人気レストラン「N_7110」における店舗照明
『食』と『光り』の効能

N_7110オープン初日の黒板

去る3月19日、二子玉川ライズショッピングセンターがオープンしました。その中に、中目黒の人気店、ナチュラルレストラン N_1155の姉妹店が入ると知ったのは、いつものとおりランチやディナーで通っていたときのこと。職場から徒歩1分のこのレストランは、常に生産者の顔が見える素材を仕入れ、とてもシンプルで美味しい料理を提供してくれます。オープンして3年が経つけれど、ますます人気の店になっていく様子は納得。食いしん坊で「食」に並々ならぬ好奇心がある私は当然贔屓にしています。

そんなお店のオーナーに「二子玉川の店の照明をお願いしたいのですが」と言われ、気持ちが高まったのを今でも覚えています。今回はこの姉妹店「N_7110」がオープンするまでを紹介します。

グランドオープン前のファサード。この小窓がシンボルに。撮影/間瀬 修

設計を担当したand.の方と、内装レイアウト案を見ながら照明プランを打合せしていき、何度かのプランの変更や追加があり、照明も調整していきました。なによりも、店の経営・運営をしている方々の顔がわかっているだけに、店の意向や考えなどが理解しやすかったのかもしれません。料理のメニューや食器も含めすべての雰囲気に対して光は影響しますが、まずは「美味しく見えて」「雰囲気が暖かく」というお店の希望はとても重要なポイントでした。

グランドオープン前の数週間は、お店のスケジュールや入っている建物自体の規制にもよりますが、オープンまでの工程を確認し必要なタイミングで現場を訪れます。家具がレイアウトされ、ディスプレイや小物関係が配置された後に、照明の向きがそれぞれの場所に当たるように調整します。飲食店の場合は調光のシステムを取り入れているところが多いので、ランチ営業時、ティータイム、ディナータイムといったシーンによって、お店の希望を聞きながら明るさの強弱もセットしていきます。

食器やグラスが入ったばかりのときに行きました。テーブルの上にお皿やグラスを置いてみるとわかるように、何も置かれてないテーブルと置かれているテーブルでは、同じ照明の下でも「明るさ感」が違います。モノに照明が当たって初めて「明るさ」の感覚がわかり、伝わってきます。

この二子玉川ライズショッピングセンターのレストランフロアは、他にもさまざまな種類の飲食店が入っています。中目黒のN_1150は路面店で隣接する飲食店がないので、ある程度抑え気味の明るさでも雰囲気があります。夜は客層も大人同士が多いためそれで良いと思うのですが、二子玉川の場合は隣接する飲食店とのバランスも大切。また、この地域の客層は家族連れや女性同士などが多く、N_7110のコンセプトである「心も身体も健康になれる料理」のイメージもあるので、中目黒よりも明るく設定しました。お客様が入りやすい雰囲気をつくるのも照明の役割です。

無事オープンを迎えお客様が店内に入ってきてからの様子を見てもらえればわかりやすいでしょう。人々の動きが加わると、オープン前の様子とは違った「明るさ」感が出てきます。お皿に料理が盛り付けられ、テーブルに運ばれる。そしてテーブルを囲み美味しそうに食べている動き、これが加わるだけでいっそう「明るさ感」の度合いが増します。照明である「光り」はモノに当たって初めて存在が際立つものだといつも実感するのです。

当初、二子玉川ライズは3月17日にグランドオープンを迎える予定でした。そしてN_7110はその数日前に中目黒のお客様など関係者を招いての内覧会を予定していたですが、ご存知のように東日本大震災が起きました。内覧会は中止、グランドオープンは2日後の3月19日に延期され、節電が叫ばれるなか、営業時間を大幅に短縮という条件・制限つきでのグランドオープンでした。いつまたなにが起こるかといった不安のなか、とても大きな決断を商業施設側はしたと思います。それは、二子玉川の地域の人々やこの中に入るお店のオープンを心待ちに、遠方から駆けつけた人たちのためでもあったのでしょう。オープン当日のあの賑わいと笑顔と活気を見たとき、関係者の方々は救われたのではないでしょうか。もちろんN_7110のお店のスタッフの方々もそうだと思います。震災当日から8日後、久しぶりにお店の前の行列と施設内の「明るさ」を見てホッとするとともに、元気をもらったような気がします。

「食」と「光り」の効用ですが、ただ明るければ良いのではなく。適光適所が大事。そして今回のような事態を迎え、今後は効率がよく省エネでもあるLED照明などのニーズはもっと高まると思います。しかし物理的に効果的なものとはその対極にあるかもしれない、美味しい料理を食べるときの幸福感は、高効率のLEDの光りや蛍光灯の下でだけで感じるものではないと思います。その感覚を持続させるためには光の種類の選択が大きなポイントになってくるのではないでしょうか。これからは効率を求めるだけではない、本質的なことが照明のあり方とともに求められる気がしました。

友人のデザイナーから家族でいつも訪れるショッピングセンターへ行ったときのことを聞きました。「節電で照明が少し落し気味のショッピングセンターで、娘が『なんか、今日は落ち着くね』って言ってた。そう、ヨーロッパみたいかもね。これを機に日本人の照明センスも少し変わるといいな」と。

節電や計画停電のため、キャンドルを囲んで家族みんなが寄り添っている光景を見聞きします。それも1つの「光り」の効用による小さな安心感。「光り」を担う照明にできることは何か、これからの大事なテーマになりそうです。(文/マックスレイ 谷田宏江)

この連載コラム「tomosu」では、照明メーカー、マックスレイのデザイン・企画部門の皆さんに、光や灯りを通して、さまざまな話題を提供いただきます。