#3 イトーキ×資生堂×ソニー(前編)
感性が導くストラテジー
――ムードの射程を見極める

色や素材は、人の感情や行動の深層に触れる力を秘めている。本連載では、イトーキのCMFチームを牽引する菊池有紗が、多彩なクリエイターのもとを訪れ、彼ら/彼女らに潜む感性を探る。今回は、オフィス家具(イトーキ)、化粧品(資生堂)エンタテインメント関連商品(ソニー)という異なるビジネスジャンルでCMFに向き合う3名が集結。分野を越えた対話から浮かび上がるのは、色や素材の選択が単なる表層表現ではなく、人の感覚や記憶に作用する設計行為であるという共通認識だった。

左から菊池有紗(イトーキ)、片山奈美(ソニー)、川合加奈子(資生堂) Photos by Koichi Tanoue

――まず、自己紹介からお願いできますでしょうか。

菊池有紗(イトーキ)
私は8年ほど前にイトーキに商品開発のCMF担当として入社しました。現在は商品開発本部に所属し、CMFデザイン室として個々のプロダクトに関わる色・素材・仕上げの検討に加え、イトーキ全体のCMFデザインの思想や判断軸を整理し、組織横断で共有・実装していく役割を担っています。単に「見た目」を整えるのではなく、プロダクトの価値や使われ方、さらにはオフィス空間の体験まで含めて、CMFがどのように機能すべきかを考えています。

片山奈美(ソニー)
私は、大学でビジュアルデザインを学び、まずインテリアファブリックのメーカーに就職しました。ファブリックのパターンをデザインしたり、素材の開発も手がけるうちに「もう少し自分の領域を広げたいな」と思い始めて。新しいことにチャレンジするためにソニーに入社しました。

ソニーはさまざまなプロダクトを扱っていますが、私が主に担当しているのはオーディオ製品、ヘッドホンやイヤホンのCMFアートディレクションです。私も製品のCMFデザインを手がけながら、設計部門などと協働して素材開発や先行検討も行っていたりします。

川合加奈子(資生堂)
私は、資生堂のスキンケアブランド「エリクシール」と「アクアレーベル」において、プロダクトクリエイティブディレクターを務めています。資生堂にはCMFの専任者はおらず、形や色のアイデアはデザイナーが担い、機構や素材については、研究部門と連携しながら選定を進めています。一方で、ブランド全体のイメージづくりは、コミュニケーションやスペースデザインのチームと協働しながら形にしてきました。

また、社内外のコラボレーション案件にもディレクターとして参画しています。通常の開発では用いない素材を取り入れるなど、毎回新しい試みに取り組んでいます。

仕事の進め方、サステナビリティ

――具体的には、どういった活動をしているのでしょうか。

片山
例えば、商品を開発するプロジェクトなら、まず商品企画やエンジニアをはじめとするプロジェクトメンバーと会話をするところから始まります。企画の初期段階から参画し、本質的なニーズを探るために、商品要件やその背景を深掘りしながら、プロジェクトメンバーと議論やリサーチを重ねながら開発していきます。

――企画の初期段階から入るのですね。

片山
ある程度かたちになってからでは、遅いんです。素材は形や機能、仕様に大きく関わる要素なので、新しい材料や加飾の技術にチャレンジしたい場合は、かなり初期の段階から仕込まなければ実現しません。

片山奈美(かたやまなみ)/ソニーグループ クリエイティブセンター CMFアートディレクター。国内テキスタイルメーカーを経て、2011年にソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズに入社。スマートフォンのCMFデザインを担当する。2016年にソニーへ転籍し、ホームオーディオ製品領域のCMFデザインおよび素材開発に携わる。現在はオーディオ製品のCMFアートディレクションを行いながら、長年参画している「CMFフレームワークプロジェクト」に従事。

川合
資生堂の場合、プロダクトデベロップメント部門がマーケティング、クリエイティブ、研究所、工場など、開発と生産に関わるメンバーを招集しミーティングを行います。その後も定期的に話し合っていきますが、早い段階からどんなデザインをイメージしているのか共有を求められます。コストにはまるのか、量産できるのか、品質基準テストのための試作が必要かどうかを各部門で検討しながら進めていくためです。私たちデザイナーは、デザイン案が固まりきらない状態でも、形だけでなく、素材・色・質感などのイメージを早めに伝えるようにしています。

川合加奈子(かわい・かなこ)/資生堂 アート&クリエイション本部 クリエイション部 プロダクトクリエイティブディレクター。プロダクトデザイン事務所、化粧品会社を経て、2005年 資生堂宣伝制作部へ入社。日本〜アジア市場を中心としたブランド開発におけるプロダクト&パッケージデザイン、社外コラボレーションプロジェクトのプロダクトデザインを担当。現在はスキンケアブランド「エリクシール」と「アクアレーベル」のプロダクトクリエイティブディレクションに従事している。

菊池
共通点が多いなと思います。イトーキも、以前は各プロダクトデザイナーが素材や色を個別にデザインしていました。当時は「色のバリエーションは後の工程」という認識が強く、新しい色や素材に挑戦しようとしても、デザインや設計が進行してからでは間に合わないことが多かったんです。

この7〜8年でCMFデザインを組織化し、企画・設計・品質保証など他部門と同じテーブルで議論できる体制を整えてきました。プロジェクトの初期段階からCMFの考え方を共有することで、新素材の検討ができたり、バリエーションをじっくり検討する時間が増え、結果として製品の完成度や説得力が大きく変わってきたと感じています。

