【阿部雅世さんの連載12】見えないものと生きてゆく時代に――時空自在

第12回 時空自在

人と距離をとったり、隔離生活を送ったりという非日常の作法は、人類がパンデミックの波をかぶるたびに繰り返して行ってきた作法だが、COVID-19という特大のパンデミックの波に見舞われているこの時代に、かつてと全く違うことがあるとすれば、それまでの人類が持ち得なかった道具と技――隔離の枠から出ることなしに、物理的な距離を超えた自由飛行を謳歌できる道具と技を持っているということだ。

私が日本から欧州に渡ったのは、個人が使える国際間のコミュニケーションツールは、オペレーターを介した国際電信電話だけという1989年だが、やがてインターネットの時代が始まり、2004年にスカイプが登場すると、日本と欧州にいる私との間の物理的な距離は、魔法のように消滅した。実家のパソコンと私のパソコンを、早速スカイプでつなげておくと、遠く離れているはずの父も母も、まるで隣の部屋から顔を出すかのように私のパソコンの中に入って来て、たわいもない話をしていく。スカイプチャットの筆談は、距離という概念のない別の次元で互いの思考をつなげるもので、聴覚を通さずに脳と脳が直接つながるような、電話とはまた違う不思議な親近感があった。思えば、あの2004年のスカイプ導入の瞬間が、私にとっての距離の壁の消滅、自由飛行の始まりだった。

以降、時代時代のツールをアップデートしつつ、実際には足を運べない距離にある場所でも、仕事や教育活動を展開してきた。しかし、この技は、コミュニケーションをとる双方の物理的、心理的な環境が揃わないと使えないので、まだまだ自由自在とはいかない歯がゆさもあった。それだけに、今回の特大パンデミックを機に、誰もが仮想空間に自由に出入りして、親密なコミュニケーションがとれる時代が、世界各地で本格的に幕を開けたことを実感するのは、もう感無量でしかない。――この先にあるのは、まさに時空自在の時代だ。

実在空間でできることを、仮想空間で忠実に実現しようとすると、不具合ばかりが目につくが、仮想空間でしかできないことも、実はたくさんある。この制限だらけの世界のなかに、誰もが時空を飛び越えて出入りできる、まっさらな非日常の空間がぽっかりと姿を現したのだ。あると思えばある、ないと思えばないような、クラウド上の仮想空間というのは、見方を変えれば、無限に遊べる「空想空間」なのであって、身動きが取れなくなったホモ・ルーベンスの空想力を、これほどまでに刺激してくれる場もそうはあるまいと思う。

「実在空間ではできないどんなことが、この仮想空間でできるだろうか」と自問し始めた瞬間、そこは、永遠の「空想空間」になる。距離が存在しない異次元空間が秘める可能性を探り、人が人らしく活動するための新しい遊びを、研究や教育のプログラムの中で展開してみる――これは、閉門蟄居する私の、今一番の楽しみであり挑戦だ。

パンデミックが始まって以来、距離のない異次元空間で対話を活性化させるための小さなオンライン・セッションを、かつてない頻度で開いているが、そのひとつひとつが、時空自在時代の環境づくりの実験場だ。対話が活性化し、生き生きとしたアイディアが次から次へと芽を出し、ひとりでどんどん育ち始めるようなプロジェクトを実現させたいと思ったら、まずは、その空間の環境を整えなければならない。実在空間で牽引してきたプロジェクトでは、小道具のしつらえや演出に細心の注意を払って環境を整えてきたけれど、仮想空間という目に見えない空間では、実在空間とはまったく違うやり方で、環境を整える必要がある。

最新の実験場となったのは、地球環境のバロメーターとして注視すべき、熱帯雨林アマゾンから発信される情報をテーマにしたプロジェクト。多くの人の目に見えていない土地から発信される情報を、誰もが自分ごととして受け取れるようにするには、どんなコミュニケーションが必要か、それを促すための仕掛けをどんなふうにデザインできるか――それを模索するためのプロジェクトだ。

