ソニー独自開発フォント「SSTフォント」がコミュニケーション力を強固にする

ソニークリエイティブセンターが押し進めるコミュニケーション戦略。その具体例として、AXISに掲載する広告ビジュアルとSSTフォントの開発意図について尋ねたインタビュー第二弾。

インタビュー・文/廣川淳哉
写真(ポートレート)/五十嵐絢也


ソニーがコミュニケーションに力を入れるワケ?


——2013年3月から、ビジュアルをメインにした広告をAXISに掲載しています。これには、どのような意図があるのでしょうか。

池田 恵:AXISの広告は、デザイン感度の高い人々に対してソニーのデザインのプレゼンスを高めることが目的です。「Sony Design」のウェブサイトに誘引するという役割もあります。ここでの広告表現のテーマは、とにかくプロダクトデザインを魅力的に見せること。プロダクトを主役にして、デザインコンセプトや製品の本質がはっきりわかるような表現を毎回、模索しています。

▲ ソニー クリエイティブセンターによるAXISの広告。製品の魅力を伝えるため、デザインの特徴的な部分に着目した写真を使用。2014年4月号掲載の「BRAVIA X9000B-Series」


市川和男:採用している写真には、パースペクティブ(遠近感)がほとんどありません。プロダクトデザインのもっとも特徴的な部分にフォーカスし、正面からストイックに撮影することで、プロダクトデザインの魅力をストレートに伝えることに挑戦している広告です。コミュニケーションすべきは、ソニーの原点であり本質。プロダクトの最もエッセンシャルな部分にフォーカスしています。

▲ 市川和男(クリエイティブセンター コミュニケーションデザイングループ シニアプロデューサー)


——これまでで最も手応えを感じたのは、どの製品の広告ですか?

市川:5回目に掲載した「Xperia Z1」ですね。「オムニバランスデザイン」というXperiaのデザインテーマをいかに表すかと考え抜いた末、本体を斜めに立たせ、特徴的なコーナー部分にフォーカスを当てて真正面から撮影するというアイデアに辿り着きました。他にも「プレイステーション4(PS4)」は、ひし形の押し出し形状を表現するために真横から撮影しましたが、大胆で象徴的な構成になっています。

ディレクション/デザインの担当者は私を含め3人いて、各プロダクトを担当したアートディレクターやデザイナーとやり取りしながら表現方法を決めていきます。この取り組み自体が、プロダクトデザイン担当者と「このプロダクトデザインの、いちばん見せるべきはどこだろう」といったコミュニケーションを生んでいることもあり、クリエイティブセンター内部でもひじょうに良い効果を生んでいます。

自分自身プロダクトデザインを長くやってきましたし、プロダクトデザイナーとコミュニケーションできるのは単純に楽しいと感じます。本来ならば、コミュニケーションデザイナーとプロダクトデザイナーがこういう議論を重ねながらデザイン業務を進められると良いと思っています。

1年以上にわたってAXISの広告に使った写真は高精細に印刷して額装しています。こういうビジュアルが社内の会議室や打ち合わせスペースにあってもいいですね。クリエイティブセンターにいるデザイナーはワクワクするし、社内コミュニケーションにも役立っているので、今後も続けていきたい取り組みです。

私たちは、コンシューマエレクトロニクスのショーのブースデザインも担当していて、グローバルなイベントであるIFAやCESで使う製品写真も、同じような考え方で制作しています。

▲ AXISに掲載した「Xperia」と「プレイステーション4」の広告。プロダクトデザインの特徴をストレートに表現した

▲ 額装したこれまでの広告


——SSTフォントを開発した狙いも、コミュニケーションにあるのでしょうか?

福原寛重:SSTフォントも、ワンコミュニケーションを見据えて開発しました。SSTフォントができ上がるまでは、「Helvetica」をグローバルの推奨フォントとして世界中のソニーで使っていました。

例えば、コミュニケーションツールをつくる際に、セールスを担当する会社が世界で40数社あって、「フォントはHelveticaでやってください」とオーダーします。しかし、今でこそHelveticaは89言語に対応していますが、かつては26言語しかなく、日本語もありません。つまり、世界で共通のコミュニケーションをしようと思っても、フォントがバラバラになってしまい、ワンコミュニケーションを実現しにくいという課題がありました。

しかしSSTフォントがある今は、タイ語だろうがアラビア語だろうが、93言語については、同じ指示でディレクションできるようになりました。製品のパッケージやマニュアルではほぼ100%SSTフォントを使用していて、ウェブサイトでも50カ国以上で使っています。いちばん時間がかかるのが製品上に記載されるモデル名などで、これは今後、徐々に統一していきたいと考えています。


▲ 上が、93言語を開発したSSTフォント。左からラテン語、キリル文字、ギリシャ語、日本語、ベトナム語、タイ語、アラビア語。左下は、さまざまな言語のSSTフォントを併記したデジタル一眼カメラ「α」のパッケージ。右下はレンズスタイルカメラ「QX100」のパッケージ。SSTフォントはすでにほとんどの製品パッケージに導入されている


市川:IFAやCESなどのブースでは、パッケージやウェブサイトよりも先行してトライアルとしてSSTフォントを使ってきました。展示空間などに使用したことで、フォントの持つ審美性の高さを確認することができましたし、カーニングなどの細かい問題を洗い出してフォント全体の質を底上げすることにもつながりました。


▲ 上は、ラスベガスで開催されたCES2014のソニーブース。「BE MOVED」がSSTフォント。下はベルリンで開催されたIFA2013のブース。商品解説やブースに用いたフォントはすべてSSTフォントで統一した
IFA2013: Photos courtesy of Becker Lacour – Olaf Becker


——SSTフォントは、どんなフォントにしたいと考えていたのでしょうか?

福原:まずこちらでコンセプトフォントをつくり、実制作でのタイプディレクションは、モノタイプ社の小林 章さんに依頼しました。目指したのは、Helveticaではクローズドな印象があるので、もっとオープンな印象にしたい。しかし、Helveticaを長く使ってきたので、これまでのソニーの印象と大きく離れてしまわないように、Helveticaの固い印象は残したい。もちろん可読性は欠かせません。ソニーでは「RX1」など、製品にモデル名を記載する際に使うことが多いので、そういう場面で使いやすいことも重要視しましたね。プロジェクト初期に新しいフォントに必要な与件を明らかにして、開発に取り組みました。

▲ デジタルスチルカメラ「RX1」のボディに記載したモデル名。SSTフォントを使用した

vol. 3へ続く。

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