商品化への道のり
「石川金網」【後編】

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企業とデザイナー、互いの意識も変わっていく

2014年1月にマッチングが決まると、素材開発に取りかかった。現在の金網は自動織機による生産のため、一度製造ラインが動くと100m単位で網ができてくる。そのため、試作は慎重に進められた。織り機のピッチを上げて網の目を詰めて布のようにしたり、ピッチを下げて網の目を粗くして隙間の大きな網にしたり、糸の太さはどうするかなど、検討を重ねた。

試行錯誤の末、試作素材ができ上がったのが2014年の夏。「石川金網の技術でどこまでのことができるのかと尋ねると、何でもできるとおっしゃるんです。引き出しは本当にたくさん持っていて、具体的に何ができるのか、1つずつ引き出しを開けていったんです。でもそうしていると石川社長から、『こんなこともできますよ』とどんどん提案が出てくる。こちらからの提案で引っ張っていくのではなく、企業が積極的に関わっていく。そういう余地を持つことは大切ですね」と松田氏は言う。

▲試作用の織り機。引退したベテランの職人を呼び戻し、倉庫に眠っていた織り機を組上げ改良することから始まった。

▲試作段階において試行錯誤を重ね、自動織機による生産へと移っていく。

素材開発はキャッチボールのよう進んでいる。マッチングが成立して、デザイナーと新事業に取り組み始めると、デザイナーの力に頼るのではなく、企業側もアイデアを出すなど、意識に変化が見られるのは頼もしい。

▲ステンレス、チタンなどさまざまな金属の糸を織り込むことが可能。

多様な用途提案に向けて

2015年2月にはスウェーデン・ストックホルムの国際家具見本市に出展。「KANAORI」を使った用途の提案としてランプシェード、屏風、畳、トートバッグなどの試作品を出品した。その狙いについて「世界にはさまざまな織り方、織物があるので、海外のデザイナーの目に触れてもらうことでKANAORIのさらなる織り方を探ることができるかもしれない」と松田氏は言う。

▲ストックホルム国際家具見本市では、「KANAORI」のさまざまな用途を提案。

ストックホルムでは、デザイナーからは素材として関心が集まり、ホテル関係者からは建材としての引き合いがあるなど、多くの反応とヒントが得られ。トートバッグについてはすでにオリジナル製品として商品化も決まりつつあるが、当面はバッグや衣服などの完成した最終製品をつくるよりは、素材としてデザイナーなどへ提案し、そこから応用してもらうB to Bに注力していくという。

▲オリジナル製品も生まれつつある。こちらは単一素材で織った従来の金網トートバッグ。展示会で買い付け希望の声が多かったこともあり、日暮里のトートバッグメーカー茂木商工に素材を持ち込み縫製を依頼。

注目される素材だけに今後類似品の開発が心配される。「綾織、ジャガード織とあらゆる織り方が可能なKANAORIの織り方はテキスタイルと同じ。できるだけ早く意匠権を登録したほうがいいとアワード審査委員のひとりで知財戦略が専門の日高一樹さんのアドバイスで意匠権取得の申請をしています」と石川社長。アワード参加の強みはこうしたサポート体制にある。「素材として提供していくために、今後はゲージの違いによる価格の設定や受注ロット数などを決めていきます。まずはやれることから、一歩一歩進んでいこうと思っています」と松田氏。

さらに松田氏は「単発の商品開発で終わりたくないんです。僕たちがいなくなったら、そこでこの事業がなくなってしまうようでは困る」とも付け加える。今後「KANAORI」事業が継続していくために、継続的に素材開発のアイデアが生まれる体制の確立や素材を使う側とのネットワークの構築など、さらに多様な取り組みを行っていく。(取材・文/長谷川香苗、写真/西田香織)

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