by Daici Ano

鈴野 「私たちが2004年にふたりで最初のプロジェクトを初めてから、ちょうど8年になります。ホテルクラスカ(東京・目黒)の客室のデザインを担当したとき、初めてトラフ建築設計事務所という名前を使いました。この『テンプレート イン クラスカ』というプロジェクトは、僕らがモノから発想していく原点になっています。ホテルの部屋にはさまざまな備品があって、小さな部屋ほどそれらの持つ意味合いが強く、後からモノを置けません」。

禿「特にこのときは長期滞在用シングルルームのリノベーションだったので、宿泊客の持ち物だったり、ホテルの備品だったり、モノが収まる形をパズルのように決めてしまおうという提案をしました。ホテルって、長い間泊まっていると自分の持ち物がだんだんちらかってしまう。だから、片付けるという行為自体をゲームにしてしまう壁面を考えたのです。椅子やゴミ箱が埋まっていたり、お気に入りの雑誌を差し込めたり。客室を自分の部屋のような感覚にしていける。部屋の照明も全部、穴の中から間接光で取っています。壁の奥にスピーカーが仕込まれていて、音楽も聴こえる。『テンプレート』とはデザイナーが使う定規のことで、レーザーカットでしか生み出せないような構造を考えました。家具と壁のちょうど中間のようなプロジェクトでしたね」。

鈴野 「このときは、建築の『壁』をつくるという発想でやっていました。建築は10年、100年と残るものなので具体的な形を与えることに悩みましたが、機能を超えた高揚感や楽しさを与えることができたかな、と思います。学生時代に見た建築誌の竣工写真では、人や物のない、空間の純粋さを追求したものがほとんどでした。人やモノが入った状態を条件として考えて、その中で背景の建築をつくる。建築だけで完成するものはないという考えは、この後のプロジェクトにもつながっています」。

「NIKE 1LOVE」(2006〜07年) Photo by Daici Ano

禿 「次にお見せするのは、ナイキの『Air Force1』というシューズを専門に扱う1年間限定ストアです。1年かけて、新商品が出るたびに靴が増えてくる過程を見せようとしました。最初に白いシューズを300足ほど置いておき、少しずつ新作の靴と入れ替わって色が付いていくんです」。

鈴野 「クラスカのときと同じで、モノからどういう空間ができるのかを考えました。靴は矢印のようなもので、グルグルと同じ方向を向いていると、魚が回遊している水族館のように見える。靴を魚に見立ててキャラクター化してしまおう、という発想でした。オープニングのときに、最初の1足目として特別なクロコダイルのモデルを1つだけ入れて展示しました。白い靴の中に黒い1足が混じった様子は、絵本の『スイミー』のようでしたね」。

禿 「この『水族館』というのは僕らが設定した裏テーマで、クライアントには『ソールの形状をパターン化したもの』というデザインの説明をしていました。ただ、こうした裏のテーマを持っていると、ナイキの持っているハードに、別のストーリーを被せて深まっていく効果がある。モノから発想することで、さらにストーリーが広がっていきます。2階にはオリジナルのデザインをオーダーできる予約制のラウンジがあって、下の階を覗き込んだとき水面のように見えるんですよ」。

鈴野 「円形のガラスに、小口が透明に見える高透化ガラスのブラケット棚を1枚ずつ付けたのですが、紫外線を当てることによって硬化する特殊なボンドを使い、靴が漂っているような印象を強めています」。

「空気の器」(2010年) Photo by Satomi Tomita

禿  「空気の器は紙のプロダクトで、ちょうど2年くらい前に発表したものですが、その後はプロダクトに留まらない展開をみせています。会場のテーブルにもいくつか置かせてもらっているので、どうぞ後でご覧ください」。

鈴野 「最初は『かみの工作所』さんが、ここAXISで開催した『トクショクシコウ』展に参加したのが始まりです。特色印刷をテーマにした展覧会で、参加デザイナーがそれぞれ異なる色を担当します。僕たちの色は、緑。最初は『特色』とは何なのかわからなかったけれど、色を混ぜて特定の色をつくり出すことだと分かりました。ただ、調色して塗料をつくったりすることは建築でも良くやっていましたから、印刷技術でRGBの網点が色を再現するのと同じように、青と黄色が視覚的に混ざり合って緑色をつくることを思いつきました」。

禿 「パッとひっくり返すときに緑に見えるよう、裏と表に、黄と青を印刷した紙に切り込みをつくって、広げると器の形になるものです。コンパクトな2次元の紙からどうやって立体を立ち上げられるのか、いろいろとスタディをしました」。

鈴野 「固い紙にするとちぎれやすいし、厚紙でも自重でペタッと崩れてしまう。ある配分でピタッとバランスがとれて、自立するんです。ひっくり返すと、表参道にあるプラダのビルの構造と同じですね」。

禿 「最小限の部材でどういう構造物がつくれるのかは、建築で言えば構造的なアプローチと同じです。僕たちは建築をベースに活動をしているので、いかに形態をとどめられるかに興味がありました」。

鈴野 「2次元的に見ていいもの、広げて展開してグラデーションが動いて面白いものを何度も検証しながらつくっています。空気の器の展覧会をいろいろな会場で行いました。置かれる風景も含めて提案したプロダクトなので、常に場所とのセットでイメージしています。自分たちでお店に行って設置をするし、空間でどう見せるのかを毎回、その会場ごとに考えました。スパイラルホール(東京・表参道)の展示では、300個以上の器を天井から吊ったのですが、ミラーの上に置くことで裏側の違う色が見えます。また、空調や風によって揺れているので、クラゲが漂っているようにも見える。SHIBAURA HOUSE(東京・芝浦)で行った『空気の器に乗ろう』と題したワークショップでは、巨大な空気の器を吊り下げました。また、会場に来た子供の写真を切り抜いて空気の器に乗せてバルーンで浮かばせると、ふわふわと浮かんでいるように感じます」。

禿 「この後、スライドでお見せする昨年のミラノサローネの会場では、キヤノンのカメラで撮影して、同じくキヤノンのプリンターで出力した特別バージョンをつくりました。みんな記念撮影していましたね。空気の器をプロデューサーの方に見てもらったのが、ミラノでインスタレーションをするきっかけとなりました。情景も想定して提案したのですが、置かれる場所を『敷地』と見立て、モノがあるとその環境がどう変わっていくのかを含めて考えていきました。これもモノから空間に広がっていった一例です」。

Photo by Daisuke Ohki

(後編に続きます)