世界最高峰のデザイン・広告賞から覗くデザインの現在
D&ADアワード2023審査会レポートvol.2:社会にスケールするプロジェクト

クリエイティブ・トランスフォーメーション部門とデジタルデザイン部門の審査員によるトークセッションの様子。会場は毎回ほぼ満席の状態が続く盛況ぶり

熱気溢れるイベント会場

イースト・ロンドンで開催されたD&ADアワード2023。3日目からは審査会だけではなく、同じ会場内でパネルディスカッションや基調講演など多数のイベントが開催される。また、審査を終えたグラフィックデザイン部門やパッケージデザイン部門などのショートリスト作品が続々と展示され始める。朝から学生やデザイン関係者が訪れ、会場は日に日に熱を帯びていった。

ショートリストの展示会場で、ブックデザイン部門の作品を熱心に眺める来場者たち。

世界中からデザイナーやクリエイターが集まる審査会だが、日本人の審査員も13人選任されている。クリエイティブ・トランスフォーメーション部門で審査員長を務めるのはKESIKIパートナーの石川俊祐さん。設立から4年目というまだ新しい部門の審査会の様子や受賞作品について、さらには海外デザイナーの意見を取りまとめるリーダーシップのあり方まで、お話を聞いた。

いしかわ・しゅんすけ/KESIKIパートナー、多摩美術大学特任准教授。1977年生まれ。英セントラル・セント・マーチンズを卒業後、パナソニックなどを経て、IDEO Tokyo立ち上げに従事。2019年KESIKI設立。

ピュアでパンクな審査

——クリエイティブ・トランスフォーメーション部門は設立間もないですが、どのような作品を対象にしていますか。

対象作品の条件は3つあると思います。ひとつ目は人に寄り添った課題を具体的に解決して、誰かをより良い状態にできているかどうか。ふたつ目は、その解決方法が、これまでと違った創造的なアプローチかどうか。3つ目は、一過性のものではなく持続性のあるものとして社会にスケールされそうかどうか。しかしまだ定義が定まっていない部分があり、ブランディングやキャンペーン的な作品も多くエントリーされていたんですが、そういった内容は「transform(変革)」ではないので最初の段階で外しました。カテゴリーの定義は今後の課題だと思います。

——審査を終えて、いかがでしたか?

うちの部門は結構審査が厳しくて、グラファイトペンシルがひと作品出ただけで、イエローペンシルは出なかったんです。

——ひとつも、ですか!

面白いですよね(笑)。企業に忖度するアワードがたくさんあるなかで、D&ADはNPOだということもあり、しがらみなくピュアにジャッジできる唯一の審査会だと思います。だからみんな、大企業のエントリーであってもバッサバッサと切るんです。権力に負けないという、イギリスならではのパンクさも理由にあります。

——みんなが賛同する作品がなかったのでしょうか。

審査員の半数以上が賛同しないとイエローペンシルにはなりません。僕もいいと思った作品を何度も力説したけれどウッドペンシルまでしか進みませんでした(笑)。審査員長の権限もなく、あくまでも民主的に決めるんです。みんな自分のスタンスが全然ブレない。それもいいなと思うんですけどね。

——どのように審査をまとめられたのですか。

今回の審査員は、ドイツ、フランス、ナイジェリアなど6カ国から集まっていました。国民性の違いもあり、日本とはいろいろ違うところがあります。本当は事前に審査を進めるうえでの指針をつくっていたんですが、冒頭にひとりのメンバーから「最初にルールを決めすぎず、直感的にやろうよ」という発言があったので計画は覆されました(笑)。なので、みんなで議論しながら指針をつくりあげていくという進め方にしました。リーダーシップの役割への考え方が日本と全然違いますね。日本だと偉い人の意思決定がいい結果を生むと思われているけど、こっちでは、みんなをどれだけやる気にさせてコラボレーションを引き出せるかがリーダーの役割なんです。やり方を押し付けるのではなく、みんなに問いかけて議論させて、いい意味で誘導するのがこれから必要なリーダーのあり方なんだと思います。

キャンペーンが政策になる

——そんなエキサイティングな審査を通して、グラファイトに選ばれたのはどのような作品だったのでしょうか。
韓国の「ノックノック」という作品です。ドメスティックバイオレンス(DV)を救うためのプロダクトサービスなんですが、警察機関と連携しているので、SOSを発すると実際に助けてもらえるという仕組みです。特定の番号に電話をかけて、画面をこっそり2回トントンと叩くだけで住所も特定できるようになっています。韓国ではDVの件数がここ8年で800倍にもなっているそうなんです。

面白いのは、これがクリエイティブエージェンシーによってキャンペーンとして行われたサービスだということです。普通だったらCMを打って終わりのところを、警察も巻き込んで機能するプロダクトとしてつくり、さらに韓国政府によって政策として採用されたわけです。韓国政府もすごいですよね。日本では絶対にあり得ません。ですから、キャンペーンからリアルな国民のための解決サービスになったことを評価しました。

——それでもイエローペンシルに届かなかったのはなぜでしょうか。

やり方は違うんですが、こういうサービス自体はグローバルに増えているんですよね。スピーカーを家に置いておくと、怒鳴り声に反応してアプリが起動し、警察に通報されるとか。だからこれ自体はそんなにユニークなソリューションではないのでは、という議論がありました。すでにあるサービスやアイデア、機能に新しい使い方や価値が生まれているかどうか、が問われたと思います。

