vol.6
「スピーカー(Speak-er)」

iPodやiPhoneの登場は、音楽の楽しみ方や購入方法を変えただけでなく、オーディオシステムのあり方も一変させた。重厚長大なキャビネットやエンクロージャーは、一部のマニアのためだけに存在するようになり、音源を小さなモバイルデバイスに限定して、スピーカーとアンプ、そしてそれらのデバイスを直接合体するためのドックのみからなる製品も少なくない。

ただし、iPod系のドックコネクタの場合、それを採用するにあたっては、製品のコンセプトや機能に関してアップル社の認定を受け、指定の業者から部品を購入する必要がある。それが、ライセンス料の代わりとなるのだ。

この認定制度を避けるために、あえてイヤフォン端子からの接続を選択する製品も存在するが、そうするといわゆる”made for iPod/iPhone”の認定が受けられず、アップルストアでも扱われない傾向にある。

ところが、大学で航空工学を専攻したシャーウッド・フォーリーと、グラフィックデザイナーの大内美穂子によるデザインユニット”the.”がつくり上げた「スピーカー」は、ドックコネクタ仕様ではないにも関わらず、アップル社のiPadのテレビCMの中に登場した。正確には、FlipboardというiPadアプリで表示された記事の中で採り上げられていたのだが、いずれにしても同社は自ら認めたものしか広告内で扱わないため、これはやはり異例なことだ。

見ての通り、マンガなどで見られるフキダシの形を立体化したフォルムを持つ「スピーカー」の名称は、英語では”Speaker”ではなく、”Speak-er”と表記される。つまり、あえて動詞+erの形を採り、いわゆるスピーカーという製品ジャンル名ではなく、キャラクターのある「話し手」という意味を明確にしたわけだ。

こうした製品を一般的な企業が製品化したとすれば、デザイナーのビジョンは希釈され、このように純粋な形態やディテールで世に出ることは難しかったかもしれない。おそらくこれからは、キックスターターなどのクリエイター支援サービスを使い、自らコンセプトを現実化していくデザイナーが増えていくことだろう。


大谷和利/テクノロジーライター、東京・原宿にあるセレクトショップ「AssistOn」のアドバイザーであり、自称路上写真家。デザイン、電子機器、自転車、写真に関する執筆のほか、商品企画のコンサルティングも行う。近著は『iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』『43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術:意外とマネできる!ビジネス極意』(以上、アスキー新書)、『Macintosh名機図鑑』『iPhoneカメラ200%活用術』(以上、エイ出版社)、『iPhoneカメラライフ』(BNN新社)など。