連載8 地球という家
1903年のライト兄弟による動力飛行の成功から始まった航空時代の夜明け。1887年生まれの近代建築の巨匠ル・コルビュジエ※1は、10代の半ばから、空を飛ぶことに情熱を注いだ冒険家たちの数々の挑戦を、目を輝かせながら追い続けた、航空時代の落とし子だ。彼は、産声を上げたばかりの商業用の民間航空機に乗って、さまざまな国や都市の上空を積極的に飛びまわり、それまでの建築家に見えていなかった、未来の都市のあるべき姿、人の暮らしのあるべき姿を「鳥の目」で発見した最初の建築家だった。
20世紀の初め、命知らずの冒険家たちが曲芸のように操縦し、飛行記録を競っていた原始的な飛行機は、1914年、史上初めての世界戦争(第一次世界大戦)が始まると、空からの新しい攻撃を可能にする軍用戦闘機や爆撃機となり、飛躍的にその性能を向上させた。そして1918年の大戦終結を経て、それは民間人が乗る商業用旅客機となり、民間航空時代の幕が開く。民間人のための旅客機は、空爆によって破壊された都市の復興、暮らしの復興、そして、大戦の終結とともに世界中に広がったスペイン風邪というパンデミックの克服を誇示する「新しい時代」の象徴だった。
ル・コルビュジエは、旅客機が人類にもたらした「鳥の目」について、「鳥の目」で19世紀の大都市を俯瞰したことで認識した、それまでの都市計画の根本的な間違いについて、また、10世紀に建設されて以来、同じ生活様式、建築技術を守ってムザブ※2の民が暮らす、サハラ砂漠の中の都市ムザブを低空飛行で俯瞰して初めて見えたという、あるべき人間の暮らしについての発見を、「AIRCRAFT」(初版1935年)※3という著書の中に瑞々しく綴っている。
それから100年。COVID-19のパンデミックの克服を死に物狂いで模索しつつ、傷んだ地球環境を復興させる「新しい時代」を夢見る私たちの目に耳に飛び込んできたのは、民間宇宙企業スペースXが、民間人4名のみが乗船する自立運航の商業宇宙船での3日間の地球周回旅行を成功させた、というニュース※4である。民間航空時代が幕を開けて100年後の今、民間宇宙時代の幕は、切って落とされたのだ。現代の大富豪たちの突飛もない冒険として人々の心をざわつかせているこのニュースも、50年後、100年後には、人類が名実ともに「星の目」を手に入れた瞬間の象徴として振り返られるのだろう。
Inspiration4 Missionと名づけられた、この世界初の民間人による地球周回旅行は、その準備から、乗船体験、地球帰還までのすべてのプロセスが、ほぼリアルタイムで編集され、迫真のドキュメンタリー動画として公開されている※5。スマホひとつ手元にあれば、まるで自分も宇宙にいるかのような疑似体験を堪能できる現代の民間人にとって、いつか自分も行くかもしれない宇宙旅行の目的は、おそらくただひとつ――自分のHOME、地球を見ることだ。地球を振り返ることなど考えもせず、ひたすら月を目指した1968年から半世紀の時間を経て、人類は、地球を離れることの本質を理解するところまで、成長したのかもしれない。
SDGs(持続可能な開発目標)を含むAgenda2030を採択した、2015年9月25日にニューヨークの国連本部で開かれた国連サミット。そのオープニングで披露された「HOME:家」というタイトルのメッセージ映像※6がある。SDGsという目標が、幸運にも、地球にいながらにして「星の目」を授かった者たちに課せられた目標であることを示唆する映像だ。
その映像は、こんなナレーションで始まる。
HOMEとは何か。人によって、それは家であり、街であり、国である……しかし、そのHOMEから離れて自分を見つめると、何をHOMEととらえるかは、視点と距離の問題であることに気づく。過去50年に宇宙へ行った宇宙飛行士は皆、同じことを悟っている――この地球が、私たちの「HOME:家」なのだ、と。
そして、自ら「星の目」となることを志願し、自らの悟りを地上に住む私たちに発信し続けてきた宇宙飛行士たちの証言が続く――。
「地球は小さく、青く光り、そしてものすごく孤独だ。
