日立製作所が神奈川県・三浦市で取り組むプロジェクト
「Hi Miura」に見る“新しい公共財”をデザインするためのヒント

2021年3月20日(土)、神奈川県の三浦半島に、突如個性的な野菜の直売所が出現した。これらは、小屋とアートを掛け合わせてkoyart(コヤート)と名付けられたアートプロジェクトの賛同者らにより設計、制作されたものだ。

今回、神奈川県の三浦半島を拠点に、地域が抱える社会課題の解決に向けて、今後の地域経済への貢献につながる発展的な協創を目指すプロジェクト「Hi Miura(ハイ!ミウラ)」の旗振り役を担う日立製作所が、このkoyartに賛同。地元・三浦の農家の方々が生産した野菜をkoyartで販売をするという“協働”が実現した。

このプロジェクトについて、日立製作所のプロジェクトメンバーとクリエイティブディレクターの藤原大に話を聞いた。


日立製作所と藤原大が手がけるプロジェクト「Hi Miura」

ーー「Hi Miura」は、日立製作所が藤原大さんと一緒に2018年から神奈川県・三浦半島で展開しています。そもそもこれは、どのようなプロジェクトなのでしょうか。

白澤 私たちのチームはビジョンデザイン部という部署で、地域の皆さんと協創するプロジェクトをいくつも展開しています。

白澤 貴司
株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ
ビジョンデザイン部 リーダ主任デザイナー

2018年のプロジェクト「Hi Miura」の立ち上げから主に活動の発信に関する企画を推進。2020年よりフューチャー・リビング・ラボ活動全体の取り纏めを担う。日立がめざす将来の社会インフラのあり方を、複数の地域で実装。地域の人々との会話を通してその探索を行う。

この取り組みの背景として、日本が提唱するSociety5.0のスマート社会が実現に向かう中で、日立として新しいインフラや社会システムを模索するため、Future Living Lab(フューチャー・リビング・ラボ)という活動を始めました。地域の皆さんと一緒に未来のビジョンを描きながら、小さな実践を積み重ねていく活動で、これまで複数の地域で行ってきました。そのうち三浦半島で展開しているプロジェクトが「Hi Miura」になります。

ーーリビングラボ(企業、市民、行政などが参加して新しいまちづくりやサービスを開発するオープンイノベーション)の活動は世の中に多数あります。その中でも日立製作所ならではの特徴とはどういった点になるでしょうか。

金田 「Hi Miura」では、リビングラボの活動を通して、私たちがこれからの地域の姿に必要ではないかと考えている「効率」だけでない市民の「創造性」を活かした仕組みのあり方を地域の皆さんと共にイチから考え、そこから実践へ繋げていくことを大事にしています。また、地域の小さな魅力をひとつ一緒につくるところからスタートし、その点を増やしながら、人、モノ、情報が循環していく仕組みを構想しているところも特徴だと考えています。

金田 麻衣子
株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ
ビジョンデザイン部 主任デザイナー

2018年のプロジェクト「Hi Miura」の立ち上げから現在に至るまでプロジェクトリーダーとして企画・推進。2019年に直売所で実施したmeet upでのファシリテーターを通じて、地域の人々と共に「これからの地域の姿」についての議論を推進する。

地域の人自らがデータをつくり、活用できるようにする

ーー具体的にはどのようなことに取り組んでいるのですか。

金田 これからやってくるであろうデータ駆動型のスマート社会において重要なのは、地域の皆さんが自らデータをつくり、自らそれを活用できるようになることだと考えています。

柴田 吉隆
株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ
ビジョンデザイン部 主管デザイナー

日立で初めてのビジョンデザインの専任チームを立ち上げ、将来の社会インフラが新たに担う役割は「関与」であるというコンセプトを体現するフューチャー・リビング・ラボ活動を開始。プロジェクト「Hi Miura」では、地域の人々の活動とコンセプトを結ぶ役割を担いチームを支える。

柴田 データをつくることの大切さについて補足すると、市民に対してデータをオープンにするという話は既にありますが、それだけでは足りないのかなと思っているんです。むしろ市民が自ら町のデータをつくり、それを誰かに使ってもらうことで、街で公開されているデータの価値が分かったり、お互いの行動が変化したり、あるいはクリエイティブな施策に繋がるかもしれない。それが、データ駆動型のスマート社会における本当の市民参画ではないかと考えています。

