Vitraの傘下に入ったArtek。
その裏側をArtekクルベリ社長に聞く

9月6日に発表された、ArtekがVitraの傘下に入り100%子会社になるニュースは、大きな驚きを持って迎えられた。彼らの狙いはどこにあるのか。Artekのミルック・クルベリ社長に話を聞いた。

(写真)2013年9月6日、ArtekがVitraの傘下に入ることを発表した記者発表で。中央がArtekのミルック・クルベリ社長。その左がVitraのロルフ・フェールバウム理事
 
2005年に社長に就任したクルベリは、これまで同社を新しい方向に導いてきている。自社製品の柱となるアルヴァ・アアルトの家具の魅力を再認識させるだけでなく、「セカンドサイクル」を開始。市場に出回る自社製品を自ら購入し再び販売することで、消費者はArtekの家具の価値を再認識し、より求めやすくなったはずだ。同時に積極的に新しいデザイナーを登用するとともに、世間から忘れられていたフィンランドのグッドデザインの再販をArtekの名前とクオリティで開始。イルマリ・タピオヴァーラは、この流れにより再度脚光を浴びるようになったデザイナーである。

▲ Artekから再販されることで大きな注目を浴びることとなったイルマリ・タピオヴァーラの「ドムスチェア」

ファッション業界出身の女性が社長に就任したことで、Artekが流行に敏感なブランドに変わることを予想した人が多かったが、クルベリ社長がインテリアの世界にやってきたのは、この業界が流行から縁遠いため。年に何度もトレンドをつくることに飽きていた彼女の地に足の着いた変革は、就任以来Artekの売り上げを75%も向上させている。

そんなArtekを20年前から所有していたのが、スウェーデンの投資会社プロヴェントゥスだ。今の事業を継続するにはArtekにとって、資本的には何の不足もない相手である。今回の買収の背景をクルベリ社長は「株主にデザインビジネスを知っている相手がほしかった。会社が飛躍的に成長するには、資金だけでなく知識が必要だった」と説明する。
 
Vitraとの交渉が始まったのは今年の2月。言わずと知れたヨーローッパ最大の家具ブランドだ。理事のロルフ・フェールバウムは子供の頃からアアルトのファンで、ヴィトラデザインミュージアムには、もちろんアアルトのヴィンテージ家具が収められている。しかも18年前にフェールバウム会長はプロヴェントゥス社に対し、「もしArtekがあなたの投資先として小さいようであれば、ぜひ我が社で引き取りたい」と買収提案の手紙を送ったこともあったのだ。今回の話は、Vitraにとっても思いつきの買収ではなく、長いこと待ち焦がれていたものである。話はとんとん拍子に進み、わずか7カ月で発表された。2014年にVitraでArtek展が予定されていたのは、単なる偶然だそうだ。

▲ 10月のドーバー ストリート マーケット ギンザのイベントに参加した、Artekのミルック・クルベリ社長

今回の買収は、Artekのオーナーが変わっただけで、クリエーションに関する制約は何も変化がないという。そればかりかArtekの弱かったコントラクト市場で大きなサポートを得られるようになった。物流を共有することも検討中というから、実現すれば納期が短縮するだろう。また両社はオフィスをシェアし、ショールームを共有する可能性もある。今のところ正式には何も決まっていないが、期待してしまうものだ。

2年前に人々に手の届きやすい価格のabcコレクションを始めたArtek。「世界中の大都市にArtek Cafeができたら、もっと皆さんに我々の世界観が伝わるのに」とクルベリ社長は悪戯っぽく笑う。そうしたcafeの話より、現在進んでいる新作のほうが先に世間を賑わす可能性が高い。「たぶん2月、遅くても4月には発表できると思います。楽しみにしていてください」。新生Artekの今後に注目したい。(文・写真/ジョー・スズキ)




ジョー・スズキ/ライフスタイルを中心に、国内外のメディアに寄稿する文筆家・写真家。特に海外デザイナーや社長のインタビューを得意とする。デザインプロデューサーとしての顔も持つ。