森美術館
「アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る」レポート

今、世界的に目を離すことができないアラブ諸国の経済発展や情勢。同様に熱い視線を集めているのがアラブの現代アートだ。各地で次々と設立される大規模な美術館やアートフェアの開催など、アート産業の成熟とともに近年急速にその存在感を世界へ示している。

本展は、森美術館の独自企画。現地調査に基づいて34組の現代美術家による作品を展示し、アラブにおける現代アートの動向を伝えるというものだ。アートを通じ、アラブ社会で今いったい何が起きているのか。また、そこで暮らす人々が何を見つめているのかをリポートする内容にもなっていると言えるだろう。

▲ 展示風景
手前:ハリーム・アル・カリーム「無題1(「都会の目撃者」シリーズより)」2002

▲ 展示風景
手前:リーム・アル・ガイス「ドバイ:その地には何が残されているのか?」2008/2011
ドバイの建設工事現場をイメージしたインスタレーション

本展には、作品群の背景に大きく2つのテーマが隠れているように思われる。1つはアラブに対するイメージの問題。そもそも「アラブ諸国」とはいったい何か。アラビア半島や北アフリカ周辺の約20国余りを指し、一括りに「アラブ」といっても主な言語がアラビア語であるということ以外は、文化、信仰、生活習慣、アイデンティティなども多様である。

▲ アトファール・アハダース「私をここに連れて行って:想い出を作りたいから」2010〜2012
作家が暮らすレバノンではプリクラのように写真に特殊効果を施す写真スタジオが流行しているという。顔をはめ込むことでアイデンティティを変更できる作品

日本における「フジヤマ」「ゲイシャ」と同じように、多くの日本人にとってアラブは未だにターバンを巻いたイスラム教徒、砂漠にラクダといったステレオタイプなイメージが根強いようだ。日々、この地域に関する報道を目にしているにも関わらず、アラブについて何も知らないというのが実情ではないだろうか。参加アーティストたちはその点を強く意識しており、本展でも外から見られている偏見的なイメージと実際とのギャップをあぶり出す作品が多く紹介されている。

▲ モアタッズ・ナスル「カイロ・ウォーク」2006
すべてカイロで撮影されたスナップ写真。生き生きとした人々の暮らしが映し出される

▲ シャリーフ・ワーキド「次回へ続く」2009 
自爆テロ犯による証言記録映像を連想させるが、俳優の男性が語っているのは『千夜一夜物語』である

もう1つの大きなテーマが、現代アラブにおけるさまざまな変化だ。オイルマネーによる経済の急激な発展による価値観の変化、景観の移ろい、仕事を求めて流入する移民……。その一方で相次ぐ紛争や「アラブの春」と呼ばれる民主化運動。そうしたさまざまな変化を目の当たりにしながら、そのど真ん中で呼吸するアーティストたち。内側から見たアラブの躍動が、映像や写真を通して、ライブ感たっぷりに表現されている。知っているようで知らなかった等身大のアラブに出会える、貴重な機会といえるかもしれない。(文・写真/今村玲子)

▲ マハ・ムスタファ「ブラック・ファウンテン」2008/2012
汚染水や原油を連想させる黒い噴水。アラブを取り巻くさまざまな問題を暗示するような作品


「アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る」

会 期:2012年6月16日(土)〜 10月28日(日)
会 場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
開催時間:10:00〜22:00、火曜10:00〜17:00(入館は閉館時間の30分前まで)
休館日:会期中無休
入場料:一般1,500円、高校大学生1,000円、4歳以上500円



今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