辰野しずかが初めて挑んだアート作品、そして10年の活動を振り返って

▲「A moment in time-ume」展の会場風景。

今年の8月から9月までの約2カ月間、などや代々木上原で開催された「A moment in time-ume」展の会場には、梅の木で染められた色とりどりの美しい飴の作品が並んだ。プロダクトデザインを中心に活動する、デザイナーの辰野しずかが初めて試みた自主研究によるアートワークの展覧会ということで、多くの人が足を運び、さまざまな反響が寄せられた。辰野にとっていろいろな想いが集積し、ものづくりの原点を見つめ直す機会を得られたという。本展を終えた感想と活動10年を振り返りつつ、今後の想いを聞いた。

ゆいまーる沖縄の「Ryu Kyu Iro」(2017年)。沖縄の自然の風景を抽象画のようにして切り取ったデザインで、琉球ガラスのアクセサリーを提案した。Photo by LALAFilms

イギリス滞在中に学び、経験したこと

幼少期から絵を描くのが好きで、インテリアショップが集まる東京・表参道で育ったことがこの道に進むきっかけとなった。大学進学に際しては、生活用品や家具などのプロダクトデザインを学びたいと思ったが、当時、国内大学のプロダクト科というと家電やクルマなどのインダストリアルデザインが中心だったことから、海外留学を視野に入れ大学を調べるなかで、イギリスのキングストン大学プロダクト&家具科を選んだ。

イギリスのデザイン教育に触れていくうちに、自身のなかでいくつかの価値観の変革が起こったという。ひとつは、日本では機能主義の無駄のないデザインが正解とされる風潮があったが、それ以外にも多様な価値観があると学んだことだ。「これまでずっと常識だと思っていたことが一旦、壊れて、それによって何かから解き放たれたような気持ちになりました」と思いを語る。

和信化学工業の水で素肌に貼れるシール状のアクセサリー(2015年)。企画、アートディレクション、プロダクトとグラフィックデザインを担当。Photo by Fumio Ando

もうひとつは、日本ではまだ馴染みのなかったサスティナブルデザインやインクルーシブデザインを学んだことだ。それは、ものがあふれる現代において、「つくるという意味をきちんと考えて取り組まなければいけない」という思いを抱き、関心を寄せていた分野であり、その学びとの出会いのなかで、視野を広げることにつながった。

また、留学前に日本のことについて改めてきちんと知っておこうと、伝統工芸に関する本を読んだり、職人の工房を尋ねたり、茶道を始めたことで、世界に誇れる自国の文化を再認識したことも大切な財産となった。日本の伝統産業が後継者不足などの問題を抱えていることも知り、帰国後はその分野においてデザインで貢献していきたいと考えた。

DAIKURAの備前焼のウォーターカラフェ「hiiro」(2015年)。削り出しのシャープな形状と、シンプルななかに自然の質感を感じられる雰囲気に仕上げた。Photo by Fumio Ando

仕事をするなかでの悩みやジレンマ

帰国後、伝統産業の会社と仕事をしていくうえでエディトリアルやグラフィックも必要になると感じ、デザイン事務所で経験を積み、2011年に独立。各地の伝統産業の仕事を中心に精力的に愛をもって取り組み、さまざまな美しい製品を生み出してきた。しかし、次第に悩みやジレンマを抱えるようになる。

例えば、仕事の依頼を受けた場合、その会社は何らかの課題を抱え、現状を打破したいと考えているところが多い。その思いに応えるためにも辰野はものづくりだけでなく、販売戦略や告知方法を助言したり、つくり手がやりがいや愛着をもってつくれる仕組みを一緒に練ったりもした。しかし、ビジネスは継続的に展開していくものであり、最終的にはその会社に委ねるしかなく、外部のデザイナーとして関われることの限界を感じていた。

▲鳥が好きという辰野がデザインした、青森県弘前市の津軽焼と下川原焼の技術を融合させて生まれた愛らしい鳩笛「Tsugaru Bird Whistle」(2017年)。

また、製品の価格と、つくり手から人に届ける方法も長年の課題だった。「工芸の世界は、大量生産の工業製品と比べると、製作できる量も少なく、手間も人件費もかかるので、高額になることがほとんどです。そういうものをどのようにして人に届けていったらいいか、販売する場や方法も含めてずっと悩んでいることで、かといって安価にして雑貨化し大量に売るのは、つくり手の対価を考えるとフェアトレードや文化の継承などの観点で違うと感じます」。

