#3 イトーキ×資生堂×ソニー(後編)
感性が導くストラテジー
――フィーリングという、もうひとつのF

色や素材は、人の感情や行動の深層に触れる力を秘めている。本連載では、イトーキのCMFチームを牽引する菊池有紗が、多彩なクリエイターのもとを訪れ、彼ら/彼女らに潜む感性を探る。第3回の後編では、菊池有紗(イトーキ)、川合加奈子(資生堂)、片山奈美(ソニー)がCMFを決定するまでのリサーチ手法や顧客との関係、そして実践の先に見えてきたCMFデザインの未来について語り合う。

左から菊池有紗(イトーキ)、片山奈美(ソニー)、川合加奈子(資生堂) Photos by Koichi Tanoue

時流や顧客の声を知る

――イトーキの「ITOKI SENSE」とソニーの「CMFフレームワーク」について、CMFデザインとしてリサーチを重視している理由を教えてください。

菊池有紗(イトーキ)
イトーキでは2018年から約2年ごとに「ITOKI SENSE」というCMFデザインの上位概念を更新しています。イトーキとして「いまの時代に、どんな価値観や空気感が求められているのか」を起点に、色・素材・仕上げをどう選び、どう組み合わせ、どう伝えるかまで整理した、いわば判断軸です。

更新にあたっては、さまざまな情報源をもとに、社会の潮流やデザイントレンドをリサーチします。CMFは素材や色にとどまらず、総合的な体験にも関わる領域なので、空間やプロダクトに限らず、アートやインスタレーションなどにも目を向けながら、幅広くインプットを行っています。

「ITOKI SENSE」の各テーマ(やわらぐ・ととのう・つむぐ・はねる)を、素材や質感のまとまりで立体に示す「SENSE BOX」

そのうえで、いまの世の中で受け入れられている概念や、これから先どんな雰囲気が求められていくのかをメンバーと議論します。「なぜこの流れが生まれているのか」「この色や素材が好まれている理由は」「この触感や形状は、日常のどんな感覚とつながっているのか」といった感性の部分を、なるべく言語化して伝え合う。誰に対してもわかりやすく説明できる状態にすることが、CMFデザインの大切な仕事だと思っていますし、それが提案の説得力にもつながります。

結果としてITOKI SENSEは、デザイナーだけのものではなく、開発に関わるすべてのメンバーが同じ方向を向くための“設計図”のような役割を果たしていて、プロダクトと空間、そしてブランド体験が分断されないようにするための基盤になっています。

菊池有紗(きくち・ありさ)/イトーキ 商品開発本部 CMFデザイン室 室長。色、素材、仕上げ(CMF)の観点から製品や空間の価値を高めるCMFデザインを実践。化学メーカーやデザインコンサルティングファームでの経験を経て、2017年より現職。オフィス家具や空間のCMFデザイン、素材開発に携わり、デザイン指針「ITOKI SENSE」を策定し、社外活動へと展開している。人の感覚に寄り添うデザインを追求しながら、トレンドセミナーや執筆活動、VIデザイン、日本流行色協会の専門委員など幅広い活動を展開し、CMFの視点から新しい価値創造に取り組んでいる。

片山奈美(ソニー)
ソニーでも「CMFフレームワーク」と言って、最新の社会情勢や意識動向、世界のトレンドを独自の分析で読み解きながら、将来のソニーの基準となるCMFデザインの考え方を組織横断的につくっていくプロジェクトがあります。

「CMFフレームワーク」自体はソニーとして長く続けている活動で、当初はプロダクトデザインに関わるメンバーが中心となって行っていました。その後プロダクトデザインだけではなく、コミュニケーションやUIデザインなどにも使ってもらえるように、素材や色の話に留まらず、もっと上位の概念を大切にする傾向になっています。

このCMFフレームワークの上位には、「クリエイティブリサーチ」という取り組みがあって、ひとびとがどんな考えや価値観を持っていて、世界がどういう方向に向かっていくのか専門的にリサーチしています。デザイナーが世界各地に赴き、実際に異文化の中に身を置いてみてそこに生きるひとたちの行動や考え方を観察したり、有識者にインタビューを行うのですが、そこにCMFフレームワークのメンバーも同行し一緒に気づきや洞察を深めます。各自が担当するマーケットだけを眺めても見えていないことがいっぱいあるんです。

リサーチをとおして2〜3年後の世の中がどのように変化するのか、どんな価値観が重要になっていくのかを知ることは、大きな学びになります。また、デザイン分野に限らず、さまざまな分野で活躍するひとびとの話を聞くことは、思考の幅が広げるための重要なインプットになっていますね。そうした成果を、ソニーが刊行する書籍『SIGNALS(シグナルズ)』としてアウトプットするほか、私たちであればCMFフレームワークに落とし込んで、どういったアプローチが良いかということを共有しています。

片山奈美(かたやまなみ)/ソニーグループ クリエイティブセンター CMFアートディレクター。国内テキスタイルメーカーを経て、2011年にソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズに入社。スマートフォンのCMFデザインを担当する。2016年にソニーへ転籍し、ホームオーディオ製品領域のCMFデザインおよび素材開発に携わる。現在はオーディオ製品のCMFアートディレクションを行いながら、長年参画している「CMFフレームワークプロジェクト」に従事。

――資生堂ではいかがでしょうか。

川合
私たちはCMFフレームワークというものは持っておらず、感覚的に色や質感を扱っていることが多いかもしれません。各ブランドによってターゲットの嗜好やライフスタイルが異なるので、ブランド内でのターゲットリサーチが主になります。そのほか、 定期的にトレンドカラー予測からランウェイトレンドまで、ビューティーに関わる最新情報を入手する機会があります。パール材などの素材メーカーによる勉強会などからも、いろいろな情報やインスピレーションを受け、クリエイションに生かしています。