菊池有紗(きくち・ありさ)/イトーキ 商品開発本部 CMFデザイン室 室長。色、素材、仕上げ(CMF)の観点から製品や空間の価値を高めるCMFデザインを実践。化学メーカーやデザインコンサルティングファームでの経験を経て、2017年より現職。オフィス家具や空間のCMFデザイン、素材開発に携わり、デザイン指針「ITOKI SENSE」を策定し、社外活動へと展開している。人の感覚に寄り添うデザインを追求しながら、トレンドセミナーや執筆活動、VIデザイン、日本流行色協会の専門委員など幅広い活動を展開し、CMFの視点から新しい価値創造に取り組んでいる。

――近年は、サステナビリティ基準や環境への対応も求められます。

川合
もともと化粧品は中身と容器の適合性などの基準が厳しいのですが、それでもガラスや金属など素材自体が美しいものを多く使えていた時代もありました。近年はサステナビリティ基準も加わって、素材の選択肢が非常に少なくなっています。

私たちは100%サステナブルな容器の実現を目指しているので、「つめかえ」「つけかえ」容器によるリユースできるデザインとしての佇まいや耐久性についても考えなければいけません。素材自体についても再生材やリサイカブルな素材を使用する基準がある中で、いかに上質に見せるか、フレッシュな色や質感をつくるか、アイデアを絞り出していくような作業が多いです。

片山
私たちも、再生素材を使用した製品をデザインしたり、回収システムも含めて素材メーカーなどからいろいろな提案を受けながら、その中で何ができるのかという議論を重ねています。発色の悪さやバラツキといった、設計基準ではネガティブとされる要素も、デザイン目線で見方を変えると付加価値になることもあるので、とにかく早めに手を動かしていくことを意識していますね。

タイミングの話

――CMFのデザインにあたって大切にしていることはありますか。

川合
私が担当しているブランドでは、化粧品の中の先端の皮膚科学や技術、つまり目には見えないものをいかに可視化するかを重視しています。そのため、水の流れや光の移ろいなど、自然物の根源的な美しさからインスピレーションを受けてデザインすることが多いです。

特に重要なのが色と質感。「エリクシール」では、肌へ奇跡が起こる期待感とともに心が満たされるイメージを感じてもらえるように、柔らかい色調や繊細な質感などの工夫を凝らしています。例えば、パウダールームで商品を使う時に、照明が当たってパールの色がどのように立ち上がるのか、補色の見え方がどう変化するのか、そこにどんな意味をもたせていくのか、といったことを丁寧に詰めていきます。

川合がパッケージデザインを率いる化粧品ブランド「エリクシール」。1983年から販売され、パッケージやロゴも少しずつ変わるが、“定番”としての期待感や安心感を継承する。

片山
確かに色や質感って、どういった環境で見るかによって変わりますよね。私たちはライトボックスの中で製品の色や質感を確認することが多いので、パウダールームなどの実際に使用するシチュエーションの空間や光で見るというのはとても新鮮に感じます。

私は以前、マーブル柄のワイヤレスイヤホン「LinkBuds Fit」のデザインを手がけたことがあります。日常のさまざまなシーンに馴染みながらも、所有感を満たしてくれる石や陶器のような質感を表現できないかと考えて、当時のインテリアのトレンドもかなり参考にしました。

マーブルをつくるには、溶ける温度が異なる2種類以上の樹脂入れてインジェクション(射出成形)をするのですが、混ざり方によって個体差がうまれます。その違いを新しいデザインやユニーク性につながる要素と捉え、「世界にひとつだけ」という価値へと転換しました。

片山がデザインを手がけたワイヤレスイヤホン「LinkBuds Fit」。製造工程によって生まれる個体差を“個性”として訴求した。

川合
「ひとつひとつ違っていい」という考え方は化粧品でもやったことがあります。生活者の価値観の変化を感じ取ることが大切ですよね。

片山
この時は、数年前から手技感や一点物の良さといった価値観のトレンドがあって、一般の方々にも伝わりそうなタイミングだったんですよね。同じように、「くすみ系」カラーのヘッドホンとイヤホンをデザインしたこともありました。こういう色味はコスメにはよくありますが、家電に取り入れようとしたら「地味な色だけど、大丈夫?」と心配されて(笑)。でも顔まわりに付けるものなので、タイミングとニーズさえ合えば肌なじみの良い色として受け入れられる、という確信があったんです。

菊池
今でこそ、オフィスでもナチュラルなカラーや木目調が当たり前になっていますが、20年ほど前は、白を基調にした空間にビビッドな家具を配置するのが主流でした。

私がイトーキに入社した頃、オフィスに植栽が取り入れられ始め、ナチュラルな空間やインダストリアルなテイストが好まれる兆しが見え始めていました。そこで、「オフィスにもブラウンやグレーのような、よりベーシックで落ち着いた色味が必要なのでは」と考え、タスクチェアに取り入れてみたことがあります。

ただ、そのときの市場の反響は、決して大きなものではありませんでした。振り返ってみると、当時はちょうど色の価値観が移り変わる過渡期で、オフィスにおいてはまだ受け止められる準備が整っていなかったのかもしれません。この経験を通して、他分野とオフィス市場とのトレンドの速度や特性の違いを実感すると同時に、社会や働き方の変化と歩調を合わせて提案していくことの大切さを学びました。(文/いまむられいこ)

後編へ続く