第2回 BMW デザイン部門 エクステリア・クリエイティブディレクター 永島譲二氏インタビュー

BMWのデザイン部門に籍を置いて四半世紀。海外の一線で活躍する数少ない日本人カーデザイナーでもある。そんな永島氏へのインタビューの2回目をお送りする。

写真(ポートレート)/藤井 真

インタビュー・文/編集部・上條昌宏


エクステリアにおけるデザイン戦略

——現在のデザイン部門の状況について永島さんは、「小さな差別化のなかでブランドのイメージを深めていく」ことをテーマにしていると話されました。プレゼンテーションでも例に挙げた4シリーズクーペのコンセプトモデルのデザインを例に、こうした活動の具体的な展開について教えてください。

 昨日のプレゼンテーションでは、4シリーズの前に6シリーズ グランクーペの写真を映しましたが、 6と4を比べると確かに全体の大きなデザイン構成は似通っている。ボディサイドを流れるキャラクターラインによって生み出される光と陰の表現や、リアの陰の部分が途中でヒップアップしている点などは共通しています。同時に、明らかに同じクルマでないことが一目でわかるでしょう。それは、小さな差別化によってもたらされる効果です。
 この例は6と4には当てはまりませんが、フロントバンパーにおけるボンネットフードのセパレーションがどこにあるかを見ていくと、エンブレムまで巻き込んだ場合と、エンブレムの後ろで切断している場合に2タイプがあることがわかります。どちらのタイプを採用するかによってフロントの断面形状はかなり印象が変わり、車種を識別する際の差別化につながります。しかし、全体の印象ががらりと変わるかといえば決してそうではない。差別化の重要なポイントに違いはありませんが、全体のアーキテクチャーを損なうほどめちゃくちゃというわけではありません。そういうバランスを考えながら取り組んでいるという説明で理解いただけますか。

——サイドのアクセントラインやフェンダーフレアの形状に彫刻的なニュアンスを盛り込んでいるのが近年のBMWデザインの特徴です。その結果、ボディに映る光や陰はひじょうに複雑な表情として現れています。この方向性はドイツの別のメーカーにおいても見ることができますが、カーデザインの1つのトレンドなのでしょうか?

 私はそうは思いません。ドイツメーカーの中には確かに私たちと同じ方向を指向しているところもあります。一方で大きな平面の構成のみによってなし得るカタチを追求しているところもある。いろいろな流派があり、それらが同時並行的に展開しているのが現状ではないでしょうか。


▲コンセプト 4シリーズ クーペ(上段)とコンセプト 6シリーズ クーペ。ロー&ワイドなプロポーションや力強いサイドビューなどに共通性を持つ一方、サイドエアインテークの開口部形状などに永島氏が指摘する”小さな差別化”が見てとれる。

——複雑な面表現の行きつく先に、どんなスタイリングがあるのでしょう。

 これが最終形という理想のカタチがあるわけではありません。むしろこの手法が今後どう発展していくか、その可能性を私たちも楽しみながらやっている。計画したからあるのではなく、デザイナーが今あるものからインスパイアされて、表現をアップデートする。ゴールを定めてやっているわけではないのです。

——どんなものからインスパイアされますか。

 例えば、フランク・ゲーリーの建築は面の扱いがツイストですよね。あのような表現をそのまま転用することはありませんが、これが近代的な表現であると確信を抱かせる点で、インスパイアされています。


周辺環境との連続性によって生まれるキャラクター
 
——1つの場所に長く止まっている建築と違い、クルマは常に動いています。当然、走行時にどう見えるかなど、動的な視覚効果を含めた表現が要求されます。そのような点を意識しながら同時に複雑な面表現を追求することに難しさはないのでしょうか?

 面がある限りそこには必ずものが映り込みます。走ればその映り込みは動き、動感がより強調されることで、光や陰の出方が強まる。すべての表現がそのようにリフレクトするわけではありませんが、動感を伴うことで逆に静的な部分が強調されることもあります。さらに言えば、クルマには必ず周囲の状況というものが存在します。そして、周囲に置かれたものの形やデザインによってクルマのスタイルは違って見える。違うというのはこの場合、マッチするかどうかということが大きいのですが。

——環境によって見え方が違うというのは面白い話ですね。

 周囲の存在というのは、実はデザインを検討するうえで結構大きな問題です。ヨーロッパに暮らしていると隣国に足を運ぶ機会が頻繁にあります。フランクフルトで見たクルマが、パリで見たら全然違って見えるということによく出くわします。周囲の環境に似合っているどうかという話なのですが、逆にどの街にも似合うクルマというのは八方美人のようで魅力に乏しい。

