PROMOTION | アート / 工芸
19時間前
米、竹、梅そして紫陽花が名産品の町。どれも魅力的なものではあるが、正直言って日本に住んでいればすべて、特別珍しいものではない。そんな町で行われている竹のアートプロジェクト……。これが行ってみれば思いの外、ユニークだったのである。
田上、湯田上 という町
新潟県南蒲原郡田上町は、人口1万1千人ほど、面積はだいたい5km×6km四方ほどの大きさ。新潟県で3番目に小さな町だと言う。クルマで走れば、町の端から端まで6分。竹林と田園が半々くらい。人口は減っている。新潟県民にアンケートをとれば半数がその地名を知らなかった。そんな事前情報を得ていたので、静かで鄙びた田舎町かと思っていたが、これに関しても予想を裏切られた。
米どころ新潟の9月はちょうど稲刈りの季節。田上町の周辺にも黄色や黄緑の広大な田圃が広がっているが、その中を、クルマがひっきりなしに行き交う国道403号線バイパスが貫いている。バイパスと平行するように信越本線が、新潟と三条、長岡を通って直江津を結ぶ。田上町内には、田上と羽生田というふたつのJRの駅があるのだが、田上駅の時刻表で見ると、新潟行きの終電は、23時50分、長岡行きは23時54分まである。
通勤時間に毎日片道1時間半かけることもそう珍しくない首都圏の人間にとっては、乗車時間30分で人口76万人の政令指定都市・新潟に着くのだから、自然豊かといっても比較的交通の便の良い、田舎町というより大都市の郊外といった趣だ。つまり都会でも田舎でもない、全国的に見ると、いたって平均的な町と言えるだろう。 だからこそ、こうした「普通」の町に外から人を呼び込むのはむずかしい。
交通量の多いバイパス沿いに、地域連携の拠点や防災設備としての機能が期待できる重点道の駅の指定を受けた「やさしい道の駅たがみ」ができたのが今から5年前の2020年10月のこと。そのとき駅長に就任した、馬場大輔がこの難問に取り組んだ。
国道403号バイパス沿いにある「やさしい道の駅たがみ」 。ここから、無料シャトルバスが会場の竹林まで運行している。また旅館からも竹林までの送迎がある。
田上町の住民である馬場は、この町をアピールできるものは何かを考えた。町の歴史を紐解くと、過去には山菜祭りや、300mに及ぶ流しそうめんをつくったという記録もあったそうだが、一過性のものではなく継続的に町に人を集め、それとともにこの地域の連携を深めるものができたらと考えた。
そこで田と同じくらいの面積がある孟宗竹の林に注目した。竹は自然に生えているように見えるが、実はそうではない。竹林には間断ない手入れが必要なのだ。しかし、近年竹の需要が減り、竹林が放置され荒れていると言う。 そこで馬場と同年代の人も多い町の商工会青年部のメンバーに声をかけ、竹を切り出しその竹を使うイベント「たがみバンブーブー」を提案した。
元気あふれるバンブーブーの企画実施メンバー。左から実行委員でデザイン担当の追 一成、駅長・馬場大輔、水澤美郷(代理店AAP所属)、実行委員でカメラマンの山口 匠、実行委員の熊倉康浩と貴船祐太、窪田和司。
そもそも竹は、アジアでは身近な植物で、日本人が古来から暮らしのなかで使いこなしてきた素材だ。子どもにとっても、昔は竹トンボや竹馬など馴染みの深いものであったが、最近では大人も子どもも実際に竹を細工する機会はなくなってしまったと言ってよいだろう。
メイン会場のバンブーブー竹林。
田上町には高等学校がないため、高校生になると町とのつながりが薄くなってしまう。そこでバンブーブーは町内の幼稚園・小学校・中学校で「総合学習」の一環として、竹のアート作品をつくることを計画した。現在、中学3年生は半年かけてバンブーブーの企画から関わる。しかもそこに、竹あかり総合プロデュースのCHIKAKENを中心としたプロが関わっているため、単なる町の人がつくった竹工芸ではなく、完成度の高い見応えのあるアートに仕上がっている。
最近では芸術祭による町おこしが全国で行われていて、成功例も多いためかその数も多い。アートイベント自体がもの珍しいものではない。が、このバンブーブーの最もユニークなのは、成功したプロデューサーや有名なアート作品を外から持ち込んだり、アート・イン・レジデンスなどで著名アーティストを呼んで人を集めるのではなく、アート作品そのものを町民がいちからつくりあげているところだ。町民自体が作品を創造する主体となっているのだ。