クリエイティブ産業への挑戦

——石川さんが推したのはどんな作品ですか。
ekn(エクン)というシューズブランドです。バングラデシュでデザインされてドイツでつくられるという、今までの資本主義経済と真っ向から対峙するものづくりとブランド構築をしています。

今までだったらNIKEのようにクリエイティブをヨーロッパで、ものづくりを安いアジアでやっていましたよね。自分たちが優位だという感覚のまま、クリエイティビティをアジアに託していませんでした。その構造にチャレンジするブランドなわけですが、「ekn」って、逆から読むとNIKEなんです。

——………本当ですね!

それがバレて、いまNIKEに訴えられてるんです。めちゃくちゃ面白いですよね。クリエイティブ産業における労働賃金対価という構造も変えていることになります。今までの、労働力に対して払う賃金から、創造性に対して払う賃金へ。キャンペーンだけではなく、クリエイティブスクールをつくってデザイナーを増やすということもやっています。TOMS(トムス)というシューズブランドが2006年から実施している、一足買ったら一足が途上国の子どもに寄付される「One For One」という取り組みがあるんですが、今回はそういうものとは違ってブランドのつくりかたそのものを変えてるのが面白いと思いました。

病気患者の課題解決へ

——「ノックノック」も「エクン」も、社会課題の解決に向けた新しい仕組みを生み出していますね。

課題は社会課題ではなくてもいいんです。例えば、病気の患者に向けたSamsung Unfearという作品がありました。自閉症スペクトラム症(ASD)は、聴覚過敏のために救急車やパトカーの音や、工事音など特定の音でパニックの発作が起きるらしいのですが、そういう音だけを消すことができるイヤホンのアプリケーションです。ノイズキャンセリングは全部の音を消すけれど、音楽や人との会話は残したまま、患者に刺激を与える音だけを消すことができる画期的なAIです。しかもASD患者は世界で7千万人いるので、スケールが巨大なんです。

——対象が特定の患者であるということが審査に与えた難しさもありましたか。

今年の2月に発売されたばかりで、本当に機能するのかがまだわからないという懸念がありました。本来デザインのプロセスでは、本当にその人のためになっているかということを、つくってみてユーザーテストをします。でも大量生産、大量消費で、それがなかなかやりにくい時代が続いていました。しかしユーザーがケアを必要とする人の場合、マーケティング調査だけでは無理で、自分たちと一緒につくりあげなければ機能するものはできない。だからこの分野では、ユーザーテストで本当に機能するのかということがちゃんと実証されているほうがいいですね。

社会の仕組みを変える

続いては、インパクト部門の審査員長を務めるクワメ・テイラー=ヘイフォードさんに話を聞いた。世界的に行政や大企業もソーシャルイシューに投資するようになった現在。社会問題を扱う作品を対象とするインパクト部門ではどのような審査が行われたのか。

クワメ・テイラー=ヘイフォード/Kin共同設立者、非営利団体SATURDAY MORNING共同設立者。

クワメさんはKinというクリエイティブカンパニーを立ち上げ、クライアントである一般企業や団体がより健全に成長するためのサポートをしている。

——お疲れさまでした。審査はいかがでしたか?

インパクト部門は、創設された頃はビジネスとはかけ離れたところで社会問題を扱うという偏りがありました。しかしここ数年で成熟してきて、今はビジネスとソーシャルイシューが分かれていないことがスタンダードになっています。つまり、ビジネスのブランドを立ち上げたり成長させたりすると同時に、そこにより良い社会をつくることを切り離していないものが作品として対象になっています。

——作品を審査するときにどのようなことを大切にしていますか?

キャンペーン的に測れるもの、すぐに消費されるものというのは本当の意味でインパクトの活動にはならないので、それが長続きするための仕組みとしてデザインされていることが大切です。今回推薦した作品も、一発的なメッセージが出るものではなく、将来的に社会の仕組みになるものです。また、今回はノンプロフィットの作品だけではなく、コマーシャルな作品も評価しました。ノンプロフィットを推すのはある意味では今までも当然のことでしたが、今後、企業のためのインパクトの活動も評価されれば、企業のビジネスにおいてもソーシャルイシューの取り組みが広がるきっかけになるので、そういった意味で推しました。

インパクト部門でグラファイトペンシルを受賞した「Unwasted Beer」。ハイネケン・アムステルダムが、ロックダウンの影響で廃棄されそうになっていたビールをバーから買い戻し、バイオガスや電気、肥料や水などに再生させたプロジェクト。

インパクト部門で賞を与えるということは、それによって社会を変える可能性もあります。そう考えると、極力広がりのあるものに賞をあげたいし、もしくは受賞したことで広がりができるような、例えば他の関係者がいい影響を受けるとか、そういったことが起こるものかどうかを意識しました。

☞「D&ADアワード2023審査会レポートvol.3」では、ブラックペンシル受賞作品を出したプロダクト部門で審査員長を務められた、鈴木元さんのインタビューをお届けします。

(文・写真/AXIS 鳥嶋夏歩)End