世界中のすべての人に、持続可能な快適な暮らしを。
LIXIL最高デザイン&ブランド責任者ポール・フラワーズが描く未来

Photo By Shosei Seike

建材・住宅設備のグローバル企業として知られるLIXILは、2020年以降、デザインの力を軸に抜本的なブランド改革を進めている。これまでに世界中に点在するデザイン部門の連携強化、ブランド製品の体系化、消費者インサイトの徹底した調査という、大きな刷新を進めてきた。その中核を担っているのが同社の最高デザイン&ブランド責任者(Chief Design & Brand Identity Officer)のポール・フラワーズ(Paul Flowers)だ。9月に来日したフラワーズに、改革の根底にある考えやLIXILがめざすビジョンについて話を聞いた。

ドイツと日本のデザインマインドへの共感

フラワーズは大学時代、Appleの元最高デザイン責任者のジョナサン・アイブと同じ大学で学んだ経験をもつ。「デザインとテクノロジーをシームレスに連動させて、それをいかに生活者のもとへ届けるかという視点を学びました」と振り返って語る。

その当時、「将来、自分はドイツか日本で働くことになるだろう」と漠然と考えていたと言う。「世界のなかでも特にドイツと日本は、文化的にもエンジニアリングの分野においても、完全さや精密さを深く追求する姿勢があり、関心を寄せていました。日本文化に目を向ければ、料理の繊細さや、枯山水に代表される洗練された美意識などに、その精神が色濃く表れているように思います。デザインの仕事は、細部へのこだわりと完璧さを重んじるものであり、自分にとってドイツや日本は、その志向を最大限に生かせる環境だと考えていました」。

その想いに導かれるように、大学卒業後はプロダクトデザイナーとしてIBMやエレクトロラックス、フィリップスを経て、2005年にドイツの水まわり製品を扱うGROHE(グローエ)に参画し、シニア・バイス・プレジデントを歴任。革新的な製品を次々に世に送り出し、過去最高となる年間売上高も記録。世界的に権威のあるデザイン賞を多数受賞して、GROHEを業界最大手のリーディングカンパニーへと導いた。

水まわり製品を扱うドイツのGROHEでは、シャワーヘッドのバリエーションも豊富だ。シャワーヘッドの傾きは7度と決められている。この7度という角度は、プロダクト心理学に基づき、製品が利用者と交流したがっていると感じさせるデザインだという。さらに、梱包資材の軽減・輸送効率向上と環境負荷の低減にもつながった。現在、GROHEはLIXILグループの一員である。

フラワーズによるLIXILの3つの改革

フラワーズは、2015年に水まわりのチーフ・デザイン・オフィサーに就任して以降、責任範囲を広げ、2025年にLIXILの最高デザイン&ブランド責任者に就任。自身のもうひとつの夢であった日本企業で、デザインを核としたさまざまな改革を推進している。

ポール・フラワーズ(Paul Flowers)/1972年英国生まれ。GROHEのシニア・バイス・プレジデントを経て、2015年よりLIXILの水まわり製品、2017年よりハウジング製品まで含むチーフ・デザイン・オフィサーへと役職が拡大。2025年より、LIXIL最高デザイン&ブランド責任者として、グループ全体のデザイン統括を担う。 Photo By Shosei Seike

これまでに大きく3つの刷新を図った。ひとつは、デザインチームの組織再編である。各ブランドを統括するグローバルデザインチームと、世界8都市(ニューヨーク、ロンドン、デュッセルドルフ、上海、シンガポール、広州、東京、常滑)に点在するデザインスタジオをフラワーズが統括する体制を構築。最新のテクノロジーやグローバルトレンド、消費者インサイトなどの情報を共有しやすい環境をつくり、デザイン部門の連携の強化を図るとともに、ブランドの一貫したメッセージを発信することに力を注いでいる。

LIXILでは現在、INAX、GROHE、American Standard、TOSTEMなど、国内外の数々のブランドを擁し、水まわり製品、窓・ドア、インテリア、キッチン、エクステリアなど、住まいに関する幅広い製品とサービスを提供している。

フラワーズによるふたつ目の改革は、全ブランド製品を体系的に整理したことだ。LIXILは現在、国内外の数々のブランドを展開し、膨大な製品を擁している。そこで数年かけて、全ブランドの歴史を丁寧にひもとき、社内デザイナーとディスカッションを重ねた。その活動の一つとして、それぞれの製品を象徴する視覚的な造形要素を抽出し、「シグネチャーエレメンツ」として定義付けた。各ブランドの差異化を図りながらも、生活者が一目で認識できるブランドを目指した。すべてのブランドがLIXILによって一つに束ねられる構造となることで、魅力的なブランドポートフォリオを築き上げることができた。

各ブランドのシグネチャーエレメンツ。左より、American Standard、GROHE、INAX。American Standardの柔らかな曲線を描くフォルムは親しみやすさを感じさせ、下部に向かって広がるデザインは安定感や安心感を与える。こうした形状は、見た目の印象だけでなく、掃除のしやすさや節水といった機能面にも寄与している。

このシグネチャーエレメンツの手法は、主に自動車業界や家電業界で活用されているものだが、フラワーズはGROHE在籍時に水まわり製品の業界で初めて応用し、同社のブランド価値を飛躍的に高めた。そして今、この考え方はLIXILブランド全体で実践されている。