作品の主なものは、町の人たちが切り出し、裁断し、穴をあけ、その中にあかりを灯した「竹あかり」で、それをプロのアーティストたちが竹林や日本庭園内に構成していく。
地表には去年の竹チップが敷き詰められているので、暗闇であっても、ふかふかしたカーペットの上を踏み締めるようで歩きまわりやすい。
制作した竹の作品は、永久保存するのでなく、毎年廃棄しチップに変えて、竹林に撒くのも大きな特徴だ。竹という素材にふさわしい、成長と再生のイベントとなっているのだ。つまりアートイベントというよりは、私たちの暮らしの身近にあった「竹」という素材の魅力を再発見するためのプロジェクトと言えよう。
例えば竹でつくられた6mの高さのブランコを道の駅の脇に設置したり、竹林のなかで、コンテンポラリーダンス、サウナ、ヨガ、ジャズの演奏会、ナイトマーケットを開催するなど多彩なイベントが企画され、この期間中は町内あちこちで、老若男女誰もが竹との接点を持つ工夫が凝らされている。
バイパスの隣に設置した高さ6mの「たがみバンブーブランコ」。このスリルは子どもだけでなく、大人もやみつきになりそうだ。
メイン会場の竹林は、大規模な孟宗竹が群生しているだけでかなりの迫力なのだが、のれんの下がった入口から入ると、竹が天然素材でありながら、闇のなかに幾何学的な紋様を映し出しているのがわかる。
万華鏡のように連続する竹あかりのゲートや、竹林をスクリーンにしたプロジェクションの色の移り変わりが、かぐや姫の世界に足を踏み入れたかのようだ。また今回は竹林の中にロープアスレチックが登場し、竹林を空中から見下ろすという体験が人気を呼び、ロープの上にも下にもスマートフォンを手に取る人を集めた。
メイン会場の竹林で最も人気のあったロープアスレチック。ロープ編みは地元の小学生も手伝った。
新潟の文化的価値を再発見する
北陸地方には奥ゆかしい人が多く、あまりお国自慢をしないことが原因なのか、この地方を旅行しているとままあることなのだが、「ええっ、こんなところにこんなものが!」と驚くことが少なからずある。
田上町もその例に漏れず、曹洞宗の定福寺をはじめ、由緒ある寺が複数あるだけではなく、湯田上と呼ばれる歴史のある温泉地でもあった。明治20年の「諸国温泉一覧」という東西番付表に「越後田上の湯」 の文字が見えるが、かつては近在の人々の湯治場、行楽の地として、農閑期には相当な賑わいをみせていたそうだ。
町の高台にある温泉街は、天気の良い日には佐渡島を望む。以前20軒あったという温泉旅館は現在4軒しか営業していないが、いずれもそれぞれの特徴をもつ定評のある旅館だ。旅館の客室やエントランスもバンブーブーの会場で、竹のアート作品が設置されている。
湯田上温泉 ホテル小柳の一室。窓の外にバンブーアートが設置されている。
また地主王国といわれる新潟県でも、「千町歩(せんちょうぶ・1町歩は約10,000㎡)」あるという巨大地主は5つしかなかったそうだが、そのうちのひとつがここ田上町にある。田巻(原田巻)家だ。田巻家は幕末期に1,300町歩、小作人の数が2,794人いたという越後豪農。大正7年に竣工した離れ座敷もバンブーブーの会場のひとつになっている。木曽檜や吉野杉、会津槻など全国の銘木を集めた贅を凝らした建造物で、京風の枯山水の庭を持つ。
蒸し暑さが消え、竹に火がともる夕方6時過ぎは、涼やかな虫の音が聞こえてくる。座敷に上がると誰もが無口になる。音と光に神経を研ぎ澄ましたくなる静かな空間が広がっているからだ。こんな建築を見られるだけでも来た価値があるというものだろう。
椿寿荘(ちんじゅそう)。豪農田巻七郎兵衞の離れ座敷で町の文化財に指定されている。幽玄な雰囲気が漂う。
バンブーブーは今年で4回目。初年度は人口1万の町に2万4千人が訪れたという。それが年々増えており、昨年は4万人が町を訪れた。道の駅駅長である馬場が新潟市内の博物館に勤務していたという前歴と、町内外にユニークなコネクションを築いていたというアドバンテージもあり、どこでもできるものではないと思うが、町の人から始まり、町の人が実行し、町が一体化して、外から人が集まるという、ひとつ特化した成功例として、他の地域へも影響を与える先例となるに違いない。(文/AXIS辻村亮子)