バリのデザインフェスティバル「Jia CURATED」に見る
東南アジア・デザインのこれから

2025年8月14日から18日まで、インドネシア・バリのバリ・フェスティバル・パークで行われた「Jia CURATED(ジア・キュレイテッド)」。廃墟となったテーマパークを、デザイン、工芸、そして対話の舞台へと変貌させたデザインフェスティバルだ。東南アジアから発信されるデザインのいまは、どのようなものなのか。

オープンエアの鉄骨躯体の下で行われた建築模型展。夜になるとライトアップで全体に幻想的な風景をつくり出した。©Indra Wiras

成長を続ける国ではじまったデザインの祭典

現地へ赴く前、インドネシアのデザインフェスティバルへ行くと伝えるや首をかしげる人がいた。「インドネシアにデザインがあるのか」という疑問が浮かんだのだろう。世界第4位の人口を抱え、日本と対照的に人口の多くを若年層が占めるインドネシアはおびただしい経済成長を続ける国だ。むしろ、どんな状況にあるのか期待があった。

今回の会場「バリ・フェスティバル・パーク」をグーグルマップで検索すると「ゴーストタウン」と示される。主催者から事前にしっかりとした靴での来場を勧められたこともあり、恐る恐る会場に入るとたしかに廃墟だった。バリ調の彫刻が施された建造物は崩れかけ、蔦や枝が絡まり、至るところに色鮮やかなグラフィティがペイントされている。

わずかな期間だけ営業していたテーマパークの跡地であり、その「ゲニウス・ロキ(地霊)」を受け入れようと指示したのが、ブディマン・オン、ルディ・ウィナタ、ヤン・ヤン・ハルトノからなるキュレーションチームJia Curatedだ。主催者である彼らは、デザインは自由だが、樹木伐採や構造変更は禁止だと出展者に通達。結果、ほかにないユニークなロケーションでデザインフェスティバルが展開された。

左からオン、ハルトノ、ウィナタ。3人によるJia Curatedがそのままイベント名にも。©Priska Joanne

オン、ウィナタ、ハルトノは2020年、バリ島南東部チャングーに「Jia Collective」を設立。Jiaとは中国語で家を意味し、彼らのキュレーションのもとでさまざまなデザインプロダクトを集めた。やがてこのコンセプトは数十のブランドが集うプラットフォームへと発展。2022年、彼らはJia Curatedを立ち上げた。展示は4年目を迎え、この会場での開催は昨年に続く2度目となる。出展者は昨年より倍増し、150のデザインブランドが50のパビリオンで展示を行った。今年はテーマを「Evolving Perspectives(進化する視点)」とし、東南アジアを代表するデザインイベントの確立を目指した。

廃墟化した公園を舞台にオープンエアで心地よい展示を行った。酷暑の日本よりも風が抜け、夜になると涼しいバリは過ごしやすい。©Priska Joanne

テーマは変われども、その核心にあるのがインドネシア語で共同作業を意味する「Gotong Royong(ゴトン・ロヨン)」だという。農業国であるインドネシアは収穫期になると村の人々が互いに助け合った歴史をもつ。この協力と協調の精神、共同体の感覚は、いまもアジア全域で見られるものだとJia Curated。共同展示に重きを置くことで、イベント後も成長するデザインエコシステムを構築したいと彼らは意気込みを語る。

モジュール式ベンチ、ハイテーブル、台座、案内板などを用意した「コミューナル・オブジェクツ」。©Priska Joanne

出展者から提供された廃棄包装材のみで構築したポップアップの書店。©Indra Wiras

インドネシアでも持続可能性や工芸は大きなテーマ

さらに彼らは、自然素材や再生材の使用、分解可能な設計で廃棄物を最小限に抑える持続可能なソリューションという、近年の展覧会に欠かせない視点を「Waste to Wonder(廃棄物から驚異へ)」と言語化した。およそ2ヘクタールにおよぶ会場に配置されたのが、インドネシアを代表するプロダクトデザイナー9名による「ミリメーター・マニフェスト」、ギャラリー「CushCush(クシュクシュ)」、社会活動団体「LagiLagi(ラギラギ)」による「コミューナル・オブジェクツ」だ。

これは、モジュール式ベンチ、ハイテーブル、台座、案内板などで、飲食店も多く出店したこともあり常に賑わいの場を形成した。同様に、建築家のアンドラ・マティンが設計したモジュラー式書店も出展者から提供された廃棄包装材のみで構築した空間だ。三方向に走る段ボール管は伝統的な竹組みの技法を思わせ、本棚、プランター、座席を組み込んだモジュラーグリッドを形成。いずれもインドネシア芸術大学の学生の協力のもと、ワークショップで組み立てられた「ゴトン・ロヨン」的な家具や空間だ。