金田 そうした考えのもと、2019年度は石井農園の無人直売所 SHOP PEEKABOOで、お客さんが農家の石井さんとメッセージをやりとりできる、あえて手間のかかる仕組み「スローペイメント決済」に挑戦しました。例えば、お客さんが石井さんについてのメッセージを選ぶと、「実は以前はテニスのコーチだったんです」といったメッセージが返ってきます。そのやりとりを通して野菜の代金が値引きされたり、逆に少しだけ増えたり、農家さんの思いを知ることができます。

2020年度は「みらいのやさいプロジェクト」と称して、同じく「SHOP PEEKABOO」にQRコードのついたタネのオブジェを設置しました。直売所を訪れたお客さんは、QRコードから2日に1回更新される農家さんの野菜に対する思いを描いた物語をスマホ上で読み進め、2週間後に本物の獲れたての野菜が自宅に届くという仕組みです。

これらの活動では、市民による地域への関与の時間を増やしたり、関与の性質を変えることに挑戦してきました。

柴田 関与というのは、これからのインフラが担う役割なのではないかと思っています。近年、人どうしや人と地域が直接関与しなくても生きていけるようになりつつある。だからこそ未来の方向性として、みんなが等しく使うインフラに、関与をもたらす機能が付加されることがあり得るのではないかと。

ーー市民がインフラを直接支えることで、地域に関与するということでしょうか。

柴田 はい。ビジョンデザインが思い描いているのはそういう社会像ですね。

koyartは自主的に参加し、誰でも自由につくることができる“場”

ーー今回日立製作所が参加したkoyartには、日立だけでなく地域協創を目的とした賛同者が幅広く集まっていると聞きます。この代表を藤原さんが務めているそうですね。

藤原 日立製作所って巨大な世界企業で、大きな取り組みが得意。ですが、「Hi Miura」では真逆で、小さなことを本気でやる。これが、このプロジェクトの一番おもしろいところです。日立の中でもパンクなチームです、きっと。真剣に取り組む姿勢を見ていて本当に素晴らしいなと思ったので、日立をkoyartのメンバーに紹介しました。

一方で、地域には、私たちの活動前からすでに自発的に知識創造をなさる方が、例えば食彩ネットワークさんや高梨農園さんなどがおられるわけです。日立だけではなく活動される方々の共感や同感、そして相互の主観に基づく関係で成り立つ場づくりが大切だと思っていたことが、私の経験上、koyartをつくる背景にありました。

藤原 大
コーポレイト(一般企業、法人団体)、アカデミック(教育分野)、リージョナル(地域活動)の3つのエリアをフィールドに捉え、多岐にわたる創作活動は世界から高い評価を受けている。独自の視点を活かし、企業のイノベーションにおける牽引役としても活動し、国内外での講演やプロジェクトなど多数。日立製作所のプロジェクト「Hi Miura」では2018年よりクリエイティブディレクターとして参画。
DAIFUJIWARA DESIGN INC.

ーーkoyartでは何を目指しているのでしょうか。

藤原 koyartは、主に野菜の無人販売小屋について、地域内の企業でも、農家でも、学校でも、自治体でも地域のために考える場。ですからkoyartが主体となって何かをするのではなく、自分達で考えて自身の責任で自由に表現(play)する。ジャズ奏者同士のセッションと変わりません。

koyartには目標があります。それは、ある一定期間内に地域の公共的な場所で表現者が思いや取り組みを継続的に表現し、それをより多くの人たちと共に考えることのできる別の場づくりです。これは簡単なことではありませんが、その終点「ミライミウラ」展を開催することです。

ーー今回開催されたイベントでは複数の建築系の大学が賛同して、三者三様の直売所が登場しました。

藤原 小屋というのは人が集う最小単位の空間です。今回のデザインを情報、モノ、空間という要素に分けた時、情報は日立のような企業が担い、モノ(野菜)は農家が担う。空間に関してはフィジカルとサイバーが融合したようなものがあってもよいと思いました。

