PVCデザインアワード
「デザイナーとメーカーが二人三脚で切り拓くPVCの可能性」

2015年のPVCデザインアワードで大賞に輝いた「テトラサーバー」は、デザイナーの梶本博司氏と合成樹脂製品メーカーのナショナルマリンプラスチックによるコラボレーションの成果だ。同社の加工技術を活かした画期的な商品は注目を集めているが、ここに至るまでに両者は約3年にわたってコラボレーションを続けてきたという。梶本氏とナショナルマリンプラスチック専務取締役の時田宗弘氏にインタビューした。

「テトラサーバー」(15年大賞)。屋外や避難所など真水を必要する環境で使用するPVC製の飲料水およびシャワー用フレキシブルタンク。大人が1日に必要とする水(約3リットル)を約23人分(70リットル)入れることができ、ふたりでかついで運搬することができる。

両者がコラボレーションするまで

おふたりが出会ったきっかけがこのPVCデザインアワードだったそうですね。

梶本 2012年に個人でPVCデザインアワードに応募しました。そのときのマッチングで出会ったのがナショナルマリンプラスチック(以下、NMP)でした。ただ、あのときはまだPVC(ポリ塩化ビニル)素材について詳しくなかったため、試作をつくる際に工場に無理をかけてしまったという反省がありました。

12年のPVCデザインアワードで入賞した「サイクルスキン」。雨ざらしになっている自転車をカバーするものをPVC素材で提案した

時田 そのとき、私は関わっていませんでした。私は女子美術大学の学生と協働して「ORi美」(特別賞)という作品をつくって同アワードに応募していたんです。翌13年も学生と一緒に「美空のひかり『Kei』」(入賞)をつくったのですが、14年になってその学生が卒業してしまいまして。「これは困った」と梶本さんに電話をかけたのです。

株式会社ナショナルマリンプラスチック
専務取締役 営業本部 兼 生産統括部 時田宗弘氏

14年の準大賞「0 tape(ゼロテープ)」。

2014年、梶本さんと時田さんによる最初のコラボ作品「0 tape(ゼロテープ)」(準大賞)と「SOLAR MOON(ソーラームーン)」(入賞)はどちらもPVCの粘着性に着目したものです。

梶本 サイクルスキンの反省があったので、このときは素材そのものの性質を前面に出そうと思いました。「0 tape」は素材に何か特別なことをするわけでもなく、これ以上削りようのないものを目指してつくりました。

時田 初めてこのコンセプトを聞いたとき、ずいぶんシンプルだなと思いました。それまで「デザイン」とは装飾がたくさん施してあるものと思っていたのですが、梶本さんと出会ってから素材に対する考え方がどんどん変わっていきました。

製造に際しては、PVCをテープ化してパイプに巻き込んで切っていく作業になりますが、そうした工程は当社にはないため、それをやってくれるメーカーを見つけ出すのが私の役割でした。透明の塩ビフィルムは通常50m単位の大きな巻になっていますが、それを5m、10mにするという調整に手間がかかりました。

デザイナー 梶本博司氏(KAJIMOTO DESIGN)

梶本 私としては「SOLOR MOON」のほうがオススメだったんですが(笑)。これも軟質PVCの粘着性を生かして、ソーラーパネルとLEDと蓄電池とセンサーを一体化させて窓に貼りつける照明具を提案したのです。私が勤めている学校の工作室にあった真空成形の道具でベースをつくり、仕上げにNMPの福島工場で溶着してもらって完成させました。

「SOLAR MOON」(14年入賞)。窓に貼りつける面で太陽光発電し、夜間になるとセンサーでLEDが点灯する仕組み。現在、雑貨関連の企画会社と一緒に製品化に取り組んでいるという。

