泊まれる図書館に再生した坂倉準三のモダニズム建築

三重県伊賀市に残る坂倉準三の建築が、図書館と一体となったホテルに生まれ変わる。一時は取り壊し目前だった建物の新たな活用のかたちは、全国で解体の危機に瀕する多くの建築にとって再生のモデルケースとなるだろう。

「泊船」という名前は「言葉の湖(うみ)」の上に浮かぶイメージで名付けられたと言う。また、箱型の建物と煙突は、遠くから見ると緑のなかに浮かぶ船のようにも見える。

城下町としての街並みと豊かな自然に囲まれた伊賀市。上野市駅から5分ほど歩くと、高く伸びた煙突が印象的な、端正な箱型の建物が見えてくる。日本のモダニズム建築の巨匠、坂倉準三が設計した旧上野市庁舎(上野市は2004年に伊賀市と合併)で、1964年に竣工し、庁舎として2018年まで使用されていた建物だ。

老朽化による耐震性の問題から一度は取り壊しが決まっていたが、市民による保存運動を経て2019年には市の指定有形文化財に指定された。そして25年から26年にかけて市立図書館一体型のホテル「泊船」として生まれ変わる。この7月にホテルが先行オープンし、図書館は26年4月に開業予定だ。ホテルの運営は地元三重県の船谷ホールディングスグループが担う。

坂倉準三(1901-1969)は近代建築の巨匠、ル・コルビュジエに師事し、神奈川県立近代美術館や国際文化会館、新宿駅西口広場など、公共建築から都市計画まで数々の歴史に残る風景を残した。そんな坂倉はかつて、ここ伊賀市で、公民館や小中学校など6つの公共建築を手がけた。しかし老朽化や改修・保存のための財政的負担のため次々と解体されてしまい、今は旧上野市庁舎と、隣接する上野市立西小学校の体育館、上野公園レストハウスだけが残る。

大通りに面した大階段は、地中に埋まっていて存在を知られていなかったが、今回の工事の際に発見されて復元に至った。

旧上野市庁舎は、コンクリート打ち放しの柱と梁が特徴的な低層建築。南北に長く伸び、大きな連続窓やピロティ、屋上庭園といったコルビュジエの近代建築の5原則が取り入れられている。市街地から伊賀上野城のある城山に向かう緩やかな斜面に沿うように建ち、その傾斜を生かし、外観は2層に見えるが実質3階建ての構造だ。丘陵地の緑に自然とつながっていくような低い外観から、周辺の環境に調和する、市民のために開かれた建物群を目指した坂倉の考えが感じられる。

地下1階から1階が市立図書館で、3階がホテルの客室と学習室、その間の中二階にはカフェと観光案内所、土産物のショップが入る。建築の改修を担ったのは、公共施設や文化施設、リノベーションを多数手がけるMARU。architectureの高野洋平と森田祥子。坂倉の意図を丁寧に掘り起こし、そこに新たなレイヤーを重ねるアプローチを重視したと言う。

ピロティがある建物南側の図書館のエントランス。

準備中の図書館1階。高い天井や天窓、天井まで続く連続窓が、明るい光を取り込む。床の六角形のタイルや柱のコンクリート木枠型など、当時の意匠が丁寧に残されている。地下1階は子ども向けのフロアになる。

図書館とホテルはそれぞれ別のエントランスがあるが建物の中でつながっている。建物南側に位置する図書館は、高い天井と天窓、天井まで続く連続窓によって明るく開放的な空間が広がる。かつては市民がよく利用する市民課などがあった場所。建設当時、低予算でも効率的に光を取り入れるために考えられた設計だという。

「泊船」のレセプション。正面には安永正臣のモザイクタイルの壁画が飾られている。船や月を想起させるロゴを手がけたのは、UMA / design farm。天井には垂れ幕が吊るされ、空調設備の配管を包み込む。

建物北側のエントランスを入ると、「泊船」のレセプションがある。ここは中二階にあたり、左脇を抜けていくと図書館に、右側はカフェスペースにつながる。階段で3階に上がると、天井は低く抑えられ、広くゆったりとした廊下が、中庭を囲むように四方に真っ直ぐ伸びる。現代では居室や有効面積を優先するため、これほど通路にゆとりをもたせる設計はほとんど見られない。市指定有形文化財のためこの廊下幅は改修できなかったというが、そのおかげでこの建物が残す豊かな空間を堪能することができる。

「泊船」の廊下。低い天井が安心感を与える。左手の広い窓からは中庭を望める。

中庭に設けられた雨樋(あまどい)は、雨水を集めて下に落とす。雨の動きを視覚化することで、建物に自然現象を取り入れている。外壁にはビシャン叩きによる凹凸が見て取れる。

客室は全部で19部屋。元市長室を誰でも入れるバリアフリーにしたり、保存対象の壁を残したり、元々の部屋の壁の色を再現したりと、市庁舎時代を生かしたつくりも。廊下と同様に低い天井は、心地良いプライベート感や安心感を与え、大きな窓には、柔らかい光を取り込みながらも外からの目線が気にならないように障子が設えられている。

坂倉はこの旧上野市庁舎に、さまざまなテクスチャーを取り入れた。まず、建物を大きく特徴づけているのが、コンクリートの柱や梁、壁などに残された、杉板の木枠型である。この木目によってコンクリートを無機質ではなく表情豊かな素材に見せている。さらにエントランスや、ホテルエリアで学習室に再生した元議場のコンクリート壁には、ビシャン叩きと呼ばれる技法によって凹凸をつくり、陰影を生み出した。そうした手法に呼応するように、MARU。architectureは客室の壁に、艶のある塗装や左官仕上げを施したり、タモ材といったさまざまな素材を組み合わせたりした。

各客室の入り口には今回新たにアルコーブがつくられ、UMA / design farmの原田祐馬が撮影した、工事前の建物の写真が飾られている。

客室のインテリアデザインを手がけたのは、滋賀県の信楽でギャラリー併設のセレクトショップを運営するNOTA&designの加藤駿介。坂倉の質感ある建物と調和する空間にするため、「クラフトモダニズム」をテーマにしたと加藤は話す。坂倉準三建築研究所が手がけた天童木工の家具やビンテージの籠などが配され、また各部屋の家具やレイアウトに合わせて、三重の若手アーティスト3名——壺田太郎、藤本玲奈、安永正臣の作品をセレクトした。歴史ある建物と、三重の未来を担う若手作家の作品。過去と現在、未来がここでつながっている。

天童木工の椅子の座面と同色の絵画は、藤本玲奈の作品。

スイートルームに飾られた壺田太郎の陶作品。

部屋の小物には伊賀の工芸品も使用されている。洋服ブラシの下げ紐は伊賀組紐、ブックエンドは伊賀焼。組紐は、「泊船」の名前に因んだセーラーカラーのスタッフの制服にもあしらわれていた。

「泊船」は、市庁舎から市立図書館、ホテル、観光案内所が一体となった施設へと機能を変えながらも、 市民のための建物としての機能を引き継いでいる。改修された建物は、当時の構造や雰囲気、そして坂倉の理念を損なわずに残しながら、現代的な要素も取り入れている。歴史あるモダニズム建物が、その価値を見過ごされたまま老朽化を理由に解体されていく事態は全国で相次いでいるなか、「泊船」はそうした建築の保存と活用を両立した事例として注目される。建物が新たな市民の場所として、さらに観光名所として歴史ある伊賀の街を活気づけていくことだろう。End(文/鳥嶋夏歩)