けれど、地域このような小屋について集中して考える既存の場はなかったので、koyartが必要でした。小屋は土地やその運営、安心安全といったことが複雑に混ざるし、場合によっては農家さんとセッションして移動可能なものへ発展することだってある。空間表現の可能性に、「ワー、おもしろい」とか「へーッ!」などの感性(アート)表現が多様に加わると新たな意味が生まれるかもしれません。だから小屋とアートでkoyartと名付けたんです。

今回、イベントで登場した5つの小屋は、各表現者の負担で制作されています。期末テスト終わってすぐに取りかかった高校生の看板マークは企業の力で素晴らしい形へ拡張しました。農家の皆さんもびっくりされていて。。。オンライン定例会を行うと、皆のモチベーションが驚くほど高いため、それがあってこれまで進んで来れたのだと思います。

▲今回のイベントで設置された5つの看板のグラフィックデザインは、横須賀総合高校の高野芳幸教諭と美術部有志学生が担当した。高梨農園に設置された看板には、高梨農園の高梨尚子さんをモチーフにしたイラストが描かれた。その他4箇所も、その地点にちなんだ愛らしいグラフィックが印象的だった。(以下でも一部紹介)

金田 昨年秋のデザインイベントDESIGNARTのウェビナーでは、参加大学の先生方がそれぞれの構想を発表されました。ある大学の先生から、koyartの活動は授業の一環として取り組まれており、学生がリアルな地域の場で作品を登場させることができることが魅力的だと教えて頂きました。

三浦市で生産者らとコラボレーションした5つのkoyart

KHファーム × 東京大学腰原研究室(三浦市紹介)

▲三浦市の小網代で、KH(小網代陶房畑部)ファームを営むのは井上惠介さん(写真1枚目右から2番目)。井上さん夫妻は約30年前に東京から三浦に居を移し、小網代陶房を築窯。夫婦で陶芸作家として活動しながらも、三浦の地で伝統野菜や在来種、固定種を自家採種して無肥料栽培を行う。こだわりの野菜からは、活き活きとした力強さが感じられる。ここに設置されたのは東京大学腰原研究室が「動く大根売り」をテーマに手がけたKoyartだ。(ちなみに、学生の安田さんが手に持つ似顔絵は研究室で代々受け継がれているという腰原教授の似顔絵)。土台となる4つの球型のパーツは、近い将来、自動走行システムを組み込むことを見込んでの意匠だ。

高梨農園 × 関東学院大学 粕谷研究室(食彩ネットワーク紹介)

▲代々三浦で農業を営む高梨農園の高梨尚子さん(写真1枚目左から二番目)。品質の高い野菜づくりはもちろん、最近では手作りジャムやピクルスの販売に力を入れている。この農園に登場したのは、関東学院大学 粕谷研究室が「家具以上・建築未満」をコンセプトにつくった直売所だ。デザインにあたっては、三浦の生活の足となっている路線バスに着目。三角でテント生地のカバーが野菜を陳列する棚の下のスペースには、収納可能な椅子も備え、くつろぐことも出来る。当日は、研究室生らは高梨さんとともに実際に販売を手伝った。車の通りが多い場所に面した場所に位置していたこともあり、多くの人が興味をもって訪れていた。

ながしま農園 × 関東学院大学柳澤研究室(直接依頼)

▲「長島家は文献で残る限り関東で唯一の稲作の二期作農家」と語るのは、ながしま農園代表の長島勝美さん(写真1枚目右端)。昭和40年代までは、この地から海岸まではずっと棚田だったそう。現在は形を変え、120を超える多品種の生産を行う。ここを出発地点として登場したのは、関東学院大学柳澤研究室が手がけた移動式のkoyart「浦風」。”主役はあくまで野菜”ということに焦点を当てることで、シンプルでコンパクトにつくり上げられたデザインが印象的だ。当日は、学生たちが実際に手押しで2kmほど先の京急長沢駅前まで移動。野菜の販売も自らの手で行った(なんと2時間あまりで完売)。現地に駆けつけた柳澤准教授(写真6枚目)はもちろん、実際に販売を担当した学生たちの表情は充実感で満ち溢れていた。

赤門(鈴木)農園 × yasainokyoukai(直接依頼)

