vol.23
「ホエールトーン」

地球上で最大のほ乳類として知られるクジラの中には、繁殖期に歌うような鳴き声を出すザトウクジラの仲間がいる。その歌うクジラからヒントを得て、デザイナー、ロバート・マジカットの夢の中に登場した優雅に泳ぎ、波間から身を翻す姿をモチーフにしてつくられたのが、このピアノ「ホエールトーン」(約117,500ドル~)である。

マジカットは、最新の電子楽器の音質の良さや機能の豊富さ、表現力の高さを認めながらも、その実用主義やミニマリストアプローチのデザインに疑問を抱き、伝統的な楽器の持つ視覚的なスタイルも演奏というプレゼンテーションの一部だと考えた。そして、コアとなる楽器部分にローランドのステージピアノ(電子ピアノ)のハイエンドモデルを組み込み、4×125Wの4チャンネルパワーアンプとB&W社のスピーカーシステムを内蔵する最先端のグランドピアノをつくり出したのだ。

当然ながら内部に弦などは持たないが、上面の電動式カバーはボタン1つで開閉するだけでなく、その開度も自在に調整可能であり、それが音色の力強さや繊細さを演出する。

カラーはブラックとホワイトのツートーン仕上げの標準的なモデル・グランデに加えて、11種のモノカラーモデルと8種のデュオカラーモデルがあり、ハイポリッシュからマット、メタリック、パールなどさまざまな表面フィニッシュを選べるようになっている。また、もともと完全なハンドメイドのため、これ以外にも素材から楽器の選択まで、オーナーの好みに合わせてフルにカスタマイズでき、価格もそれに合わせて大きく変動する。

言ってみれば、高価な電子楽器スタンドなのだが、人は外観で楽器の用途や使われる環境を規定してしまうところがある。それを考えると、このようなアプローチにも十分に意味があり、これまでの電子楽器のデザインのベクトルを考え直すきっかけとなるかもしれない。




大谷和利/テクノロジーライター、東京・原宿にあるセレクトショップ「AssistOn」のアドバイザーであり、自称路上写真家。デザイン、電子機器、自転車、写真に関する執筆のほか、商品企画のコンサルティングも行う。近著は『iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』『43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術:意外とマネできる!ビジネス極意』(以上、アスキー新書)、『Macintosh名機図鑑』『iPhoneカメラ200%活用術』(以上、エイ出版社)、『iPhoneカメラライフ』(BNN新社)、『iBooks Author 制作ハンドブック』(共著、インプレスジャパン)など。