ソニーのコミュニケーション戦略のキモ
「ワンコミュニケーション」とは?

ソニーのデザイン部門であるクリエイティブセンターは、ここ数年、プロダクトデザインのPRなど、コミュニケーションに力を入れている。2013年には、製品の背景にあるデザインの意図などをより広く発信しようと、同センターが運営するウェブサイト「Sony Design」のリニューアルを実施。また、言語や地域に依存しない世界共通のコミュニケーションを実現するため、93言語をカバーするオリジナルのコーポレートフォントを開発した。製品やサービスのデザインに止まらず、なぜ今、コミュニケーションに重きを置いているのだろうか? クリエイティブセンターが押し進めるコミュニケーション戦略について担当者らに聞いてみた。その模様を3回にわけてレポートする。

インタビュー・文/廣川淳哉
写真(ポートレート)/五十嵐絢也


ソニーがコミュニケーションに力を入れるワケ?


ーーなぜ、PRに力を入れているのでしょうか?

池田 恵:クリエイティブセンターとしてのPRの目的は、製品の背景にあるデザインのストーリーを伝えて、製品の感性価値を高めること。そうすることで、ユーザーに感動体験をサポートできると考えます。感動体験を伴う製品を人々に届けることがクリエイティブセンターの、そしてソニーの使命です。これは、平井CEOの「われわれのミッションは、世界中の人々の好奇心を刺激して、感動をもたらしていくこと。人々がわれわれのコンテンツを楽しみ、サービスにアクセスし、ソニー製品のスイッチを入れるたびにワクワクする気持ちを届けたい」という言葉にも表れています。

▲ 池田 恵(クリエイティブセンターマネジメントグループ)


ーー感動体験とは、いったいなんでしょうか?

池田:製品の持っている機能的な価値と、ユーザーの心を動かす感性的な価値を合わせて生み出すのが、感動体験です。クリエイティブセンターでは、例えば、レンズスタイルカメラ「QXシリーズ」や、先端医療の研究機器「フローサイトメトリー装置」、コーポレートフォント「SSTフォント」など幅広くデザインを手がけてきました。製品が生まれるまでの背景にはそれぞれデザインのストーリーがあり、それらを伝えることが感性価値を高めることにつながると考えています。

QXシリーズなら、WiFiでスマートフォンと接続して使うというこれまでなかったデジタルカメラ開発において、クリエイティブセンターはプロダクトデザインはもちろん、使用シーンのビジュアル化などにも貢献しました。より研究者にとって使いやすい機器を提供し、研究をサポートするフローサイトメトリー装置では、研究現場に何度も足を運んで研究者の話に耳を傾け、製品をブラッシュアップしていきました。SSTフォントでは、世界中のユーザーに世界共通のコミュニケーションを提供することを目指し、立案から多言語のフォント開発までを一貫して手がけています。


▲ 左から、レンズスタイルカメラ「QXシリーズ」、フローサイトメトリー装置「SH800」「SP6800」、下は「SSTフォント Roman」


——クリエイティブセンターが考える、コミュニケーションについて教えてください。

福原寛重:製品はもちろん、ユーザーとのあらゆる接点にコミュニケーションが発生するわけですが、それぞれのコミュニケーションがどのセグメントに属しているかを明確にしたうえで、最適な手段を選ぶようにしています。

PRや広告にはアテンションがなければなりませんし、店舗なら製品説明が不可欠です。プロダクト自体は使いやすいものであるべきで、購入後に必要となるマニュアルは、信頼性があってアトラクティブで、誰にとってもわかりやすくなければなりません。ウェブサイトの「Sony Design」は、オンラインからやってきたユーザーとのコミュニケーションの場。

こうしたコミュニケーションでは場合に応じてさまざまな手法をとりますが、そこに統一感がなければ、ソニーというブランドの印象がちぐはぐになってしまいます。われわれはコミュニケーションすべき要素を整理し、プロダクトが映えることをいちばんのプライオリティに掲げて「ワンコミュニケーション」を実践しています。

▲ 福原寛重(クリエイティブセンター コミュニケーションデザイングループ チーフアートディレクター)

▲ クリエイティブセンターは、ユーザーとソニーとの接点を分類し、それぞれにふさわしい手法や表現でコミュニケーションしていく


——ワンコミュニケーションの狙いとは?

福原: ワンコミュニケーションは、すべてのタッチポイントで、ソニーというブランドとしての同一のコミュニケーションを行うことです。と言っても、1つのコミュニケーションを、世界中で行うという意味ではありません。例えば、インドで、アメリカのライフスタイルを意識した広告を展開しても、消費者に響かないですよね。

つまり、コミュニケーションを統一することよりも、同一であるべき要素と、地域差を出すべきローカライゼーションが必要な要素とを明確にすることが重要だと考えています。新製品のテレビCMなら、現地のタレントを起用したほうが効果的な場合など、最適なやり方は地域によって異なります。必ずしも地域性を持つことも、すべてを統一することも、どちらが正解だとは言い切れません。


——世界で統一すべき要素と、地域で最適化すべき要素とは?

福原:プロダクトやサービス、アプリなどが持つデザインや企画の意図を伝える場合には、世界共通のコミュニケーションが適していると思っています。地域最適化が必要なのは、例えば、日本の結婚式場がテレビCMを流すのにモデルが外国人だと視聴者は自分事として感じられませんよね。多くの日本人は「夏の夜に、蛍を見に行く」というのは共感してくれると思いますが、「キャンプファイアーでマシュマロを焼く」というのはなかなか共感しづらいと思います。これは、食べ物でも文具でも同じで、文化やライフスタイルを軸にしたコミュニケーションには地域性を必要とするケースが多いですね。


vol. 2へ続く。