【阿部雅世さんの新連載9】見えないものと生きてゆく時代に――地球の園丁

連載9 地球の園丁(えんてい)

地球という、すべての生きものの唯一無二の暮らしの場をどう捉えたら、私たちは、見えない脅威と共存しながら「みなで暮らしてゆく」ということの本質に、近づくことができるだろうか。

アポロ8号で月の裏側まで行った宇宙飛行士たち、そして彼に続く宇宙飛行士たちは、その目で見た地球を「家」であると捉えたが、その宇宙空間に浮かぶ家に「Spaceship Earth(宇宙船地球号)」という名をつけたのは、1895年生まれのバックミンスター・フラー※1だ。ジオデシックドームという構造体を発明した建築家として、今日もその名を知られるフラーは、20世紀を代表する思想家、実践哲学者であり、また人道主義者としても知られる人だ。

フラーは、消費財の大量生産や、生活必需品製造の機械化、輸送手段の革新が加速しはじめた19世紀末の第二次産業革命の時代に生まれ、19歳で第一次大戦勃発、23歳でスペイン風邪のパンデミック、34歳で世界大恐慌を経験し、44歳で第二次大戦勃発、50歳で第二次大戦の終結の年を迎えている。フラーは、激変する世界の大波に何度も飲み込まれ、命を絶つ寸前まで追いつめられながら、建築、デザイン、幾何学、工学、科学、地図学、救命学を独学し、実に50年もの時間をかけて、独自の経験的な知恵を貯えている。そして、その経験的な学びから得た包括的な視点で人間の暮らしの問題を分析し、人間性に基づいて機能する持続可能な世界のあり方を創造しようと、第二次大戦終結の翌年1946年には「one town world(ひとつの町である世界)」という、新しい時代のビジョンをスケッチし、アポロ8号が、月から見た地球の姿を初めて地上に送った翌年の1969年には「Operating Manual for Spaceship Earth(宇宙船地球号操作マニュアル)※2」という小さな本を世に送りだしている。

生態系を痛めつけることなく、
誰も置き去りにすることなく、
この世界を、
最小限の時間で、
100%人道的に機能させるために。
――バックミンスター・フラー
(Operating Manual for Spaceship Earth 2020年版の扉より抜粋。阿部訳)

地球という家をひとつの宇宙船と見立て、その複雑で緻密な仕組みを、よりよく機能させるために、人間がその船の乗務員として、限られた燃料をどのように活用し、船を航行させてゆけばよいのか、どのようにして未来の世代の暮らしを保証すればよいのか、そして、そのためには暮らしの発想をどのように転換すればよいのか――フラーが俯瞰する包括的な世界観と提案をまとめた小さな本だ。

この本は、1962年に出版されたレイチェル・カーソンの著書「沈黙の春」※3と並んで、生態学的な視点に立った環境運動の原点と言われている本だが、初版が出てから半世紀後の今、このフラーの思想と知恵の詰まったタイムカプセルを開き、誰よりもその声に耳を傾けているのは、傷だらけの地球号に乗って荒波の中をゆくことを覚悟しながら、持続可能な未来を実感できる人生を希求する若者たちである。この本は、フラーが未来の世代に贈った本なのだと思う。

本の中でフラーは、「豊かさとは、その船の上で、ある数の人間が生きていくための準備ができている未来の日数のこと」、すなわち、将来の世代の命と暮らしを保証することができる未来の日数のことであると定義している。フラーがこの本を書いた50年前に比べたら、物質的に豊かになったはずの現代に、今、絶望的な貧しさをもたらしているものがあるとすれば、すでに船体は痛み、あちこちに穴が開き、未来の日数が刻々と削られているというのに、いまだ自分たちは豪華客船の乗客であると思い込み、船内カジノでもうけを積み上げることや、ビュッフェの囲い込みや奪い合いに始終している、人間の暮らし方にあるのだろう。

それでも、頻繁に体感するようになった見えない脅威の大波小波は、もはや自分が乗客ではないこと、乗務員としての矜持を持ってしっかりしなければならないことを、否が応でも気づかせてくれる。酸素も水も食料も、地球が与えてくれるものを消費するばかりのお気楽な乗客として、のんきに育ってきた自分が、実は、乗務員のひとりとして登録されていたことに齢六十に近づいて気づく――というのは、なんとも情けない話ではあるけれど、そういう時、思い出すのは、

