AXISフォーラム 阿部雅世さん講演 レポート その2(全3回)

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阿部雅世さんが「感覚の美をデザインに求めて 9年間のデザインワークショップの軌跡」と題して行った、第32回 AXISフォーラムの講演内容を3回に分けてお届けします。第1回「ハプティック・インターフェース・デサインのワークショップ」に続く、第2回です。

第2回 イタリアの金物工芸職人とのワークショップ

さてここからは、地中海のサルデニア島にある家族経営の金物工芸の工房で、2005年の9月に職人さんと行ったワークショップの話です。

この会社は、金物工芸職人のお父さんと、大学を卒業したばかりの長男、間もなく卒業しようとしている次男、それにふたりの若い職人さんでやっている小さな工房です。次男のアンドレアは、ハプティック語のワークショップに参加した学生で、「新しい目で家の工房を見ると、実にハプティックにあふれている。これを生かしたデザインコレクションを立ち上げるためのワークショップを、うちでやってもらえないだろうか」と、そう依頼してきたのが始まりです。サルデニアは、伝統工芸で知られた島。金物一筋半世紀というお父さんも魅力的ですし、後を継ごうとしているふたりの息子たちというのも希望が持てる話でしたので、これは協力してみようという気持ちになりました。また、こんなに面白い仕事を自分だけでやったらもったいないので、ドムスアカデミーでの同級生で、毎年ケニアの職人さんとデザインワークショップをやっているアルノウト・ヴィッサー(Arnout Visser)にも声をかけました。

アルノウトは、ドローグデザインの初期からのメンバーです。彼の仕事は日本でも紹介されているかと思いますが、天才とはこういう人のことを言うのだな、というくらいの天才です。90年にドムスで学んだ同級生は36名ほどおりましたが、当時卒業制作を、1つでいいところ2つもつくったのはアルノウトと私だけでして、ふたりとも未だエネルギーがあり余っているタイプ。この歳になりますとたいへん希有な盟友です。予定を合わせられる日が5日間ありましたので、彼はオランダから、私はミラノからサルデニアに向かい、現地で合流して夢のワークショップをやることになりました。

初日は顔合わせと工房見学、中2日間がワークショップ、4日目は展覧会の会場設置と夕方にオープニング、最終日には地元の幼稚園の子供たちを展覧会場に招いてデザインガイドツアーをする、という5日間の計画です。展覧会場の準備と、金属上に面白いテクスチャーを表現する実験は、工房が夏休みの間にやっておいてもらいました。また、展覧会の招待状は、皆が共通に惹かれる「美しい錆」の写真をイメージとして入れたものを事前につくっておきました。ここから、5日間の全工程を写真で記録したものをスライドショーでご覧いただきます。ワークショップの見学と思ってご覧いただければと思います。

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ワークショップ初日、顔合わせと工房見学

この工房があるヌォーロの町は島の真ん中にあります。朝、船で港に着いて、宿として用意してくれていた海岸沿いのサマーハウスに立ち寄って荷物を置き、香りの強いハーブやサボテンが自生している岩山に囲まれた道を、クルマで1時間くらい、くねくねと上り下りしながらヌォーロの街に着きました。まず、展覧会場のお屋敷へ行きまして、大小4つの部屋を見せてもらい、天井高とか広さとか窓の位置などを確認しました。それから、夏の間に兄弟が加工したハプティックな実験サンプルを見せてもらいました。そして工房に伺い、職人のお父さんにお会いして、使っている機械やストックしてある材料を見せていただきました。ワークショップでは、そこにある材料、ある機械を使ってできるものを制作しますので、このチェックはたいへん重要です。板前さんが、冷蔵庫の中の材料を吟味し、厨房をチェックするような感じです。

このお父さんは、5歳のときから仕事をしているという苦労人なのですが、独学で美術の勉強をし、地元の芸術高校でも教えていらっしゃいます。芸術の本でいっぱいの本棚に囲まれたオフィスで、サルデニアの工芸の歴史について、さっそくレクチャーをしてくださいました。これで、この日は終わり。またクルマで海沿いの家に戻りまして、夕飯を食べて、それから満月があまりにきれいだったので、もう夜中ですが海に行って泳ぎました。ここは淡水が湧いているところで、水が塩っぽくないんですね。浅瀬を泳ぐと、これまたきれいな丸い石が海底にあって、この石を何か使えたらな、と頭に入れました。

