生田幸士(名古屋大学大学院工学研究科教授)書評:
松谷明彦、藤正巌 著『人口減少社会の設計』

『人口減少社会の設計』

松谷明彦、藤正 巌 著 (中公新書・760円)
書評 生田幸士(名古屋大学大学院工学研究科教授)

「みんなから個人への価値観の移行」

日本の人口が減少していることはご存知の通りである。世界的にもヒト・人類の個体数は減少フェーズに入りつつある。人口が減れば工業製品の売り上げ数も落ちるはずで、工業製品を生み出すインダストリアルデザイナーの中には、将来に不安を抱いている方も少なくはないだろう。また企業活性(CI)に携わるデザイナーも効果的な経営戦略の提案に苦労が多い最近の日本である。本書は彼らのためのものである。「幸福な未来への経済学」との副題からも推察されるように、決して堅苦しい経済学や経営ノウハウ本ではない。一言で言えば、人口が減少してゆく社会では何が経済上重要となるか。シェアを重視した売り上げ至上主義から、効率を重視した戦略への転換を説いている。

本書がユニークな観点から書かれたものであることを示すため、まずふたりの著者について簡単に紹介しておこう。松谷明彦氏は大蔵官僚を経て政策大学院大学の教授になっている。藤正 巌氏は、東大医学部と先端研究センターで人工心臓やマイクロマシン分野の研究と、優れたオピニオンリーダーとして活躍後、政策大学院大学の教授になった医用工学者である。発想のユニークさと鋭さで定評ある彼が、長年日本経済の中枢で仕事をしてきた松谷氏と組んで新しい経済学の視点を提案している。動機も簡明である。人口増加を前提とした従来のマクロ経済学が、人口減少を前提とした今後の世界経済にも本当に有効なのか。わが国より経済力が低く見えるヨーロッパの小都市で街に活気があり、高齢者や子供が幸せに見えるのはなぜか。

これらの疑問は、書評の筆者も学会などで訪欧するたびに感じていたことである。イタリア、フランスに比べオランダ、スウェーデンなど工業生産量が少ない国でも、デザイン力が弱いとは思えない。ブランド物の携帯ストラップに1万円も出す人が多く存在する今の日本は何が特殊なのか。このような「素朴な疑問」は、場面の違いこそあれ多くの読者が持ってきたと推察する。

本書の前半では、人口増加社会における日本経済のサクセスストーリーと、わが国独自の雇用制度と経営手法の発生メカニズムを極めて明快に説明している。この中で、先進国の中で日本の経済効率が意外と低いことが判明する。みんながこだわってきた終身雇用制度が戦中戦後にできた意外に新しいものであり、戦後の企業経営に好都合であったのだ。後半では、マイナス成長は本当に困るのかを、さまざまな面で論理的に検証している。ありがたいことに、大半は国や企業の戦略転換で好転するものであると主張している。

具体的には、グローバルな医療福祉政策、企業経営、都市構成法の戦略提案に止まらず、社会の求心力低下を防止するものは新たな社会価値の創出しかないと言い切る。すなわち「みんな」から「個人」に移行させる仕組みの提案である。

昨今新聞紙上を賑わす、企業内研究者の特許の権利問題、大学教官の評価や特許問題、インセンティブなど根元は同一である。「みんなから個人へ」への価値観移行の過渡期を象徴している。

しかし、自分の置かれている状況がグローバルに把握できず、目前の局面だけで意志決定をする者がいるのは奴隷解放や自由獲得闘争の場合と同様であろう。本書が霞ヶ関のベストセラーになることが日本の将来に不可欠ではなかろうか。(AXIS100号/2002年11・12月より)

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