プロダクトの取引の場から、思考のエクスチェンジの場へ
マリア・ポッロ代表に聞く、ミラノサローネの挑戦と展望

今年は新規出展社数と再出展社数の合計は227社。うち初出展が161社(60.9%がイタリア国外)で。再出展は66社(37.9%がイタリア国外)となった。Salone del Mobile.Milano 2025_©Giulia Copercini

第64回目を迎えるミラノサローネ国際家具見本市(以下、ミラノサローネ)が4月21日から26日にかけて開催される。ミラノ郊外に位置するロー・フィエラミラノの169,000平米以上の展示スペースに、世界32か国から、1,900以上が出展する、世界最大級かつ由緒ある家具の見本市だ。今年から始まる新たな取り組みについて、開催を控えたミラノサローネ代表のマリア・ポッロに、書面で取材を行った。

マリア・ポッロ。1983年コモ生まれ。ブレラ美術アカデミーで舞台美術を学び、2014年に家業のポッロ社に本格参加し、広報・発信部門を担う。2020年にはアッサレード初の女性会長に選ばれ、2021年7月からミラノサローネ代表を務めている。Salone del Mobile.Milano 2025_©Diego Ravier

サローネは「展示会」から戦略的インフラへ

ミラノサローネは今、これまでにない大きな変化の潮目に立っている。まず、今年、これまでの家具の見本市というサローネの役割そのものの再定義を図る。

「サローネは、単なる大規模な展示会という枠を超え、エネルギーや技術革新、マーケットの課題に直面する家具業界にとって、戦略的なインフラストラクチャーへと進化することを目指しています。昨今、出展企業は、プロダクトの枠を超えた現代の暮らしに対する包括的なビジョンを携えてサローネに参加しています。それにともない企業の展示ブースは、革新的な素材や、持続可能性に対する研究、そして空間における新たな暮らし方を物語る総合的な環境へと変化してきています、多くの場合、これはデザイン、建築、テクノロジーが相互に作用するデザインシステムといえます」とマリア・ポッロは言う。

業界横断で挑む「サローネ・コントラクト」構想

こうした展望を受けて、今年からいくつか新たな方針を打ち出した。そのひとつが、コントラクト分野への取り組みの強化だ。来年2027年から新たな見本市「サローネ・コントラクト」を設ける。エンドユーザー向けの家具の小売りと異なる、ホテル、レストランなどのホスピタリティ空間や、オフィス、高級レジデンス、船舶、公共建築向けにプロジェクトに合わせたカスタムメイドの家具を手がけるのがコントラクト事業だ。もともと家具メーカーにとっては大型の取引になるため、計画生産が可能で、メーカーのほとんどはコントラクト事業で成り立っている。
加えて、コントラクト事業は、建築が立つ地域の地政学的要素をはじめ、施工を担うコントラクターやライフラインなどのインフラ整備を含む、様々な要素が統合されて完成する。とりわけ近年は、揺れ動く世界情勢による、原料や資材、エネルギー資源の安定的調達、そして物流網の確保への影響が大きく、コントラクト事業を取り巻く環境は予断を許さない。これは家具メーカー1社の問題ではなく、家具業界全体に関わる事態だ。そのため、家具業界とコントラクト事業に関わる建築業界が一丸となって知見を共有し、ともに課題に取り組むことが業界全体の健全な成長につながるという考えのもと、「サローネ・コントラクト」構想が立ち上がった。

パリのデザインスタジオ、メゾン・ヌメロ20が手がけたインスタレーション「Aurea, an Architectural Fiction(アウレア・建築的フィクション)」。ロー・フィエラミラノ内ホール13–15の中心部で見ることができる。Project Maison Numéro 20 Illustration Maison Numéro 20 ©Maison Numéro 20

「サローネの強みは、常にシステムとして機能してきたことにあります。サローネは単なるイベントではなく、絶えず変化し続ける文化的・経済的インフラストラクチャーなのです」とポッロは言う。続けて、「コントラクト事業は急速に拡大し、欧州におけるコントラクト事業の家具生産額は135億ユーロを超え、世界市場は約680億ユーロと推定され、今後10年で1,100億ユーロを超えると予測されています。今日のコントラクト事業の価値は、製品そのものだけでなく、設計から製造、納品後の対応に至るまで、プロジェクト全体を一貫して調整する能力にあります。家具メーカーは国ごとに異なる規制、厳格な技術要件、長期かつ複雑なプロジェクトサイクルに対処しなければなりません」と語る。

OMAとともに探る、コントラクトの再定義

来年から「サローネ・コントラクト」セクションを設けるにあたり、ミラノサローネはOMAとの協働を発表している。OMAは、現代建築と都市の進化を理解するうえで最も影響力のある建築設計事務所のひとつであり、レム・コールハースが率いている。

レム・コールハース。OMA創設パートナーとして、デビッド・ジャノッテンとともにミラノサローネの新プロジェクト「Salone Contract 2027」のマスタープランを策定。2026年会期には、その枠組みとなるテーマをめぐる公開講演も予定されている。Salone del MobileMilano 2026 photo by Charlie Koolhaas_courtesy of OMA.