▲鈴木農園は、100年を超える歴史をもつ、地元・三浦でも有名な農家だ。年間を通じて、キャベツ、大根、スイカ、カボチャなど様々な野菜を生産している。「赤門」という名前は、先代より引き継がれる鈴木さん宅の門の色に由来している。この門の脇に設置されたkoyartは、藤原大が手がけた「Yasainokyoukai」。設置は約1年ほど前に遡る。ご主人の功さんは、三浦の強い西日に野菜が痛まないようにするため、自らの手で庇を取り付けたそうだ。状況によって、アップデートされていくのもkoyartの魅力と言えるだろう。

SHOP PEEKABOO(石井農園) × 日立製作所ビジョンデザイン部(直接依頼)

▲SHOP PEEKABOOは三浦海岸沿いに位置する石井農園が運営する直売所。笑顔が印象的な石井農園の石井亮さん(写真2枚目)は、以前テニスのインストラクターをしていたという異色の経歴を持つ。石井さんは三浦大根の生産ノウハウをかぶの生産に展開し「三浦かぶ」として、地域発の野菜とするべく日々汗をかく。今回のイベントに合わせ、SHOP PEEKABOO内には、石井さんの野菜を育てる上での思いをイラストにしたパネルが展示された。

今回イベントに協力頂いた農家の方々をマップで紹介

「新しい公共財」を目指して

ーー2021年の活動では何を目標にしていますか。

金田 過去2年の活動では、直売所の中での実践に挑戦してきましたが、2021年は複数の直売所という点を情報でつなぐことに挑戦しています。

今回、個性ある農家さんが5軒参加してくださいましたが、それぞれの大学が考えたオリジナリティ溢れる直売所の横に登場させたのが、各農家の看板です。看板には高校生の考えたそれぞれの農家のマークと、ほかの直売所への行き方を示したQRコード、さらに野菜の写真をインスタグラムに投稿するためのハッシュタグが記載してあります。野菜を購入した際に、次に直売所に来る人のために、「今はこんな野菜を売っているよ」という情報を共有してもらおうと考えました。

▲各直売所で設置された看板には、その他の直売所への情報として、Mapを閲覧するためのQRコードや投稿用のハッシュタグを掲載した。

的場 看板を発案したのは私です。「Hi Miura」では今まで小さな魅力となる点をつくってきましたが、次のステップではこれらの点を繋げたいという思いがあります。そのためにわざわざ大きなシステムをつくるのではなく、サインや郵便ポストのような小さな目印をつくるだけでも簡単に実現できるのではないかと考えました。

的場 浩介
株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ
ビジョンデザイン部 デザイナー

2019年からプロジェクト「Hi Miura」に参画し、プロジェクトの企画や直売所に登場する端末やコンテンツのプロトタイプデザインと制作を推進。地域の人々の想いを形にし、登場したものを通して実際に地域の人々と会話をすることで、地域の新しい社会インフラとは何かを考えている。

ーー参加する人自身が情報のインフラを担うというわけですね。

金田 はい。実際に情報を生み出すのは地域の皆さんであり、地域の皆さんに受け入れられ、地域で持続していける仕組みであるべきだと考えています。そのため今回の情報共有の方法もアナログな看板や、ハッシュタグといった皆さんにとってなじみのある方法に挑戦しています。

藤原 日立の視点は、パブリックです。日立チームは小さな実例を作る大切さをとても理解してくれます。それをものすごいスピード感で実現していくからすごい。目的と手段に基づく実践的な判断ソースが会社に備わっているからこそ、公共性に対しての提案が現実的で早い。サイバー上の世界でもみんなが頼れる仕組みをつくっていくという意識をはっきりと持っているんです。

柴田 藤原さんにパブリックと言っていただいたのは嬉しいですね。今回やろうとしたことはまさに、一人一人が参加することでパブリックな情報をつくるということなんです。インスタグラムなどのSNSは個人が自由に発信できるメディアですが、あるルールの元に情報が集まることで信頼できる情報になっていく。個人と共同体をミックスする「新しい公共財」となるプラットフォームが生まれるといいなと思っているんです。

ーー単純に小屋がインスタ映えする、というものとは異なる情報なのでしょうか。

柴田 入り口は、小屋のインスタ映えでいいんです。そこから入って、次の人のために役立つ情報を発信する。そのような世界観を少しでも感じてもらえたらいいんじゃないかと思います。

ーーありがとうございました。End

▲Photos: Natsu Tanimoto


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