最初の意見交換のセッションに集まったのは、歩いてアマゾンの熱帯雨林に行けるというエクアドル在住のデザイナー、アマゾンの一角に暮らす先住民族の環境活動家、ブラジル・サンパオロの教育者、ニューヨーク在住の環境教育活動家、ロンドン在住の環境デザインの教授、シンガポール在住のデザイナー、そしてベルリン在住の私。アマゾンが見えるところにいる3名と、アマゾンが見えないところにいる人が3名。しかし、このテーマは、地球上のあちらとこちらをつないで、見えている、見えていないという立場から意見を交わすのではなく、せっかく距離が消滅した仮想空間を使うのだから、皆が星の目でアマゾンを見下ろせる場所に集まって話がしたい――。

NASA image library|ID: iss 042e013697|Photo by Terry Virts, Earth observation taken by the Expedition 42 crew aboard the ISS.

どこでもない仮想空間というのは、空想の力を使えば、どんなところにでも想定することができる。ここは思い切って、地球の上空400キロ上空を周回しているISS国際宇宙ステーションの、有名なガラス張りのキューポラの中に集まって話をすることにした。そして、ほとんど初めて顔をあわせるようなメンバー誰もが、一緒にISSの中にいる気持ちになれるような、シンプルな演出を考えてみる。

――イントロダクションはシェアスクリーンで、皆で宇宙から見たアマゾンのドキュメンタリーを見よう。それから画面は暗転。真っ暗な中、宇宙船が地球を離陸する爆音が聴こえ、それがやがて静かになると、全員がモニター上に並んで現れる。真っ暗な宇宙空間の中に、薄い大気圏に包まれた地球の地平線が大きな弧を描いて見えている、ISSからの画像を全員の背景に設定しておき、目を開けると、皆が、地球が見えるキューポラのガラス窓を背に円形に座っている。そして、足元の丸窓からアマゾンを見下ろしている気分で話をすることにしよう――。紙芝居レベルの稚拙なプロットだけれど、このくらいの環境づくりなら、既存のオンライン会議のプラットフォーム上で簡単にできる。

やってみると、皆で宇宙空間に集まっているという気持ちに、不思議なリアリティーをもたらしたのは、背景の設定がなぜかうまくいかず、ひとりだけ研究室の書棚を背景にして登場してしまったロンドンの教授の存在だった。彼は恐縮していたが、「あらららら、ひとりだけ地球に残っちゃったのね。他のメンバーは皆こちらにいるのに」と思うのに充分なインパクトがあったのだから、感謝しかない。

またエクアドルからの参加者は、着ている服の色のせいなのか、背景の宇宙にしっぽりと同化してしまい、宇宙の中からうねうねと顔だけが出てしゃべるということになり、それは、まるで宇宙の声を聴いているかのようで、彼女の話には妙な説得力があった。笑いの絶えない建設的な意見交換が2時間以上も続き、大成功のセッションだった。ロンドンの教授は、セッションが終わると「次回は、ちゃんとワープします。皆とそっちに行きたかった……」と泣き笑いの顔で言って、画面から退出していった。

仮想空間であっても、環境の物語を整えれば、対話は活性化する。もっとリアルに場を体感する技術も生まれてきてはいるが、空想力のスイッチを入れることが目的だから、不完全で失敗だらけの紙芝居セットのほうが、効果は高いのかもしれない。とはいえ、技術の世界はどんどん進んでおり、ホログラムのように、モニターの外にふわりと姿を現すことも、もう夢ではないらしい。「千と千尋の神隠し」※1 の映画の中で、銭婆(ぜにーば)が、湯屋のてっぺんの部屋に魔法を使って姿を現し「やっぱりちょっと透けるわねえ……」とつぶやく場面があるが、あんな感じになるのだろうか――あれは、いつかぜひ、やってみたいと思っている。

※1 「千と千尋の神隠し」 2001年に公開された日本の長編アニメーション映画。原作・脚本・監督 宮崎駿。制作スタジオ・ジブリ。

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