ひとびとの意識や生活を知る上で、生活者に直接インタビューし、リアルな声を聞くことも大切にしています 。どのように化粧品を使っているのか、普段の暮らしで何を大切にしているかまで、時間をかけてあらゆる質問をしていくんです。最近はオンラインが多いですが、以前はご自宅に行かせてもらって、お部屋のインテリアやクローゼットなどを見せていただくこともありました。実際のライフスタイルを見せていただきながら話を聞くことで見えてくることは大きいです。

川合加奈子(かわい・かなこ)/資生堂 アート&クリエイション本部 クリエイション部 プロダクトクリエイティブディレクター。プロダクトデザイン事務所、化粧品会社を経て、2005年 資生堂宣伝制作部へ入社。日本〜アジア市場を中心としたブランド開発におけるプロダクト&パッケージデザイン、社外コラボレーションプロジェクトのプロダクトデザインを担当。現在はスキンケアブランド「エリクシール」と「アクアレーベル」のプロダクトクリエイティブディレクションに従事している。

菊池
イトーキのオフィスには、お客様が頻繁にいらして、イトーキ社員がここで働いている様子や、空間、製品を見学していただくことができます。私たちも実際にお客様のご意見を伺いながら、数ある素材や色の中からどれを選ばれるのかといった反応を目にできるのは、デザインの答え合わせというわけではありませんが、とても嬉しいですし、直接市場の声を聴くことにもなる、貴重な場だと感じています。

片山
私たちも一緒です。先のことも大切ですが、商品を実際に使ってくれているひとたちの生の声を聞いて、答え合わせや調整をしていく作業が多い。未来と現在の両方を行き来していることがきっと大事なんでしょうね。

川合
一方で、化粧品は手の中に収まる小さなものなので、商品が溢れかえる世の中ではむしろ違和感を感じるようなものをつくりたいという気持ちがあります。色や形、質感をかけ合わせて、いかに記憶に残すことができるか。たとえるなら「お守り」のような見え方にしたい。それがあると安心して明日を迎えることができるようなもの。良い意味で心に引っかかるようなことができないかをずっと考えています。

CMFの展望

――最後に、CMFデザインにおける今後の展望をお聞かせください。

片山
ひとつの商品を出す時に、CMFデザイナーが参画することで世界観を刷新したり、商品の裏側にあるストーリーやブランディングに貢献できたらと思いながらデザインをしてきました。最初はマーケティングや企画部門の理解を得るところから始まって、少しずつ市場価値や実績が認められるようになって。今では組織としてCMFを必要として信頼してくれるようになったので、個人的に「やったな」と思う瞬間があります。今後はもっと戦略やコミュニケーションに関わる部分にも貢献していけるのかなと考えています。

今日あらためておふたりと話しながら、CMFのFって「フィーリング」なのかもしれない、と感じました。人間のエモーショナルな部分に作用する可能性があるからこそ、その領域をさらに深掘りしたいですね。CMFフレームワークの活動の中で「デジタルムードボード」という、物理的なサンプルを超えた、リアルとバーチャルの世界をシームレスにつなぐためのデジタルツールも制作しているのですが、フィジカルとデジタルの両面から探求されるCMFの可能性に注目しています。石や木などの素材感をいかにリアルに表現するかということも重要ですが、光の動き、空気の変化や温度感など、人の感情により直感的に作用するような新しいCMFの表現のかたちも模索していきたいです。

リアルとバーチャルを往復しながら、CMFの表現領域を拡張するために構想されたデジタルムードボード。素材の質感だけでなく、光や空気、温度といった環境要素まで含めて捉えることで、感覚や感情に働きかける新たなCMFの可能性を探れる。

川合
CMFのFは「フィーリング」という話にとても共感します。資生堂の研究所では、五感からもたらされる肌と心の健康についての研究を重ねていて、開発に役立てています。私たちデザイナーは、化粧品の中身の機能や香り、質感といった見えない要素を可視化することで、人間の五感や、まだ意識化されていない感情を際立たせる役割を担っていると感じています。

ひとつの取り組みとして、資生堂が所有する薬草園で採取した植物を使って「蘇湯」という入浴剤をつくったことがあります。中身だけではなく外側まで全てを薬草でつくりたいと考えて、薬草の端材を紙に練り込んでパッケージにしました。お客様に手触りやほのかな香りを楽しんでいただき、手にした瞬間から効いている感じがするような、無意識の安らぎにまでつながるといいなと。私たちはよく「中身と外装」という言い方をしますが、個人的にはそれを切り分けてしまうのが少しもったいないと感じていて。全体でひとつのプロダクトとして、両者の価値がしっかり噛み合って一体感をつくることが、私のこれからの展望です。

川合がパッケージデザインを手がけた入浴剤「蘇湯」。資生堂研究所による協働プロジェクトで、薬草の宝庫と呼ばれる伊吹山の恵みである薬草の活用を通して持続可能なものづくりを目指した。

菊池
CMFという、もともとはプロダクトの一要素だったものが、今ではブランドの在り方や事業戦略にも関わる、より広い役割を担う領域になりつつあります。そうした感覚をデザイナーだけでなく、会社全体で共有しながら、CMFデザインが提供できる価値をさらに広げていきたいと考えています。また、社内に閉じず、デザインに関わる多くの方々に向けて、CMFの面白さや可能性がより伝わる発信やプロモーションにも取り組んでいきたいと思っています。

この10年で、オフィス領域においてもCMFの重要性は確実に広がってきました。次のステップでは、そこではたらく人が何を感じ、どう体験するのかといった“感性の領域”まで含めて、CMFの本質的な価値をより豊かにしていく活動を続けていきたいです。(文/いまむられいこ)