竹原あき子(デザイナー)書評:
ジェレミー・リフキン 著『エイジ・オブ・アクセス』

『エイジ・オブ・アクセス』
ジェレミー・リフキン 著/渡辺康雄 訳
(集英社 2,520円)

評者 竹原あき子(デザイナー)

「エコデザインの教則本として読もう」

もはやコンピュータの利用者は、これでなければならない、と購入する機種にこだわらない。3カ月後に買っていたら性能がアップされ、価格も安かった、と悔しい思いをした経験者も多い。つまり定期的に自宅やオフィスで最新の性能にグレードを上げてくれるサービスを提供する機種があったら、それに変更する利用者は圧倒的多数だろう。コンピュータという機械がほしいのではない。モノではなく便利な作業環境や機能だけを購入、あるいはその機能に「アクセス」したいのだ。これまでの消費者とは違う、“純粋な利用者”が多数となり、モノ離れ、脱モノ化時代がやってきた。

ジェレミー・リフキンは本書で、「新しい時代には市場はネットワークに道を譲り、『所有』は着々と『アクセス』に取って代わられつつある」と語る。アクセスの時代にはネットワークで結ばれたサービスを提供する側とサービスを依頼する側の間に短期間の関係が成り立ち、モノは必要なときだけアクセスする対象であればいい。

モノそのものではない、モノに附随するサービスこそ新しい時代の交換の対象となる。つまりモノを所有する豊かさではなく、必要なサービスにアクセスできるアクセス権の取得こそが豊かさの象徴となる、と言うのだ。「アクセスリッチ(富者)」と「アクセスプア(貧者)」が社会に生まれる。しかも生産者はサプライヤーと立場を変え、その収入はリース料、賃貸料、メンバーシップ会費などのかたちをとる。「所有からアクセスへ」と、モノを所有することや財の蓄積が意味を失い、購入、所有、蓄積という行為には意味はなくなる。

リフキンはどのように人間の意識が所有から離れつつあるかを、哲学ではなく具体的な実例を挙げながら説き、知識人だったら最初にモノ離れ、非物質的な生活の必然性に気が付くだろう、と言う。所有するのではない、必要なときに、必要な場所で必要なモノをレンタルするライフスタイルこそ美しい、と思い至る

。この意識の変化はサスティナブルな社会の必須条件。本書は社会学あるいは経済の本だが、優れたエコデザインの教則本として読み取ることもできる。例えば家電を徹底的にレンタルする構造とネットワークをデザインすることができれば、部品のリユースと素材のリサイクル効率は飛躍的に向上する。

旅行、美容健康、リラクゼーション、ファッション、料理、スポーツ、テーマパーク、劇場、音楽、映画、テレビ、ゲーム、ダンス、ギャンブル、学習、教育などが急速に新しい経済文化の中心になりつつある。モノではない。アイデアへアクセスし、それらを体験することが消費の中心に躍り出た。経験や体験を消費する時代なのだ。

工業、モノづくりの時代が人間の身体を育てたとすれば、アクセスの時代は情緒、精神的なものを育てる。商品の交換がかつての活動であったとすれば、アイデアの交換がこれからの時代の活動だろう。サービスの提供がその活動の1つであるのは間違いない。脱モノ化時代のモノのデザインとは何かを深く思考するチャンスを与える書でもある。(AXIS 112号 2004年11・12月より)

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