ワークショップ2日目

さてワークショップの2日目、制作の初日です。夜明けと同時に目が覚めます。岩山の中をクルマで移動して、今日は工房へ直行です。以前私がフランスでつくったテラコッタの風鈴が工房のメンバーのお気に入りだと聞いていたので、まず手始めに、サルデニアの美しい海にヒントを得た、お魚の形の風鈴を提案してみました。サルデニアでは、羊が着けているカウベルみたいな鈴の音が、どこにいてもカラコロと聴こえているので、その音を輸出できるような製品になったらいいなと、そういう気持ちもありました。実際どんな音が出るかは、つくってみないとわからないのですが。これが、前日に船の中で描いたスケッチで、お魚が「開き」の形の展開図で描いてあります。後で思うと、鮎の和菓子か何かでこういう形のものがあったかと思うのですが、いきなり「開き」でデザインしちゃうというのは、やっぱりアジの開きなんかを食べて育った日本人だからかなあ、と思います。長く外国で暮らしていても、こういうところに自分の日本が染み出してきます。

これを元に、まずは柔らかい錫板で、お父さんがサンプルをつくります。開きの形に切り出した板を優雅なお魚の形になるように曲げるところが、なかなか工夫のしどころです。こうしてよい形になったので、それを型にして、今度は鉄板から切り出して、それをお魚の形にして、磁石を使ってバランス良く吊るせる点を探します。そこに穴を開けて、ワッシャーの大きいのをテグスで吊りさげて……できました! さて、どんな音か。これがいい音なんですねえ。成功です。最初のプロトができました。

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私たちがお魚に関わっているあいだ、アルノウトは隣の部屋でスケッチをしていました。アルノウトには、製品にこだわらなくてもいいから、工房の技術や仕事の魅力が、展覧会で人に伝わるようなオブジェをつくってほしいと依頼していまして、ちょうどお魚が完成した頃、パラボラ型のお皿を持った大きな「やじろべえ」のような模型を持って出てきました。子供の工作のようですが、アルノウトの作品には、いつも物理の基本があります。さっそく、パラボラ型の羽根の制作です。

それから、サルデニア特有の香りの強いハーブを編みこんで、照明の熱で香りが部屋に充満するようなアロマライトがつくれないかしら、という話をクルマの中でしていたので、カバーの骨組みを溶接してつくりました。このとき、金棒をらせん状にカーブさせる機械を使いまして、これを極限まで使いこなしたら面白いな、ということで、大きなヘビみたいな照明もつくることにして、お父さんとアンドレアが、直径が1.5センチ、長さ2メーターのパイプと格闘してボディーを仕上げました。ここで先ほどのお魚に戻りまして、量産の可能性をみることも兼ねて、展覧会用に50匹のお魚をつくってもらうことにしました。数をこなすとなると、効率的に形がつくれるように工夫しなければなりませんが、お父さんは、工房の中の機械に細工をして作業をし、手際よく50匹ができました。これなら、量産もできそうです。

お魚の風鈴の目処が立ったところで、テクスチャーを実験した中に、鉄板に虫食い状の穴を開けたものがあって、それがいつか何かに応用しようと思って大事に保存していた美しい虫食いの葉っぱに似ていたものですがら、その手法で、虫食いの穴が開いたようなフルーツバスケットをつくってもらうことにしました。鉄板を丸く切り抜いて、深皿の形に打ち出し、そこに、虫食いの穴はこのくらいの大きさ、というのを、私が直接マーカーで描きます。お父さんは真ん中から穴空けを初めて、お盆をぐるぐる回しながら、火花を散らしてどんどん穴を空けてゆきます。こうすると、自然にバランス良く穴が配置されていくわけです。職人の知恵ですね。で、エッジを自然に仕上げて……できました。これも製品としていけそうです。

ここで、倉庫を探検していたアルノウトが、巨大なコイル状のバネを見つけてきました。これでジャンピング・ジャックをつくろうと。私の提案は、コマコマと手先の技を使ったものが多いのですが、アルノウトの提案は、力仕事の大技です。この工房のいろんな技を披露できるようなサンプルをつくることも目的ですから、ワークショップは良い方向に進んでいます。若い職人さんが火花を散らして溶接し、お父さんがハンマーを振るってハンドルを仕上げました。このへんで夕方になり、今日の作業はここで終わりです。海辺の家に戻りまして、写真の整理。展覧会でドキュメントを見せたいので、こういう作業も並行してやっておきます。今ご覧頂いている写真も、つくりながら撮ったものです。それから、前日に海で見た丸い石をアロマライトの足に使おうということになって、また夜中の海水浴。月明かりのもと、みんなで良い形の石を探しました。