「私たちが大切にしているのは、『理由のある美しさ(Beauty with Reason)』という考え方です。例えば、シャワーヘッドでは、水の流れが人の体に自然に沿うように、人間工学と水の動きを深く理解した設計が求められます。朝、心地よいシャワーを浴びることは、その日一日の気分や過ごし方にまで影響を与えるものです。LIXILでは、そうした美しさと機能性、その両方を備えたデザインこそが、人の暮らしをより豊かにすると考えています」とフラワーズは話す。

LIXILが長年にわたり培ってきた技術と研究の成果として開発された、新感覚の入浴設備。湯の形状や質感のデザインに多彩な工夫が施されており、最高のリラクゼーション体験を提供する。

3つ目の改革は、消費者インサイトの徹底した調査である。8つのデザインスタジオを都市部におき、多国籍メンバーで組織しているのも、デザイナーが日々、現地の最新トレンドや多様な文化的背景に触れ、生活者のニーズを多角的な視野で捉えるためだ。LIXILはD&Iを非常に大切にしている企業だが、異なる性別や人種のメンバーは、自社製品を日々使う10憶人の消費者の縮図そのもの。異なる場所からの異なる文化的な情報を共有しあうことで、消費者をより良く理解することができる。

リサーチにあたっては、「プリサーチ(presearch)」と呼ばれる独自の事前調査方法を導入している。これは一般的な市場調査と異なり、生活者の日常の行動や暮らしを観察・分析し、潜在的な欲求や心理まで掘り下げる手法である。現在に限らず、数年先を見据えたニーズを探ることを目指している。また、生活者たちに実際にスタジオを訪れてもらい、それぞれのアイテムをどのように使うのか、どんな改善を望むのか、入念なリサーチを行うという。こうして得られた深いインサイトは、生活者が求める真の価値を見出すための重要な手がかりとなり、製品デザインの各工程に反映される。

LIXILの最上位ブランド「NODEA」は、高品位・高性能の開口部やアウトドアリビング製品を揃える。日本人が古くからもつ美意識や自然と調和する感性をコンセプトに、豊かで心地よい日常体験を提供する。

「エクスペリエンスデザイン」を提供する企業へ

こうした多角的な改革を通じて体制を強化したLIXILは、「プロダクトデザイン」を提供する企業から、「エクスペリエンスデザイン」を提供する企業へと軸足を移している。単にプロダクトを設計して提供するのではなく、人々の暮らし全体に統一された価値ある体験を届けることが重要だと、フラワーズは考えている。

「ドアハンドルのような小さなパーツであっても、そのデザインはとても重要です。なぜなら、毎日人の手に触れるものであり、その触れたときの感触ひとつで、扉だけでなく、住まい全体の質感や印象までもが伝わってしまうからです。だからこそ、細部への徹底したこだわりが求められます。素材の形状、質感、手触り、機能といった要素をひとつひとつ妥協なく丁寧に磨き上げることで、初めて空間全体が調和し、洗練された一貫性のある『住まいとしての体験』を提供することができるのです」。

デザインとテクノロジーを融合させて、それをどのように人々の暮らしへと届けるかという考えは、フラワーズが大学時代から大切にしてきた思考の原点でもある。

LIXILが開発した「SATO」は、安全で衛生的なトイレが不足している農村や都市部周辺のためのシンプルで設置しやすい低価格なトイレシステム。これまでに約944万台を46ヵ国に出荷し、約8,200万人の衛生環境改善に貢献している(2025年3月31日時点)。

「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」のために

LIXILは現在、150を超える国や地域で事業を展開し、日々、10億人以上の人々に製品やサービスを提供している。製品ラインナップは、開口部のハイエンドブランド「NODEA」から、発展途上国向けの簡易式トイレ「SATO」まで、実に多彩だ。その理由をフラワーズはこう説明する。「私たちは『世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現』を企業理念として掲げており、特定の層に向けたものではなく、世界中のあらゆる人々に快適で持続可能な暮らしを届けたいと考えています」。

近年では、製品開発にとどまらず、リサイクルアルミを原材料に使用した循環型低炭素アルミ「PremiAL(プレミアル)」シリーズの展開など、素材開発にも積極的に取り組んでいる。今後も、再生可能資源の有効活用や製品のライフサイクル全体の最適化、CO₂排出量の削減、エネルギー効率の向上、廃棄物の削減など、現代社会が直面するさまざまな環境課題に対応しながら、持続可能な社会の実現に貢献する製品づくりを目指している。

「PremiAL(プレミアル)」シリーズでは、リサイクルアルミ使用比率70%の「PremiAL R70」と 、国内初(2024年3月LIXIL調べ)、新地金を使用しないリサイクルアルミ100%の「PremiAL R100」を展開。ビルや店舗のサッシのほか、照明設備などにも用いられている。今秋、LIXILが創出するインパクトをさらに拡大するため、LIXILが製造するアルミ形材を使用している全製品に「PremiAL]を使用することを発表(2025年10月より順次展開)。

フラワーズがLIXILのデザイン戦略に関わるようになって以降、デザインを中核に据えた取り組みによって生まれたLIXILの製品が国内外で高く評価されている。国際的なデザイン賞を多数受賞しており、2025年には同社の各ブランドから15製品がレッドドット・デザイン賞を受賞。LIXILの企業理念のもと、フラワーズと開発に携わるすべての社員がともに築き上げてきた共創の成果と言えるだろう。

今回のインタビューを通じて、フラワーズの話のなかで「生活者」という言葉が度々登場し、その言葉の背景から人々の暮らしに寄り添う深い想いや温かなまなざしが伝わってきた。今後、どのような体験価値を携えた製品が登場するのか、LIXILの次なる展開に期待が膨らむ。(文/浦川愛亜)End