それぞれが、自分の小さな役割を果たせばよいのだ。

という、オスカー・ニーマイヤーが残した遺言のような言葉※4だ。

自分なりのリスクを背負い、自分の考えを持ち、自分の未来を発明する。
それだけで、世の中は変わるはずだ。

と続く、104歳のマエストロのこの言葉は、大きな問題を目の前にして、自分にはなにもできないような気持ちになった時に、幾度となく戻ってきて私を励ましてくれる言葉だ。フラーがこの本を世に出した時、すでに74歳であったことを思えば、遅まきながらも、この歳で気づいたからこそ果たせる小さな役割というのも、まだあるのかもしれない。104歳のニーマイヤーから見たら、私など、やっと足が立つようになったばかりのヒヨッ子だ。

それにしても、いったい自分になにができるだろうか。どんな役割を担えばいいのだろうか。そんなことを、頭に貼りつけてうろうろしていたら、70年代から地球規模の環境政策づくりのフロントランナーを務めてきた、ハーバード大学ケネディ政策スクールのウィリアム・クラーク教授※5が1986年に書いた「The Earth as garden(地球という庭)」というエッセイに目が留まった。今日の持続可能な環境政策の原点ともいわれている1986年の論文「Sustainable Development of Biosphere(生物圏の持続可能な発展)」の中の小さなエッセイだ。

このエッセイは、「人間の活動によって地球の環境を変えようとするときに、人間がどんな役割を担うイメージを持つのが良いだろうか」という問いから始まる。地球の複雑な生態系について、人間が知っていることは、実のところほんの僅かなのであって、工学的な操作によって宇宙船地球号をコントロールするには、人間はまだまだ程遠いところにいることが、やっと理解できた段階だ。だとすれば、私たちは、エンジニアとしての役割を担おうと焦る前に、まず「地球という庭」の健康を管理する「Gardener―園丁(えんてい)」であろうとするのが良いのではないだろうか、という話だ。

そこでいう庭とは、植木を美しく刈りそろえた庭園ではなく、山があり、川があり、畑があり、虫がいて、動物がいて、時折竜巻に襲われるような、暮らしの環境のことだという。自分が暮らす庭の生態系の本質を知覚する経験を積むことで、その庭の健康のために良いことをし、無知が招く間違った開発を察知し、その間違いから庭を守ることができる「園丁」――ああ、これだ。

デザインを学ぶことの本然は、自分の暮らしの環境の質を、自分で判断できる力を持つことだと思いながら、自分がコツコツとやってきた仕事の先にあるのは、この「園丁」という役割かもしれない。閉門蟄居の半径500mのごく限定された暮らしの環境の中にも、知覚可能な生態系の本質が詰まっていることは、環境を知覚する筋トレとして、もう10年以上、毎日毎日実践している「デザイン体操」――身のまわりの小さな自然環境の中のデザインの宝探し遊び――を通して実感している。気楽な遊びでありながら、毎日の定点観測で知覚できる生態系の本質は、ずいぶんとたくさんある。まだスタート地点に立ったばかりではあるけれど、こうやって自分を鍛え続けて、いつか「地球の園丁」――暮らしの環境を専門とする園丁――という役割を担えるようになりたい。

――ひとつ向こうの未来が見えた気がする。End

※1 バックミンスター・フラー Buckminster Fuller (1895-1983) アメリカ合衆国の思想家、デザイナー、構造家、建築家、発明家、詩人。
※2 Operating Manual for Spaceship Earth 初版1969年。この本は、フラーが亡くなった80年代に一度復刻され、2008年、2020年には、フラーの孫であり、晩年のフラーと活動を共にしたJaime Snyderの編集による新版がLars Muller Publishingから出版された。日本では、それ以前の版の翻訳版「宇宙船地球号操作マニュアル」(ちくま学芸文庫)が出版されている。
※3 レイチェル・カーソン Rachel Carson (1907-1964) アメリカの海洋生物学者。環境汚染問題を告発した著書「沈黙の春(Silent Spring)」は、今日まで続く環境保護運動のきっかけとなった20世紀の名著。
※4 オスカー・ニーマイヤー Oscar Niemeyer (1907-2012) ブラジルの建築家。「ニーマイヤー104歳の最終講義―空想、建築、格差社会」(平凡社)より引用。
※5 ウィリアム・クラーク William C. Clark(1948-) Sustainability Scienceという研究分野の創設者として、70年代から、環境問題にかかわる多くの国際政策実行を率いてきた研究者。ハーバード大ケネディ政策スクールの教授。

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