オンの照明ブランド「オン・チェン・クアン」は会場の各所を彩る存在。こちらは最新作「ジャムール」。©Indra Wiras

一方、出展者の展示はどうだったか。主催者のひとりであるオンは、自身の照明ブランド「オン・チェン・クアン」の最新作を発表。長く黒い糸状の布で覆われたパーゴラ風パビリオンに展示したのは、インドネシア語で「キノコ」を意味する「ジャムール」と名付けられたペンダントライトだ。ハンマー加工した銅と銅線を編みこんだシェードは手編みのため、すべての形が異なる。購入者の手で最後に形を変形させることも想定したプロダクトだ。夜になるとブースでは聴覚障害者のダンサーたちによる力強いパフォーマンスを開催。通常時はソファを置き、会場内で集めた枯れ葉を床に敷き詰めることで独特なロケーションを強調した。

近年のデザインイベントで見られる知識や技術をシェアする展示を行った「チークの生きた図書館」。©Indra Wiras

「セルンプン・パビリオン」。解体、再建築が可能な仕組みでパビリオンを用意した。©Indra Wiras

カルパタル&ブランコスタジオはブースそのものが作品となる「チークの生きた図書館」を発表した。夫で大工のアバロン・カーペンター、妻で建築家のコンチータ・ブランコからなるユニットで、木材の端材と未加工の原木を通じて、地元産チーク材の独特な特性や種類、切断や接合などの加工プロセスを展示。ジャカルタのスタジオ・アリリが設計したモジュラー式パビリオン「セルンプン・パビリオン」はスキップフロア型の三層からなる建物で、現地の木材で構築。オープンスペースで現地のデザイナーの家具を多く展示した。

「ランブット」。黒のイジュク(ヤシ繊維)とサイザル・ゲバン繊維を職人が結び、ブラシをかけ、形づくる。工芸品のアプローチで、ユニークなフォルムを提示した。©CCG_Edited

フランチェスキーニの「ロテッラ」。椅子、コーヒーテーブル、ベンチ、サイドテーブル2点からなる5点のコレクション。ドイツのグミ菓子「ハリボー」から販売されるタイヤを模した「リコリスホイール」に着想を得ている。©Indra Wiras

地元の職人技術に目を向けたモダンデザインも目立った。ギャラリー「クシュクシュ」は、フランス人デザイナーのピエール・シャリエとともに「ランブット」スツールを発表。ランブットはインドネシア語で「髪」を意味する言葉で、伝統的な茅葺き屋根を思わせる黒のイジュク(ヤシ繊維)とサイザル・ゲバン繊維を職人が結び、ブラシをかけ、形づくる。遊び心を持って、硬柔、明暗など、相反する要素の対比を表現することで調和を見出すバリの概念「ルワ・ビネダ」を反映したのだという。ミラノを拠点とするピエトロ・フランチェスキーニはインドネシアのメーカー「CVP」と組み、籐家具のコレクション「ロテッラ」を発表した。現地の職人技術で、径の太いラタンを成形した家具だ。

リャンゴノ・スサントによる「ワン・シナワン」。体験型の作品は来場者に驚きを与えた。©Indra Wiras

いくつもの視点をもって参加者を誘致した展示

アーティストの参加も特徴的で、マルチメディアアーティストのリャンゴノ・スサントはウイスキーブランド「バルヴェニー」のパビリオンとして「ワン・シナワン」を発表した。ウイスキーの原料である地元産の大麦を使用し、干し草で円形構造物をデザイン。さまざまな大きさの開口部からループ状の回廊を巡る。来場者は迷路のような壁に切り込まれた小さな窓から、麦粒で覆われた床のうえで踊るダンサーの姿を垣間見るという仕組みだ。これは家事労働のリズムを表現したもので、リャンゴノによる母の追悼、労働への賛歌でもあるという。インドネシアはすぐれた現代美術作家を多く輩出する国でもあるが、ここでもその厚みを感じられた。

ストラフトによるガルーダに着想を得たインスタレーション。事前に現地で制作のためのリサーチも行っている。©Indra Wiras

夜になると表情を変え、広場に幻想的な風景をつくりだした。これを背景にバンド演奏が行われるなど、会場の中心としても活用された。©Indra Wiras

日本から参加したクラフトユニット「ストラフト」は、日本とバリに共通するアニミズム的な自然観に着目し、ヒンドゥー神話の守護鳥神「ガルーダ」に着想を得たインスタレーションを芝生広場に制作した。焦がすことでグラデーション状に加工した竹を使うことで、昼間は地に足がついたように、夜には焦げが闇に溶け込み、飛び立とうとするかのような姿を表現。会期中は生演奏のパフォーマンスなどの背景としても活用された。わら細工を現代的な感性で再解釈することで知られる彼らは会場で現地の藁を使った制作を行い、現地を訪れたさまざまな人と交流を重ねた。また日本からは新潟県燕三条地域の金属加工産業の活性化を目指す団体「For The Metal People」が展示販売も行い、盛況を見せた。

左が台湾チームによる展示。若い世代のデザイナーが集う充実の展示は、やがてインドネシアからも彼らのような存在が登場してくるだろう予感をももたらした。©Priska Joanne

