【阿部雅世さんの新連載 5】見えないものと生きてゆく時代に――希望のありか

連載5 希望のありか

パンデミック、干ばつ、洪水、森林火災……。百年に一度、十年に一度と言われていた規模の環境災害が、毎日のように世界のどこかで起きている。いつどこで暴発してもおかしくない見えない脅威の深刻さと、それを見過ごしてきた人間の愚かさが、その臨界点を超えて急速に崩壊し始めているかのような現実を直視すると、希望をどこに見出したらよいのか、わからないような気持ちになることがある。

しかし、長い地球の歴史を振り返ってみれば、遠い遠い祖先の時代から、人間はその時代時代の見えない脅威と共にこれまで生きてきたわけで、とすれば、希望をどこに見出すか、という問いは、新しい問いでもなんでもなく、むしろ、人として生きていく限り、つねについてくる、普遍的な問いなのだろう。

目の前にある暗いトンネルの中に、ひとり目を凝らしていても、なにも答えは見えてはこないものの、その問いを意識のどこかに貼りつけて、そこから視線を外し、トンネルの外にいつもあったものや、トンネルの外を流れていくものに目を凝らしていると、その問いに対する答えは、あちらにも、こちらにも見つかる。それを発見するたびに、私は今までなにを見てきたのだろうと思う。

アメリカ合衆国のテレビジョン・アカデミー基金が、インターネット上に公開しているアーカイブ映像の中に、4時間半にわたるフレッド・ロジャース※1のロングインタビュー※2がある。フレッド・ロジャースという人は、その声を聞いているだけでなにか癒されるような気持ちになる独特の雰囲気を持った人で、ずっと話を聞いていたいと思いながらも、なにしろ長いインタビューなので、なかなか全チャプターを視聴する時間が持てないでいたが、生身の人と会う機会が著しく制限される閉門蟄居生活は、先人の声にじっくり耳を傾けるチャンスでもある。ときどき開いては視聴していたら、「悲劇的な状況に直面した時に、どこに希望を見出すか」について、彼が語っている場面があった。

それは、彼が子どもだったころ、ニュースや映画で、悲劇的な惨状が映し出されると、彼のお母さんがいつも「そこに助けに入っている人を探しなさい。必ずいるはずだから探しなさい」と言っていた、という話で始まる。そして、フレッド・ロジャースは、テレビ放送の創成期から、子どものための教育番組のプロデューサーとして、マスメディアのあるべき姿を模索してきたひとりとして、「目を覆うような惨状を報道する立場にある者は、その惨状の映像の中に、助けに入っている人、その惨状の中に救助に入っている人の姿を見せることに心血を注ぐ必要がある、なぜなら『助けようとする人』がそこにいる、ということが希望なのだから」と、語っている。

そうか!と膝を打った瞬間、6年前、内戦が激化し破壊行為が止まらぬシリアから、子どもを連れて命がけで逃れ、長い危険な道のりを泥だらけになって歩き、ぼろぼろの避難民としてドイツで保護された人が、希望について語っていた言葉が、急に脳裏に蘇ってきた。「手を伸ばして、自分が助けられる人がひとりでもそばにいるならば、希望はあると思いなさいと、私は母から教わりました。ここまでの道のり、私には、私が助けるべき子どもがいた。だから、希望を失わずにいられたのです」。祖国では、バイオ工学のエンジニアであったという彼は、そう言っていた。

どういうわけだろう。私は、希望というのは、事態が好転し、問題を乗り越えた先に存在するものというイメージ、長い暗いトンネルの先に見える光のようなイメージをずっと持っていた。そして、どう目を凝らしてもそれが見えないことに、焦りを感じていた。しかし、希望というのは、トンネルの先にではなく、この問題だらけでどうしようもない、暗く長いトンネルの中にあるものだった。

フレッド・ロジャースは、別の講演の中で、「世の中には、助けようとする人が、実にたくさんいるものだ。だから人は誰でも、助けようとしている人を、自分のそばに見つけることができる」とも言っている。とすれば、希望を見つけられるかどうかは、自分を助けようする人が、そこにいることに、気づくことができるかどうか、それにかかっているのかもしれない。

フレッド・ロジャースのお母さんが、「そこに助けに入っている人を探しなさい。必ずいるはずだから探しなさい」と言っていたのは、いざという時に、自分を助けようとする人がそこにいることに気づく力を、子どもにつけさせようとしていたのかもしれない。そしてそれは同時に、危機に際した時、あなたが助けることのできる人が、手の届くところにいるかどうか、常に探しなさい、きっといるはずだから、ということでもあるのだろう。

希望という言葉は、絵本「はらぺこあおむし」の作者、エリック・カール※3のインタビューの中にも出てきた。アメリカで生まれた彼は、第二次大戦前にドイツ人の両親とともにドイツに渡り、あの美しい色や楽しいお話からは想像もできないような、絶望と隣りあわせの青年時代を送った人だ。大戦後、その絶望の土地から身ひとつでアメリカに戻り、1969年に出版した「はらぺこあおむし」は、世界で最も売れた絵本の一冊で、世界中の子どもの永遠の愛読書になった。エリック・カールは、晩年のインタビューの中で、「あの本が時代を超えて子どもを魅了する本となったのはなぜだと思うか」というインタビュアーの問いに対して、「長いこと自分でもわからないでいたが、それが、子どもを救う希望の本だからではないかと、何十年もたってから気づいた」と答えていた。そして「私が助けている子どもは、私自身かもしれない」とも。

自分の中に、自分を助けようとするもうひとりの自分がいることに気づくこと。希望は、そこにもありそうな気がする。End

※1 フレッド・ロジャース Fred Rogers (1928-2003) アメリカのテレビ番組制作者、司会者、聖職者
※2 Fred Rogers full interviewHow to have hope in the face of tragedy by Fred Rogers
※3 エリック・カール Eric Carle(1929-2021)アメリカの絵本作家

――本連載は今後、毎週火曜日に更新します

――連載一覧へ

Stay Healthy, Stay Happy!