INTERVIEW | アート / カルチャー / 展覧会
2025.10.21 12:08
東京の都市空間を“ギャラリー”に見立てた、東京から世界へ向けて発信する写真芸術の祭典「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」。7回目の開催となる今年は、「Garden」というテーマのもと、八重洲・日本橋・京橋・銀座を中心とした日本を代表する街並を舞台に、都市の隙間や余白を「庭=創造の場」へと変貌させる作品展示が行われている。
その中核プログラムのひとつ「City as Garden」では、写真家スティーブン・ショア(Stephen Shore)、スティーブン・ギル(Stephen Gill)、そしてメリッサ・シュリーク(Melissa Schriek)の3名を迎え、彼・彼女らの作品が東京という都市を彩る。
今回AXIS webでは、T3に合わせて来日したメリッサ・シュリークとスティーブン・ギルに特別に話を伺う時間をいただいた。本稿ではメリッサ・シュリークのインタビューをお届けする。(スティーブン・ギルの記事は後日公開予定)
オランダを拠点に活動する若手写真家の彼女は、ハーグ王立美術学院にてドキュメンタリー写真を学んだ。2018年に卒業後、ダンスや体操を習っていたそのバックグラウンドを生かし、彼女は独創的な作品を制作しつづけている。女性たちの繊細な関係性を写し出すユニークな撮影アプローチ、さらには都市とジェンダーという社会的なテーマへの関心まで、多岐にわたる話を伺った。
――今回のT3のオファーを受けた時の気持ちをお聞かせください。
メリッサ 率直にとても嬉しかったです。数年前に日本を訪れ、女性たちを撮影したのですが、言葉の壁は大きかったにも関わらず、彼女たちと強い関係性を築けて作品を制作できたのはとても良い思い出です。その時からずっとパートナーと「また日本に行けたらいいね」と話していました。
それに、自分の作品が日本という場所にとてもフィットするのではないかと以前から感じていました。そうした意味でも、今回東京で展示できることを大変光栄に思います。
――都市と人の関係性をユニークに切り取るメリッサさんの写真ですが、日本の景色はあなたにどう映っていますか? 例えば、 もしあなたが日本で撮影するなら、オランダでの撮影方法と違いが生まれるものでしょうか。
メリッサ まず、オランダの風景は見慣れているので、良い画を見つけやすいという利点がひとつあります。一方で、日本においてはすべてが見慣れないものなので、何を見ても新鮮で楽しく感じます。シンプルな電柱や道端に置かれたコーンなど、日本に住んでいる人なら目もくれないようなオブジェもとても面白く感じます。
今日も真っ青な橋を渡ってここまで来たのですが、オランダではそういった色の橋は見かけません。そうした日常の光景でさえも新鮮で、美しいです。
メリッサ・シュリークの作品は、東京建物八重洲ビル・三栄ビルのロビーに展示されている。
――今回出展されている『Ode』という作品は、女性の絆をテーマにした作品ですね。どのようなアプローチで女性の絆を写し出そうとしたのですか?
メリッサ この作品では、さまざまな女性の親友ふたり組を撮影しました。しかし、親友と言っても、彼女たちと私は友人の関係ではありません。ほとんどのペアとは面識がない状態で、撮影時に初めて会いました。私は一歩引いた視点から彼女たちの友情を観察する立場です。だいたい1回の撮影に3時間ほどかかるのですが、最初に女性の方々と一緒に街を散策するんです。そこで良い場所が見つかったら、ふたりの関係性を観察する段階に入ります。
ここでまず、私から解釈の幅が広い指示を出して、ふたりにちょっとしたやりとりをしてもらうんです。例えば、どちらか指定せず「片方の人がもう片方をおぶってもらえますか」だったり、「支えるように回ってもらえますか」といった感じです。そうすると、二人の関係性がぼんやり浮かんでくるんです。ふたりの動きのやりとりを見ながら、こちらから更にポーズを提案して撮影するというのが、基本的な流れです。
――あの特徴的なポージングは、メリッサさんと女性の方々とのコミュニケーションで生まれていくのですね。
メリッサ そうですね。すごくわかりやすいけど、解釈が広い指示を私が投げかけて、彼女たちのリアクションに対して、また私も動く。「ジャンプして」と指示しても、みんなそれぞれ異なるジャンプをするじゃないですか。そこで私はジャンプの仕方までは指定しません。そんなかたちで彼女たちとは五分五分の関係性で作品を撮っています。
『Ode』は、メディアなどで描かれる女性同士の関係性に疑問を覚えた彼女が、同志の女性たち、そして彼女たちとの友情へ『ODE(頌歌)』を捧げたいという思いから制作が始まった。
――あなたの作品ではあまりモデルの顔にフォーカスしませんよね。意図的に避けているようにも感じるのですが、それはなぜですか?
