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13分前

「Calm Technology®(通称:Calm Tech/カームテック)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。この概念を提唱するCalm Tech Instituteの創業者、アンバー・ケースがAXISギャラリーで3月4日にトークイベントを開催することが急遽決定した。今、世界の大手テクノロジー企業も注目するこの概念について簡単に紹介したい。
今日、スマートフォンを手にして何分も「何もしない」でいられる人はどれだけいるだろうか。現代のデジタル機器は、意図的にユーザーの注意を引きつけ、通知を送り続け、離れられなくなるように設計されている。「アテンション・エコノミー」——ユーザーの注意そのものを資源として収益化するこのビジネスモデルが、シリコンバレーのスタンダードになって久しい。しかし今、その反動が臨界点に近づいている。依存を促す「ダークパターン」への批判は規制論議にまで発展し、テクノロジーとの新しい関係を求める声が、産業界の内側からも上がり始めている。
そんな時代の気分を鮮やかに言語化したキーワードが「Calm Tech」だ。グーグルやサムスンをはじめとする大手テック企業も無視できなくなったこの動きは、今どこまで広がっているのか。提唱者のケースはこう語る。

アンバー・ケース。Calm Tech Institute創設者/サイバーアンスロポロジスト。人間とテクノロジーの関係を人類学・デザインの視点から研究する思想家。MIT、ハーバード大学などでの研究を経て、「IoTの父」マーク・ワイザーが提唱したCalm Technology®を体系化・発展させた。2015年に「Calm Technology」を刊行(2020年に日本語版「カーム・テクノロジー – 生活に溶け込む情報技術のデザイン」をBNNから刊行)。2024年にCalm Tech Instituteを設立し、製品・空間を対象とした第三者認証制度「Calm Tech Certified™」を開始。2025年には京都に日本拠点を開設している。
「人がより深く、よりよく考えるための道具や環境——そうしたものを作ろうとしている企業たちの間で急速に関心が高まっています。航空機メーカー、大学のデザインチーム、ソフトウェアやノートPCのメーカー、日本の自動車メーカーからも問い合わせが届いています。今週は新たに、オフィスやホテルといった空間を対象にした「Calm Tech for Spaces」という分野も取り扱い始めました。機器そのものだけでなく、空間の中に息づくテクノロジー、例えばCO₂濃度の管理や照明の質といったものまでが、人々の思考であったり、心の穏やかさに大きく影響することがわかってきたからです」
Calm Techは、1995年にゼロックス・パロアルト研究所のマーク・ワイザーが提唱した概念を、アンバー・ケースが体系化・発展させたデザイン思想だ。その核心はシンプルで、「テクノロジーは人間の注意を奪うのではなく、穏やかにするべく、そっと生活に溶け込むべき」というもの。
8つの設計原則として整理されており、「必要最小限の注意しか要求しないこと」「失敗しても基本機能を維持すること」「慣れ親しんだ社会的慣習を活用すること」などが柱となっている。
言葉の響きがあまりに強力だったため、一時はさまざまな企業がこの言葉を乱用し、あまりCalm(穏やか)とは言えない製品も含めて「Calm Tech」と謳う企業が出てきた。そこでケースは、本来の意図が希薄化されるのを防ぐため、2024年末にCalm Tech Instituteを設立。81項目の評価基準を持つ「Calm Tech Certified™」認証制度をスタートさせた。

Calm Tech認証を受けた製品の例。日本からは唯一、京都mui Labのmui boardが受賞しているが、まもなくいくつか他の日本製品も追加発表される模様だ。
この認証制度が評価する6つのカテゴリーは、注意、周辺視野、耐久性、光、音、そして素材だ。読んでいて、どこか既視感を覚えないだろうか。それもそのはず、Calm Techのガイドラインは、日本の伝統文化からも多くのインスピレーションを受けているようだ。ケース自身、2024年末の京都訪問で古道具や生活道具と出会い、その体験が思想の深化に直結したと語っている。
「わび・さび」「間(ま)」「おもてなし」——日本が長い時間をかけて育んできた美意識と設計の哲学は、Calm Techが原則として掲げるものと共鳴する部分が多い。では、提唱者の目に日本のプロダクトデザインはどう映っているのか。
「日本のデザインはすでに、ディテール、ボタン、テクスチャー、調和において、西洋の多くのデザインよりもはるかに丁寧に、深く考え抜かれていると思います。私自身、ソニーのカメラ、ウォークマン、ヤマハのレシーバー、任天堂のゲームボーイ、折り紙、和紙のランプ……日本のデザインに囲まれて育ちました。京都は、深い歴史と新しさが共存する特別な場所です。自然に耳を傾け、じっくりと観察することから生まれるデザインのあり方——日本にはそれが今も息づいていると感じます」
日本のインハウスデザイナーたちが当たり前のように実践してきた細やかな気遣いは、これまで「繊細過ぎて海外に伝わりにくい」ものだった。自ら主張することを好まない文化的な奥ゆかしさも相まって、その価値は国内でさえ十分に言語化されてこなかった。だが「Calm Tech」という世界共通の言葉を得ることで、初めてグローバルに伝わる形になる可能性がある。
すでにその道を切り開いているのが、京都に拠点を置くmui Labだ。天然木のインターフェース「muiボード」でCalm Tech認証を取得し、国際的な評価を得ている。日本の家電・情報機器メーカーにとって、この認証は自社の文化的資産をグローバルな競争力へと転換するための、有力な武器になりうる。
Calm Tech Instituteは2026年、どこへ向かおうとしているのか。ケースの答えは、シリコンバレー的なスピードとは対極にあった。
「私たちはベンチャーキャピタルを持つスタートアップではありません。認証機関が正しく育つには長い時間がかかる。木を植えて、3年後に切り倒して家を建てようとは思わない。私たちが育てたいのは、長い年月をかけて登れるほど大きく育ち、多くの種に生態系を与えるような木です。フラットでボタンのない画面一色の時代を終わらせ、良いデザインが再び私たちの手に戻ってくることを願っています」
2026年3月上旬、ケースが再び来日し、デザイン誌「AXIS」とCalm Tech Instituteが共同企画したイベントがAXISギャラリーで開催される。講演、認証済み製品の展示、そして自社製品のCalm Tech度を検証するワークショップ——「おもてなし」の精神で作られてきた日本のプロダクトが、実はCalm Techの最前線にいたことを、この場で一緒に発見したい。![]()
プロダクト/UXのためのCalm Tech実践|アンバー・ケース氏 来日イベント
- 日時
- 2026年3月4日(水)19:00~21:00
- 会場
- AXISギャラリー
(東京都港区六本木5丁目17−1 4階) - 詳細
- https://peatix.com/event/4864973/view
上記Peatixからの事前申込制、入場無料となります。