「テトラサーバー」は社員のアイデアから生まれた

その翌年、2015年に応募した「テトラサーバー」は大賞を受賞しました。NMPの主力製品「フレコン(フレキシブルコンテナ)」を思わせる加工が印象的です。

時田 まさに当社の工場や加工技術を生かせるすばらしい機会となりましたが、梶本さんのデザインがなければ、いつもの産業資材的な製品になってしまっていたと思います。

そもそもこれはアワードのためというよりは、社内で新製品をつくる「NDP(ノリノリデザインプロジェクト)」のなかで取り組んでいたもの。14年度の「0 tape」の開発が終わった後、梶本さんに「社内の製品開発に関わってほしい」とデザイン顧問に就任してもらったのです。それから社内の横断的なメンバーと一緒に新製品開発の打ち合わせをしていきました。NDPのミーティングは福島工場や東京で月に1、2回のペースで行いました。

2015年に社内プロジェクトとして立ち上げた「NDP(ノリノリデザインプロジェクト)」のビジュアル。

デザイナーが入ってきて社内の様子はいかがでしたか。

時田 今までやってきたことを変えるのはすごく大変です。でも、その「変える」という部分についても梶本さんが柔軟に接してくれ、デザインというものをメンバーに理解してもらいながらNDPを進めていくことができました。

梶本 「装飾や色がデザイン」という先入観があって誤解されやすいのですが、「0 tape」を見せて「できるだけシンプルに、色んなことを削っていく方向で考えてください。それは皆さんが普段やっていることです」と伝えていきました。NDPのメンバーも「それなら一緒にできるんじゃないか」というスタンスになっていったんじゃないかと思います。

「テトラサーバー」のアイデアはどこから出てきたのですか。

梶本 NDPのメンバーである営業担当者からです。「三角形の水タンクはどうか」という言葉から始まり、僕がその場でイラストにしてメンバーでイメージを共有しながらどんどんアイデアを出しあっていきました。

例えば折り返しをつけて棒を通せば人間の力で運べるし、ラックに吊り下げることもできる。使いやすいように蛇口を上の方につけて、下の方を足で踏んで水を出す。外側を黒く塗れば太陽光で温まってお湯ができるしシャワーになるね、といった具合にポジティブな解決方法がたくさん出てきました。

福島の工場では「すぐにやってみよう」というかたちがとれるのが面白い。型が要らず、溶着技術でつくれるというPVC素材の特性もあると思いますが、会社の風土もありますよね。「つくってみないとわからない」という設計担当者の柔軟な姿勢が大きかったです。

当時の資料から。さまざまなアイデアのビジュアルが描き込まれている。

シャワー機能のあるタイプは製品化の最終段階に入っており、今秋の販売を目指している。現在は積極的に展示会などに出展しPRに努めているところだ

開発で苦労した点はありましたか。

梶本 特に課題となったのは色です。産業用のフレコンや塩ビの世界って色がブルーやオレンジなんです。例えば飲み水用なら絶対にブルーという業界の固定概念がある。ただ僕はどうしても白と黒でシンプルにしたかったので、そこは営業の方とぶつかりました。結局やりきりましたが(笑)。その後で200リットルの大きなテトラサーバーをつくり、それは産業資材としての使い方を提案するということでブルーにしています。

クレーンで吊り下げるタイプの「テトラサーバー 200」。

時田 サイズについても議論しましたね。われわれの強みは200リットル、500リットルといった産業用のサイズなんです。でもデザインコンペに応募するということもあり、できれば一般消費者をイメージして目の前で使えるような大きさがいいということで議論を重ねた結果、70リットルに落ち着きました。ひとりが1日に使う水の量が約3リットルなので23人分くらいの水が確保できます。シャワーとして使うと5人分くらいが使える目安です。

成功するコラボレーションの秘訣

大賞を受賞した感想は。

時田 実はまだ完成していなかったのでアワードに出すことに抵抗もあったんです。ただ15年度のテーマが「安全・安心・快適」でテトラサーバーのコンセプトにばっちりはまっており、期限を設けてそこに向かって走るという目標の下でみんなが一生懸命になれた。その結果、当社が得意とする加工技術で受賞できたことがとても嬉しかったです。