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ワークショップ3日目

さあ、制作2日目。ヌォーロにゆく道すがら、「やじろべえ」オブジェの展示にワインの空ボトルを使うということで、アルノウトが道端のボトル回収のケースからボトルを集めています。それからアロマライト用のハーブも、ゆく道の途中で車を停めて収穫します。今日中にすべて仕上げるのですから、ゆく道なりも大忙しです。工房に着きまして、さっそく丸い石に穴を空けます。石の下から電気のコードがきれいに外に出るようなディテールを考えます。これでストラクチャーはできました。新鮮なハーブをカバーに編みこんで、そして電気を点けると……ハーブの香りがしてきました。アロマライトも完成です。

ここでアルノウトが、またまたすごい模型を持って登場です。螺旋を二重に組み合わせた巨大なモビールです。これもまた力技。ディテールをめぐってお父さんとアルノウトの議論が続きます。こんな大きな螺旋を、1点で支えられるのか……できました。それを、2段重ね。二重のスパイラルの一方が左に回ると、他方は右に回ります。クリスマスツリーのよう。これは製品というよりも、この企業ができる技術の限界を見せるサンプルという感じですね。でき上がった姿はシンプルですが神業です。凄いものができました。

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それから、お魚の風鈴の仕上げです。磨きの仕上げ、ハンダを散らしてテクスチャーをつけたもの、バーナーの火で焼いて表面を酸化させたもの、錆を固定したもの……さまざまなバリエーションができました。それから、虫食いの穴の空いたフルーツボールの仕上げ。これは、焼いて酸化させた上で磨く、という仕上げにしました。

そろそろ終わりの時間が迫っていますが、ここでアルノウト最後の提案。ウニのイガのように八方にむかってトゲのある大きな照明です。これはつくるのがむつかしい。でも、お父さんは手際良く仕上げてしまいます。さあ、もう夕方5時です。ここで終わりにしましょうということで、さて、いくつできたか。お魚の風鈴50匹、ヘビランプ、ジャンピング・ジャック、やじろべえオブジェ、ハーブのアロマライト、二重螺旋のクリスマスツリー、イガイガ・ランプ。たった2日ですが、これだけできました。これを、明朝、展覧会場に運べるようパッキングをして、この日の作業は終わりです。

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町中の人が集まった展覧会

滞在4日目は、朝から展覧会場の準備です。前庭には50匹のお魚の風鈴。これが泳ぎ出すと、町中に水が流れるような、優しい音が響き渡ります。入ってすぐの部屋には、やじろべえと、ヘビランプ、イガイガ・ランプを展示。ひとりでゆらゆらと回るやじろべえの羽根からは、テグスで小さなガラス玉が取り付けられて、それが周りに並べられたワインのボトルに「チンッ」と当たって、まるで誰かが食事をしているような音がします。ヘビランプは空中に吊るして、影をダイナミックに見せます。それから、イガイガのランプを天井の角に設置すると、部屋の隅にいる蜘蛛みたいに自然な生き物になりました。作業台の上で見ると異様な形でしたが、こうして設置されると本当に自然。このへんが、天才アルノウトの天才たるところです。それから、虫食い穴のフルーツボール。朝摘んできたオリーブの実をいくつか入れます。最後の部屋には、アロマライトと、二重螺旋のクリスマスツリー。アロマライトは、明かりを点けると、壁にも天井にも雲が流れているような素敵な影が出て、部屋中にハーブのいい香りが満ちてきました。大成功。それから、二重螺旋のオブジェは、ダイナミックな影ができそうだったので、手前の足元から、スポットライトを当てます。そうこうしているうちに、もう夕方。最初のビジターが来ました。地元の美術書の出版社の方たちでした。

この晩のビジターは、なんと700人を超え、展覧会の総入場者数は3,000人を超えたということで、これには本当に驚きました。こんな小さな町でのことですので、基本的には近所の方たちなのですが、しかし的確な質問してきて、ここは、本当にパン屋のおばちゃんでも「デザインとは何か」がわかっている土地なのだなと思いました。5日目の最終日は、地元の幼稚園の子供達のための特別ガイドツアー。子供の好奇心というのは、私たち大人には真似できないくらい強いものですから、本当に真剣に楽しんでくれました。いつかこの子たちの中から、私たちの仕事を継いでくれるデザイナーが出てきたらと、そんな希望を持って終了した職人さんとのワークショップでした。(最終回、その3へ続く

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阿部雅世さんウェブサイト MasayoAve Creation http://www.macreation.org