「匠のかたち」より、記憶に残る匂いや香り

AXIS7月1日発売号の「匠のかたち」では、和蝋燭をつくる愛知県岡崎市の松井本和蝋燭工房にお邪魔しました。

▲ 蝋鉢の蝋を練る松井規有さん

この連載では全国の職人さんの工房やメーカーの工場を訪れますが、その場ごとに特有の匂いや香り、空気があります。それは心地よいものであったり、不慣れな者にとっては過酷だったり。例えば、目に見えない機械油が空気中に飛び散っているところでは油と金属片が混じったような匂いがし、木を削る工程が多いところでは、森林浴をしているようなかぐわしい空気に包まれたり。扱う素材や工法によって、実にさまざまな匂いや空気に満ちています。

匂いを誌面上で伝えることはできないものの、それぞれに特徴があるため、取材班にはその職人さんや工房の様子とともに強い記憶として残ります。

▲ サイズごとにまとめてある木の串と、産地ごとの木蝋

さて、今回の「和蝋燭」。松井規有(のりあき)さんの場合は、天然素材のみを用い、ロウを溶かすときも炭火でした。しかし、日頃、石油系のパラフィンからつくられる洋蝋燭のほうが身近なうえ、和蝋燭の原料となるハゼの実を知らないため、匂いまで連想しないまま工房の扉を開きました。

▲ 切り落とした部分は溶かし、再利用

実際はどうだったかというと、ハゼの実からつくられるロウの香りは、ほんのりとしたかぐわしさです。「匠のかたち」や松井さんのウェブサイトを見てもらうと、製作中に飛び散るロウの多さに驚くかもしれませんが、自然素材のなせるわざか、溶けたロウが手に付いても、乾いたタオルでサッと拭き取れ、べたついたり、汚れたりすることが全くないのです。たとえるなら、植物の葉に触ったとき人は汚れたというふうに感じることはないと思うのですが、和蝋燭のロウはそれに近い感覚です。

▲ ずいを巻き、真綿をかけた灯芯。イカリ型と棒型で、灯芯の形も違う

産地や抽出方法によって色や融点の異なるハゼの実。芯に用いるのはイグサ科の灯芯草(とうしんそう)の「ずい」の部分。古くから用いられている素材とはいえ、目にするのは今回が初めてでした。ちなみに、「ずい」の部分は、スポンジのように空気を含んで柔らかく、ちょっと引っ張るだけでプツンと切れてしまう繊細さです。

▲ 完成した500匁のイカリ型

ぜひ本誌「匠のかたち」で、バームクーヘンのようにロウが積層した和蝋燭の写真をご覧ください。