この私たちの家は、尊い遺産であり、それを私たちは全力で守らなければならない」
――アレクセイ・レオノフ Aleksei Leonov(1965年、人類初の宇宙遊泳を果たし、奇跡の生還をしたソビエトの宇宙飛行士)
「月に到着して、地球を見つめる。
地上のすべての違いや、国の特徴なんて、全部同じに見える。
ここから地球を見たら、誰もがこう悟るだろう。
地球は、たったひとつのつながった世界なのだと。
なぜ私たちは、慎み深く、仲良く共に暮らせないのだろうか」
――フランク・ボーマン Frank Borman(1968年のアポロ8号の乗務員のひとりとして、人類で初めて月から昇る地球の姿を見た)
「宇宙に滞在した初日、7名の乗組員たちは皆、シャトルの窓から自分の国を指差した。
3-4日目には、自分たちの大陸を指差した。
そして、5日目には、皆、地球はひとつなのだと気づいた」
――スルタン・ビン・サルマン・アル・サウド Sultan bin Salman Al Saud(1985年、スペースシャトルDiscoveryに当時28歳、史上最年少の宇宙飛行士として、また初めてのアラブ人、サウジアラビアの王族として乗船した)
「宇宙にいても、私たちは地球とつながっている。
そう、そこが、私たちのHOME。私たちが還る家」
――ニコール・ストット Nicole Stott(2009年、宇宙で暮らすことをテーマに、国際宇宙ステーションでの長期生活滞在に挑戦するミッションISS Expedition 20に参加した。ISSからリアルタイムのツイートを発信するNASA Tweet upの最初のメンバー)
月を目指して地球を発見したアポロ8号の宇宙飛行士さながら、ル・コルビュジエは、空を目指して都市を発見し、それを自らの建築と都市づくりの指針とした。この100年で、私たち人類が相当に傷めつけてしまった地球という「HOME:家」を復興させ、そこで暮らしてゆくための指針は、地球にいながらにして「星の目」を授かった私たち、そして、生まれながらにして「星の目」を手にしている21世紀の小さなル・コルビュジエたちが、その目を凝らして、何を発見するかにかかっている。
私たちは、その目で、何を発見できるだろうか。どんな指針を見つけ出せるだろうか。多くの宇宙飛行士とその舞台裏で尽力する人々の、命がけの努力の恩恵を受けて「星の目」を授かったという、当たり前ではないありがたさを、常に心しておくことが、だいじなものを見逃さないための鍵かと思っている。
※1 ル・コルビュジエ Le Corbusier(1887-1965) 建築家。フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デア・ローエと共に、「近代建築の三大巨匠」と呼ばれる。
※2 ムザブ M’zab 10世紀頃、アルジェリアの中部、サハラ砂漠の中に建設された都市。M’zab Valley の名称で、ユネスコの世界文化遺産に指定されている。
※3 AIRCRAFT, Le Corbusier 1935, The Studio London. New vision series 1987年、2017年に、ル・コルビュジエ財団より再版されている。
※4 テスラ創業者のイーロン・マスクが率いるアメリカの宇宙企業スペースXは、2021年9月19日、世界で初めて、民間人のみが乗船する自立運航の商業宇宙船「クルードラゴン」による3日間の地球周回旅行を成功させた。
※5 「COUNTDOWN Inspiration4 MISSION to SPACE」として、ネットフリックスより配信。
※6 「HOME」Global Citizenの協力のもと、59 Productionsのマーク・グリマー(Mark Grimmer)監督、英国の映画監督リチャード・カーティス(Richard Curtis)によって制作されたメッセージ映像。
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