▲3シリーズGTの前に立つ永島氏。同じGTファミリーでも5シリーズよりスポーティに仕上がっているというのが3シリーズGTに対する永島氏の見立てだ。単なるスケー ルダウンではなく、そこにはキャラクターの違いがあるという。

——今回東京で発表された3シリーズ GT(グランツーリスモ)は、どの都市でいちばん映えるクルマでしょうか。

 やはりドイツ、それもフランクフルトですね。フランクフルトは近代建築が多く、比較的新しい感じの街ですから。そういう風景に溶け込みやすいと思います。
 一方でフランスの景色の中に置くとちょっとマッチョ過ぎるかもしれません。もともと時速250kmで安全にレーンチェンジができるよう設計されていて、その基準はドイツ特有の環境です。その基準があるからドイツ車でいられるといってもいい。そんなクルマをパリの環境に持っていったときに、外国車としての良さは感じ取ってもらえるかもしれませんが、フランス車の良さとは明らかに違うはずです。フランスのクルマはそれほど動力性能が要求されませんから。アスリートと普通の人と言うとやや大げさかもしれませんが、そのくらいドイツ車とフランス車では筋肉の付き方が違うのです。

——現在のBMWのラインナップで東京にいちばん似合う車種は?

 フランクフルトの風景と東京の風景は近いですから、基本的にどれも似合うはずです。もちろん、道路環境は全く違いますが、だからといってBMWのクルマが不自然に映るかというとそんなことはない。
 私はカリフォルニアによく仕事で行くのですが、この土地でBMWを見るとまた全然違います。それが何に起因するかを考えると、まず土地の広さが挙げられます。いつもクルマを遠くから眺めるような環境ですから、ボディ全体が常に目に入ってきます。必然的にクルマのプロポーションが細部よりも意識されます。また空が青く、光が強い環境下ですから、白い車種が映える。明らかに白いクルマの見栄えの良さがドイツなどとは違います。

——では、今年デビューするiシリーズはどうですか?

 このクルマも近代都市でしょうね。クルマのスタイルがひじょうに人工的な形をしていますから。アルプスの山中に置かれた組み合わせも面白いでしょうが、似合うかどうかを考えるとやはり街の中という選択になります。

——人工的という表現は、素材として用いられているプラスチックのイメージから来ていると推測します。さらに、鉄とは違う柔らかさを兼ね備えることで、どこか有機的なイメージにもつながって見えるのがiシリーズの特徴ですね。

 プラスチックは英語のニュアンスとしてあんまりいい意味に取られませんね。わざわざつくり上げたという感じになりますから。鉄の塊とは違う、もっと柔らかく、自由につくられたカタチ……。一定の規則にしたがっていないフォルムをまとったクルマという表現が適切かもしれません。

▲BMW初の電気自動車である「BMW i3」。市販モデルの発表が7月末にニューヨークで予定されている。乗員スペースを構成する”ライフモジュール”と呼ばれるアーキテクチャーは、カーボンファイバー強化プラスチック(CFRP)のみで製造され、車両の軽量化に貢献する。

——サスティナビリティもiシリーズの大きなテーマになっています。現代のクルマのデザインを考えるうえでこれは無視できないテーマですが、具体的にデザインにどうつなげているかを教えていただけますか。

 エクステリアで言うなら、見た目の軽さです。軽いクルマというのはエネルギーロスが少なく、それ自体効率的に見えますから。重くドーンとしていると逆にエネルギーを大量消費しているように見える。

——空力に対する配慮とひじょうに近い関係にあるということですか?

 確かにそういう部分はありますが、空力に基づいてデザインするとクルマはけっこう重く見えてしまうのです。これは視覚的な問題で、例えばガラスが大きいとクルマは一見軽く見えますが、実際にはガラスは鉄よりもかなり重い。つまりガラスの面積が大きいと車の重量はかさむということです。

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永島譲二/1955年東京生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後渡米。ミシガン州・デトロイトのウェイン州立大学にてマスター・オブ・アート修了。1980〜86年アダム・オペル(ドイツ)、1986〜88年ルノー(フランス)に勤務し、生産車などのデザイン開発に関わる。1988年11月ににBMW デザイン部門に移り、現在はエクステリア・クリエティブディレクター。Z3(1996)、5シリーズ(1996)、3シリーズ(2005)を手がけるほか、多くの生産者やコンセプトカーのデザイン開発に携わる。直近では、イタリアの「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステ」において披露されたBMWとピニンファリーナによる初のコラボレーションカー、グランルッソクーペのデザインに関わった。