社内も劇的に変わってきていると思います。社員の発案が大賞につながったので自信がついた。賞を取る前と後では明らかに社員の動きも違うので、コンペに参加してよかったと思っています。

今後は東京と福島に加えて大阪までNDPを拡大して色々な人がアイデアを提案できるような雰囲気をつくっていけたらと考えています。

デザイナーとメーカーによる「成功するコラボレーション」の秘訣を教えてください。

梶本 成功するかどうかは両者のコミュニケーションのレベルに関わってくる。デザイナーがアイデアやスケッチを投げて、あとはお任せではめちゃくちゃになってしまいます。プロジェクトを通してずっと密にコミュニケーションを取り合い、お互いに納得したかたちで製品を出していくことが大事です。

時田 デザイナーが入ってくるというのは、社員にとっては「今までやってきたことを部外者に否定される」というような感覚なんですよ。それを社内でどうやって調整していくか。やはり誰かが中心となって両者のコミュニケーションをサポートしていくことが最も有効だと思います。それと、決してマイナスに考えないこと。できないなら違う方法でやる、というポジティブシンキングが大切です。そうでなければプロジェクトがおもしろくなりませんから。

最後に、デザイナーが考えるPVCの可能性について。

梶本 PVCの特性の1つは粘着性であり、ほかにも耐久性、発色、透明度などたくさんあります。しかしそれらはほかのプラスチック素材でも置き換えることができます。このコンペは「PVCだからこそのよさ」を表現しなければならないところが難しい。デザイナーもそこで困っているのではないでしょうか。

とはいえ、表現しきれていない可能性はまだまだあると思います。特にPVCが向いているのは大型のものだと思うんです。強度や耐久性があるため大きな素材として扱うことができる。NMPのフレコンや産業資材でも優れた製品がけっこうあって、例えばトンネルの工事現場など日本の国土にも関わっているんですよ。これからの可能性という意味では、雑貨ではなく大規模なスケールの分野にあるような気がします。本当はそういうところにこそデザイナーに関わっていってほしいし、僕自身もそういう提案を見てみたいです。(文/今村玲子、写真(人物)西田香織)

梶本博司氏(KAJIMOTO DESIGN)/1955年兵庫県宝塚市生れ。大阪育ち。79年多摩美術大学デザイン科立体デザイン専攻卒業。91年までシャープ株式会社に在籍し電子機器などのデザインに携わる。91年カジモトデザインオフィス設立。プロダクトデザインを中心に現在に至る

株式会社ナショナルマリンプラスチック/1948年(昭和23年)設立。昭和30年初頭、雑貨製品から工業分野へ製品転換し、炭鉱用ダクト、漁船向け燃料タンク、大型プールなどの事業を拡大してきた。塩ビターポリンの加工技術を駆使した主力製品の1つ「フレコン(フレキシブルコンテナ)」は大手石油化学メーカーを中心に海洋、物流、土木、防災向けに幅広く展開。2018年には創業70周年を迎える。

「PVC DESIGN AWARD 2016」

デザイン提案応募期間 4月20日〜6月30日(当日必着)
今回は提案のなかから、作り手側がデザイン案を選定(選定結果は7月より随時連絡)。マッチング成立後、作り手がプロタイプを試作し、 11月の審査にのぞみます。
製品応募期間 4月20日〜10月27日(当日必着)

テーマ 「 安 心 ・ 安 全 ・ 快 適 」

審査基準
独創性
新規性 創造的な発想・表現がなされているものか。
素材性 PVCの素材特性が活かされているものか。
環境性 環境配慮やリサイクルなど持続可能性があるものか。
市場性 市場のニーズや商品化の可能性があるものか。

賞と賞金 大賞 ( 1点 )副賞100万円/優秀賞(3点) 副賞各10万円/入賞 副賞 各2万円
※各賞とも1名(1グループ)に贈賞。
※各賞とも「該当なし」となる場合があります。

主催 日本プラスチック製品加工組合連合会/日本ビニール商業連合会/日本ビニール工業会/塩ビ工業・環境協会

応募詳細はこちらをご覧ください。