東京都現代美術館
「名和晃平 シンセシス」展レポート

名和晃平(1975年生まれ)は、ネットとリアル、デジタルとアナログのあいだで揺れ動く現代人の知覚や感性をとらえて、彫刻や空間として表現する彫刻家。情報社会における流動性や拡張といった感覚のメタファーとして発泡ポリウレタン、シリコーンオイル、グルーガン(酢酸ビニール)などの工業的な素材を使い、最先端のテクノロジーと繊細な手作業を通じて「BEADS」「PRISM」「LOQUID」「GLUE」といった“カテゴリー”に分類された作品群を開発・発表している。

▲「BEADS」は、名和がインターネットを通じて集めた動物の剥製を透明な大小のビーズで完全に覆ったシリーズ。名和によれば「目の前に見えているものが本当にあるのかは不明確だが、ひとつひとつのビーズを覗くと、そのなかにリアリティが宿っている」。《Pixcell-DoubleDeer #4》, 2010, Courtesy of Scai THE BATHHOUSE

本展は、美術館で行う初めての大規模な個展。過去の作品を振り返るというよりは、ここ約1年の新作を披露している。最近の名和は、携帯電話のコンセプトモデルや、音楽アーティストのためのアートワークやステージデザイン、百貨店のウインドウ制作などさまざまな場で創作を続けている。そのことに対して、「自分にとって初めてのことは、とりあえずやってみる」というスタンスで取り組んでいるという。“合成”や“統合”を意味する「SYNTHESIS(シンセシス)」という展覧会タイトルが示すとおり、「それらの経験を統合的に1つの空間に落とし込みたかった」と語った。

▲“王座”を意味する「THRONE」の一部で、ゆずのプロモーション映像に使われた。意味のないカタチが垂直に果てしなく堆積していく様は、「資本主義によって再生され続け、無限に消費されるボリューム」を表現している。《Throne》部分, 2011

会場では、作品タイトルや解説文がいっさい掲示されていない(最後にリスト付きマップが配布される)。また、カテゴリーごとに分けられた12の展示ゾーンはすべて異なる照明のため、新たなゾーンに入るごとに世界観がガラリと変わるだけでなく、円環構造で配置された各ゾーンを回遊することで名和が提唱する「Cell」の概念世界を体感していくことになる。鑑賞者は、その際、何周してもいい。むしろ、繰り返し回ることで、新たな発見が得られるような仕掛けが隠されている。

▲巨大な発泡スチロールの彫像が居並ぶ空間「POLYGON」は迫力がある。モデルの全身を3Dスキャンし、それを2種類のポリゴンデータ(多面体)に置き換える。ポリゴン数の異なる身体が半分だけ他者と融合しているような彫像は、拡張されコピーペーストされた情報と身体が乖離しかかっている様を示している。©2011, Kohei Nawa

「情報をそのままカタチにするというよりは、情報を取り巻く“現象”をカタチにした」と語る名和。開催の前日に開かれた内覧会でも、しばしば「制御しきれないような」とか「肥大化してどうにもならない」といった表現で作品を説明していたのが印象的だった。例えば、会場入り口の作品「CATALYST」は、グルーガンで会期中に即興として網状の造形物をつくっていくものだ。


▲《Catalyst #13》, 2011

壁を覆い尽くすツタの葉や、灰汁のようにぶくぶくと溢れ出る泡、実態から離れ巨大化した私たちのコピー、ビーズやプリズムに隠れて存在の有無さえわからない様など、異形で、不気味なイメージの数々が続く。だが、振り返ればそれは、情報社会をサバイバルしようともがく私たちの身に起きている現象なのかもしれない。(文・写真/今村玲子)

▲アトリウムでは、2012年に韓国で設置予定の巨大な彫刻作品「MANIFOLD」の一部となるモデルを配置。3D触感デバイスを用い、デジタルの粘土を手の感触を確かめながらかたちづくったという。©2011, Kohei Nawa


「名和晃平 シンセシス」

会 期:2011年6月11日(土)〜8月28日(日)
会 場:東京都現代美術館
休館日:月曜日(7月18日、8月15・22日は開館/7月19日は休館)
時 間:10:00〜18:00(入場は閉館30分前まで)
観覧料:一般1,100円 学生・65歳以上800円
   (同時開催の「フレデリック・バック展」との共通券もあり)




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。