台湾からは台北を拠点とする「STUDIO SHIKAI」の曾世凱がキュレーションした展示を開催。メッセージングリービングのチャーリン・チャン、真真鑲嵌玻璃研究所の張 博傑、エルコ・ライ、楊 水源アトリエ・イェンアン、張 庭瑄、ペーパーオブジェクトマーク・リンなど、台湾の9人のデザイナーとブランドが参加。このグループ展後、メッセージングリービング、真真鑲嵌玻璃研究所、楊は日本で個展やグループ展を次々と開催した実力派の若手だ。会場でも工芸とモダンデザインが融合する作品を多く展示し、その完成度の高さで台湾のデザインシーンのいまを伝えた。

スンガイ・デザインらによる展示。世界中から人々が訪れる観光地で環境にどのようなアクションを行っていくかが問われる。©Indra Wiras

スンガイのスツールは「SAMAA_(サマア)」でも使用されている。©Kelly Bencheghib

いま、デザインにおいてもっとも重要視されるのは環境への取り組みだ。急激な経済成長のなかにあるインドネシアは埋立地が拡大を続け、プラスチックやガラス廃棄物の増加が社会問題となっている。さらに観光地として知られるバリ島では、リサイクルインフラの不足が大きな課題だ。サラ・ハワード、ケバラ・セラミックス、スンガイ・デザインは、バリの河川から回収したガラス廃棄物をセラミック製カラフェへ変容させるプロジェクトを発表した。スンガイはこの問題に取り組んできた団体で、循環型デザインの提示でさらなる取り組みを見せた。インドネシアを牽引するデザイナーたちはデザインを通じ、素材、土地のケアを意識していることが見えてくる。

Jia Curatedと直接関係はないが、バリの人気ビーチクラブ「ポテトヘッド」に隣接するOMA設計のホテル「ポテトヘッド・スタジオズ」は、マックス・ラムのデザインで自社廃棄物から生み出したホームウェア&家具コレクション「ウェイステッド001」を展開する。施設内に工房があり、ラムは現地職人と共同で製品化を実現した。たとえばマーブル調のプラスティックからなる組み立て式椅子は、回収したボトルキャップや歯磨きチューブなどを原料とする。端材も、トレイ、コースター、ナプキンリングに再生。ベッドリネンはトートバッグやポーチに。施設内の儀式に使うマリーゴールドの花びらを使って黄色に染める。廃食用油家具からタバコの吸い殻まで、廃棄物の99.5%を機能的なオブジェにリサイクルするというシステムに驚きを覚える。素材の確保から製造、そして使用や販売までをホテルで循環させる仕組みは観光業に依存する島の問題に応えるデザインの可能性のひとつを示している。

廃墟のホールを使い、トークセッションプログラムを開催。左上の照明はオンのデザイン。©Priska Joanne

ものづくりに長けた国で、デザインを学ぶ若者たちは何を見るか

このように、デザイン、クラフト、アートが混在する展示に、幅広い来場者が訪れた。地元で人気を集める飲食店がいくつも出店し、音楽やダンス、アートなどのパフォーマンスが随所で開かれた点にも注目したい。従来のトレードショー形式にはない、祝祭的な雰囲気にJia CURATEDの強い意志を感じる。廃墟化した公園の魅力はそのままに、インスタレーション、対話、エンタテインメントをもちいて新しい時代を提示する。それこそが彼らの目指す、現代の「ゴトン・ロヨン」のあり方なのだろう。

トークプログラムには、サビーネ・マルセリス、フェルナンド・ラポッセ、倉本 仁、柳原照弘らが参加するなど、国際色も豊かな内容に。オープンエアの鉄骨の遺構ではインドネシア全土から集まった設計事務所24組が建築模型展を行い、海から聞こえる波の音とともに展示を行った。そこには知られざるインドネシア建築の厚みがあった。これらのキュレーションを行ったのは、シンガポールを拠点にアジアの建築・インテリア・デザインを紹介する雑誌『Design Anthology』の創設者であるスージー・アネッタだ。

屋根の膜は軽量で設営もしやすいタイベックを使用。短期のイベントを巧みな素材使いで構成した。©Priska Joanne

デザイン、アート、ファッションの分野で、世界的に工芸への関心が高まっていることは指摘するまでもない。Jia CURATEDも来場者に、インドネシアの工芸文化に対する理解促進に重点を置く。成熟したデザインと発展途上のデザインが混在する展示で、この国でますますデザインが力を得ていくことを予感させた。

ものづくりに長けたインドネシアで、デザインを学ぶ若者たちは何を見出していくのか。25年10月に東京・三軒茶屋にオープンした話題のコーヒーショップ「SAMAA_(サマア)」はファウンダーのひとりがインドネシア人で、自国のデザインを随所に宿す。食を通じて、旅を通じて、環境保全を通じて、あるいは新しいライフスタイルを通じて、インドネシアのデザインを日本の端々で体感する日もそう遠くはないのかもしれない。