商品化への道のり
「カドミ光学工業」【前編】

都内の中小企業とデザイナーとのマッチングを目的に、東京都が主催する「東京ビジネスデザインアワード」。高い技術力を持つ企業と優れた課題解決力・提案力を持つデザイナーが協働することで、新たなビジネスの創出を目指す事業提案コンペティションだ。3回目の開催となった2014年度、最優秀賞を受賞したのはカドミ光学工業株式会社とクラウドデザインによるビジネスプラン。そのビジネスプランを紹介するとともに、今年1月の受賞後、どのように進展しているのかを取材した。

▲右からカドミ光学工業 取締役 デザインプロジェクトリーダー 森脇大樹氏、クラウドデザイン 三浦秀彦氏、久保井武志氏

光学ガラスにおける工芸品

カドミ光学工業(日野市)は医療分野や研究者向け分析機器といった精密機器に組み込む光学ガラスの加工メーカーだ。ガラスの表面をμ単位で調整しながら研磨し、気泡や埃、塵などが入り込まないようにガラス同士を接合する高度な技術を持つ。例えば、1cm角にも満たない大きさの透明なガラスとガラスの面を、その接合面が目視できないほどの精度で貼り合わせていく。接着剤も使うが、医療分野のように徹底した衛生管理が求められる器具用には、劣化する可能性のある有機物由来の接着剤は使えない。こうした分野向けには接着剤を使うことなくガラス面を接合するオプティカルコンタクトという技術が用いられる。機械は使うものの、工程はすべて手作業。カドミ光学工業の製品はいわば光学ガラス分野の工芸品である。しかし近年、こうした特注分野においても国内の競合他社や中国勢の追い上げが激しく、苦戦を強いられている。東京ビジネスデザインアワードに応募した背景には差別化を図るため、光学ガラス部品の加工で培った技術を生かしつつ、他社とは異なる一般消費財で事業を起こしたいという想いがあった。

▲半導体露光装置に使用されるフライアイレンズ、医療用の血球カウンター、水質分析装置に使用される光学セル、100%に近い透過率でガラスの存在を限りなく消し去るカドミ光学工業の光学ガラス製品。100mmキューブの大きさも製造可能。

▲粗削りの光学ガラスを表面が均一になるよう回転している擦り盤上で回し、μ単位で調整しながら研削していく。

▲その後、光学ガラスを型にはめ、土色をした酸化セリウムで研磨する工程。

形ではなく意識をデザインすること

カドミ光学工業の持つ技術、そして光学ガラスの特性を生かした「祈りのための道具」を提案したのがデザイン事務所、クラウドデザイン。光学ガラス部品同士を貼り合わせることで祈りの対象となるオブジェクトをつくるというものだ。光学ガラスの特性として、ガラスの断面形状を調整することで光が屈折し、面の組み合わせによって異なる色の像が表出する。さらにカドミ光学工業の磨きと接合技術をもってすれば接合面が消え、ガラスの塊から彫刻のように切り出したような造形が可能になる。クラウドデザインはこれらの特徴に注目した。

▲片ときも目を離すことなく、神経を集中させなくてはいけない作業場では張りつめた空気が漂うが、完成したガラス製品に気も緩む。

カドミ光学工業とのマッチング以外、頭になかったというクラウドデザイン代表の三浦秀彦氏は「全神経を集中させてμ単位でガラスを磨くカドミ光学工業の人たちの姿には、神聖ささえ感じます。それを見ているとガラスを別の用途に使ってみたいと思ったんです」と説明する。そのうえで、「形をデザインすることはあまり重視していません。むしろこれほど純度が高く、静けさを感じさせる光学ガラスを見たとき、人の心はどのように動くだろうか、人は何を思うだろうか、そうした人の意識をデザインできるのではないだろうかと思ったんです」と語る。

カドミ光学工業とデザイナーとのものづくりはこうして始まった。(文/長谷川香苗、写真/西田香織)

後編に続く。

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