辰野にはある理想があるという。「つくり手が心からつくりたいという思いでつくり、それを欲しいという人がいて、大量ではなく適度な量をつくる。それが循環していくことが、最も美しいクリエイションの世界であり、ものづくりの本質だと考えます。これらを実現するにはどうすればいいかということを、この10年の活動の経験を踏まえて改めて探りたいと思っているところです」。

薩摩びーどろ工芸の薩摩切子がもつグラデーションの魅力をシンプルな造形で引き出したブランド「grad.」(2020年)。Photo by Masaaki Inoue

辰野は、依頼を受けた仕事に対し、自分のカラーを出すのではなく、働く人たちの人間性、風土、工場の空気感を大切に考えながら、その会社がもつ素材や技術のなかから価値や魅力を最大限に引き出すことを念頭において仕事に取り組んでいる。そんななかで、さらにある思いが芽生え始めるようになる。

「デザインの依頼をされた仕事は、当たり前のことですが、制約があるなかで制作をすることがほとんどです。数年前から制約のなかでつくるだけではなく、まっさらな何もない状態から、人の気持ちを捉えるもの、純粋で美しいものを追求することに興味を抱いていました」と、その胸の内を明かす。

HULS Inc.のオリジナルブランドKORAIの全アイテムをデザインする。「水の器」は日本の庭に置かれた水鉢のように、暮らしのなかで風や光を感じるための作品(2018年)。Photo by Masaki Ogawa

実験的なプロジェクトやアートワークへの興味

それは、これまでのように依頼されて受けるクライアントワークだけでなく、自主的な取り組みから生まれてくる実験的なプロジェクトやアートワークが制作の幅を広げるためにも必要で、取り組むべきだという強い思いからくるものでもあった。

そして、以前から辰野がアートワークに興味をもっていることを知っていたSTYLE MEETS PEOPLEの声がけにより、「BESPOKE MATERIALS JAPAN展」に参加。2020年に光学ガラスの端材を使った初のアート作品「kohan」を制作。2021年には、などやとの出会いにより、「A moment in time-ume」展の実現に至った。

▲STYLE MEETS PEOPLEの「kohan」。栃木県塩谷郡にあるイーストンテックの工房を訪れたときにインスピレーションを得て生まれたアート作品(2020年)。

「A moment in time-ume」展では、さまざまな実験的な試みに挑戦した。作品は、以前から興味をもっていた草木染めの手法や、「透明素材」でありながら土に還りやすい飴を用いて、素材への実験的なアプローチと共に、最後は「土に還す」という展示の終わりまでを作品とした。この展示では、販売しない、道具としての機能性や保存性をもたせないなど、デザインワークで課せられるあらゆる制限をできる限り排除して取り組んだ、ピュアなものづくりだったと振り返る。

「こうしたアートワークとデザインワークの両輪で活動して模索することで、さまざまな問題や課題解決の糸口や、純粋に美しいものにたどり着けるのではないかという手応えを感じました。今回、ようやくこうしたクリエイションの幅を広げる活動をする機会を、などやさんにいただけて本当にありがたかったです」。

▲Photo by Yukikazu Ito

▲「A moment in time-ume」展の作品(2021年)。梅の木の個性によって色が異なる。枝の作品は全長1m以上の大作。ほかにも鉱石のような層や、飴のかけらを集めたものなど、実験的な作品の数々が並んだ。Photo by Gottingham

美しいもの、人が心から感動するものを求めて

今回の展示は、先の見えない時代のなかで、「今、アクションを起こさなければ」と強く思えたからこそ挑戦できたものであり、自身にとって大きな転機にもなった。今後もデザインとアート活動を両方続けていきながら、より自分に正直になって「美しいもの、人が心から感動するもの」を追求していきたいという。

「つくる意味」をとことん考え、信念をもって、真摯にものづくりに向き合う。多くの課題を抱える日本の伝統産業界やデザイン業界にとって、辰野のような存在がいることは心強い。この展示の経験を経て、新たな世界に一歩踏み出した辰野のこれからがまた楽しみである。End


辰野しずか(たつの・しずか)/クリエイティブディレクター、デザイナー、Shizuka Tatsuno Studio代表。1983年生まれ。英国キングストン大学プロダクト&家具科を首席で卒業後、デザイン事務所を経て、2011年に独立。家具、生活用品、ファッション小物のプロダクトデザインを中心に、企画からディレクション、ブランディング、付随するグラフィックデザイン、アート制作など、多彩な活動を行う。ELLE DECOR日本版「Young Japanese Design Talents」賞、グッドデザイン賞など受賞多数。高岡クラフトコンペティションやグッドデザイン賞 審査委員・ユニットリーダーも務める。