「サローネに出展する多くの企業は、すでにコントラクト受注で成功を収めています。したがって、サローネの目標は新たな分野を開拓することではなく、現在の建設業界で起きている変革を読み解き、それを新たなビジネスチャンスへと転換できるような、分析と議論の場を提供することです。OMAの関与は、単なる展示レイアウトの設計ではなく、コントラクトを産業的・文化的・デザイン的現象として捉える真のマスタープラン構築にあります。コントラクト分野はデザイン・建築・産業が絡み合う領域です」とポッロは言う。

今年は、来年から始まる「サローネ・コントラクト」の序章。4月22日にはレム・コールハースによるコントラクト事業の再定義をテーマとした講演や、有識者による世界情勢の文脈解釈、技術革新をテーマにしたシンポジウムを開催するという。デザインが高度に統合された環境構築への貢献をますます求められるなか、企業・デザイナー・グローバルクライアント間の対話を強化することが目的だ。
OMAのデビッド・ジャノッテンは「コントラクト分野は、個々の製品に依存するよりも、確立されたエコシステムに重きを置く分野です。それは、家具とそれが納められる建築の両方の設計、生産、そして納品を調整し、長期的に魅力的な建築環境を創り出すものです。この分野の世界的な重要性が高まるなか、サローネ・コントラクトのようなプラットフォームによって、業界の関係者は、個々の製品だけでなく、統合されたシステムも視野に入れ、自らを刷新する機会を得ることになるでしょう」と述べている。

こうした展望は、米国のイラン攻撃に端を発した湾岸地域の緊張によって、エネルギー資源の供給網や海上輸送路が一時的に遮断されるリスクが高まるなかで、いっそう重要性を増してくるだろう。さらに建設業界や家具業界にとって将来の成長が見込まれる地域で戦禍が続いている現状を踏まえても、その意義は大きい。湾岸地域での攻撃が始まった後、イタリア家具工業連盟の会長、クラウディオ・フェルトリン氏は米国のWWD紙の取材で「中国の消費低迷、ロシアのウクライナ侵攻にともなう燃料、供給網の見直しなど、家具業界はこれまでも修羅場をくぐってきました。湾岸地域はこれからもっとも将来性のあるマーケットであるため、痛手ではあるが、混乱が収束すれば需要はある」という内容の回答をしている。

このように世界情勢の行方が予測困難な中で、ものづくりの仕組みをより大局的に再構築するサローネ・コントラクトを打ち出す一方で、今年から新たに登場するのが、工業製品とは一線を画す、希少性の高いアイテムを展示する見本市「サローネ・ラリタス」だ。

“A Matter of Salone” @Charles Negre Studio Végété Set-designer Concept Motel409

“A Matter of Salone” @Eduard Sánchez Ribot Laura Doardo Set-designer Concept Motel409

2026年のミラノサローネのコミュニケーションキャンペーン「A Matter of Salone」は、デザインの起点を“素材”に見いだす試み。クリエイティブ・ディレクションを担ったMotel409は、複数の写真家やセットデザイナーとの協働で、石や木、花びらなど6つの素材をめぐる視覚的な物語として構成した。“SaloneSatellite. Reimagining Matters” “Salone Raritas. Curated icons, unique objects, and outsider pieces” @Alecio Ferrari Stilema Set-designer Concept Motel409

「この見本市は収集価値のあるデザインが現代の建築プロジェクトにおいて重要な役割を担っているという認識から生まれました。建築家やインテリアデザイナーが、ホテルや高級レジデンス、公共空間のアイデンティティを構築するうえで、無二の一点物、あるいはリミテッドエディションの家具を採り入れるケースが増えています」とポッロは述べる。「サローネ・ラリタス」はホール9-11を会場に、コレクティブルデザインをプロデュースするミラノのニルファー・ギャラリーやバルセロナのサイド・ギャラリー、そしてサルヴィアティとドラガ&アウレルによる協働展示など、25の出展者が展示を行う。

イタリアのギャラリー、ニルファーが紹介するアンドレス・ライジンガーの《12 Chairs For Meditations》。限定版やユニークピースを集めた新企画、サローネ・ラリタスを象徴する展示のひとつ。Photo by Alejandro Ramirez Orozco.

老舗ガラス工房サルヴィアティが、ドラガ&アウレルに現代的なガラス表現の再解釈を託した展示。写真はコーヒーテーブルの「Cava」とテーブルランプの「Soffio」。サローネ・ラリタスに登場する。photo by Federica Lisson

ミラノサローネを支える国際化・研究・次世代育成

では、ミラノサローネが製品の商取引にとどまることなく、家具産業のエコシステムとして機能していくためには、どんなことに取り組んでいるのだろうか?

35歳以下の若手デザイナーの登竜門、サローネサテリテ。2026年は「熟練のクラフツマンシップ+革新」をテーマに、手仕事を過去の遺産ではなく未来をかたちづくる創造的な力として捉え直し、新世代の実験と提案を可視化する場となる。©Ludovica Mangini_Salone del Mobile.Milano

「サローネは、常に産業界、研究機関、そして国際市場をつなぐインフラストラクチャーとしての役割を果たしてきました。その中心的な軸が国際化であり、私たちはイタリア外務省およびイタリア貿易振興会と連携して国際化を推進してきました。こうした国際的な取り組みと並行して、研究への継続的な取り組みも行われています。イタリア家具工業連盟の研究センターは、市場や生産ラインの変遷を分析し、ミラノ工科大学とは共同で、サローネが都市に与える経済的、都市的、文化的な影響を研究する科学的なモニタリング施設を設立しました。さらに、次世代への投資があります。『サローネサテリテ』は、世界43の国と地域から35歳未満のデザイナー700名と、23の国際的な学校・大学が参加し、約30年にわたりデザインの未来を提示してきました。サテリテは、数年のうちにデザイン業界の一翼を担うことになる新たな才能や、私たちの暮らしに対する新たなビジョンを見つけるプラットフォームとなっています。その意味で、サローネは単なる年次イベントではなく、デザイン業界の国際的な存在感を高め、世界市場におけるその進化を支えるために、1年を通じて機能するシステムなのです」。End