メリッサ 私は写真を撮る時、どちらかというと彫刻作品をつくる気持ちで撮影をしています。だからポートレートのつもりで撮っていないんです。私は子どもの頃にダンスと体操を習っていたこともあって、身体のほうが顔よりも滲み出る感情が大きいのではないかと考えています。だから顔よりも身体全体にフォーカスした写真になっていくのだと思います。
――今回展示されている『Ode』のほかに、『The City is a Choreography』という作品も撮られていますよね。こちらの作品もモデルの特徴的なポージングにまず目を惹かれ、さらにポジティブなイメージを受けました。対して『Ode』のほうは、ある種落ち着いた印象というか、写真から切実な何かを感じることが多かったです。
メリッサ 主な違いとして、『The City is a Choreography』では、「身体と都市の関係性を撮る」ことがひとつのテーマで、男性も撮影していることがまず大きな違いです。一方、『Ode』では「ふたりの女性の関係を都市の中で撮る」ことがテーマでした。
『Ode』のほうが落ち着いた印象を受けたということでしたが、それは私の意図していることではありません。しかし、『Ode』のほうが人間的な感情はより大きく表れているのかもしれませんね。
――写真を撮る時、デザインという言葉を意識しますか?メリッサさんの写真における「空間構成」や「特徴的なポージング」は、デザインに通じる要素があるように感じます。
メリッサ デザインという意識ではないですが、建築、特に都市の構造にすごく興味があります。街の中のごく普通のものが、私はすごく美しいと感じるんです。高度な知識を知っているわけではありませんが、街にあるたくさんの物体が、私たちが街を歩き、移動する方法を形づくっているという点が面白いと思っています。
例えば道沿いに置いてあるコーンはいつもわかりやすい色で配置されますが、それは立ち入り禁止を意味していたり、誘導の役割を兼ね備えています。普段、私たちはそれをあまり意識せず、コーンがある場所を避けるように歩いていますよね。そんなふうに、誰もが認識しながらもほとんど顧みられることのない小さな物体が、私たちの都市空間における移動や行動を規定している点に、私は大きな面白さを感じます。
――街中を舞台に撮影された作品からは都市デザインや社会のあり方への批評も感じます。その点について意識していることは?
メリッサ フェミニスト・ジオグラフィー(feminist geography)は私にインスピレーションを与えてくれる分野です。それは、都市そのもののジェンダーに関する、女性たちの体験を研究する学問です。都市の構造がどれほど男性中心で、女性の動きを抑制しているのか。例えば、暗い夜道を歩く時には、イヤホンをつけていても音楽を鳴らしていない女性は多いと思います。どこかに座る時も奥まった場所ではなく、空間を俯瞰できるような場所にしようと心がける方も多いでしょう。そうした日常の体験の差が、ジェンダー間で数多く存在すると思います。そこに私は強い関心があり、自分の作品に組み込もうとしています。
――日本のアーティストやクリエイター、カルチャーで注目している人やものはありますか?
メリッサ 水村里奈さんというダンサーがいるのですが、彼女とはすごく波長が合います。彼女からもインスピレーションを受けますね。あとはファッションに関してはISSEY MIYAKEが好きです。ISSEY MIYAKEは身体の動きに沿うようにつくられた服なので、個人的に興味を惹かれるブランドです。
――ありがとうございます。最後に読者に向けてメッセージをいただけますか。
メリッサ 私の作品を通じて、都市や人の関係性に対する新しい視点を与えられたらと思っています。物事を予想外の方法で捉えることが私にとって重要です。そうすることで、都市もまた新たな視点で見えてくるでしょう。(文/平木輝正)
メリッサ・シュリーク/オランダ拠点に活動する写真家。ハーグ王立美術学院にてドキュメンタリー写真を学び、2018年に卒業。ダンスや体操を背景に持つシュリークは、細かい仕草や姿勢を重要なストーリーテリングのツールとして用いながら身体の表現の可能性を主軸に制作を続ける。観察と演出の技法を融合させ、個人、特に女性、と環境の関係性を探求する。ジェンダー研究家レスリー・カーンの著書『Feminist City』は、彼女のスタイルに大きな影響を与えた一冊。
T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO
- 会期
- 2025年10月4日(土)〜27日(月)
- 会場・時間
- スティーブン・ショア|東京ミッドタウン八重洲(11:00-21:00)
スティーブン・ギル|東京建物日本橋ビル(平日 7:00-20:00、土祝 8:00-17:00)
メリッサ・シュリーク|東京建物八重洲ビル(平日 7:00-20:00)|三栄ビル(終日) - 入場
- 無料
- 詳細
- https://t3photo.tokyo/