深澤直人(デザイナー)書評:
中谷耿一郎 著『木洩れ日の庭で』

『木洩れ日の庭で』
中谷耿一郎 著(TOTO出版 1,995円)

評者 深澤直人(デザイナー)

「森のデザイナー」

住宅メーカーのカタログや宣伝を見ていつも思う。「うそだぁ」と。庭が広すぎると。建物の後ろには緑の山が、玄関までのアプローチには植栽が、庭には芝生とかたちのいい優等生の小ぶりの木が数本植えられている。お決まりの構図だ。庭が建物を引き立てている。窓を開けると隣の家の窓に手が届くくらい家が密集した場所に建てたモデルハウスの写真を見たことがない。いくらカタログと同じ外壁や屋根や玄関扉を使った住宅でも、周りの環境がそれを引き立てるということはあり得ない。

仕事でよく行くドイツやイタリアで、高速道路や電車の車窓から見える景色は、緑の緩やかに起伏のある地形のなかに、黒い屋根と白壁の家の集落であることが多い。テラコッタの屋根の集落が繰り返し現れる。その景色のなかの色数が、日本に比べて著しく少ない。

ランドスケープデザイナーの中谷耿一郎さんが書いたこの本を見たとき、目を疑った。「これは日本かと」。その美しさに目を見張った。読んでいくとほとんどが長野県の八ヶ岳や軽井沢界隈に集中している。著者自身の住む八ヶ岳の小さな家と庭もいい。ランドスケープデザイナーというと、都会のコンクリートの谷間の人工的な緑と水のデザインを想像してしまうし、そういう場所の仕事もされてはいるようだが、どちらかというと自然の地形を生かした庭と建物のデザインが多いようである。

庭というと、ちょきちょきと植木を手入れする日本の庭師的庭や、英国風の花のガーデニングとかを想像してしまうが、著者の仕事は、その地形を生かし、そこに生息する樹木や植物を生かしながら、移り変わる四季の変化も考慮した、生活とともに生きている庭をデザインすることのようだ。著者がデザインする、その完璧なまでの構図は、誰もが心のなかに持っている、住むというかたちの理想的原風景とずれなく重なるのだろう。出版して数日で2刷りに入ったということを、出版社の友人から聞いて、妙に納得できた。「日本でこんな素敵なところに住めるのか」「こんな生活ができるのか」という、諦めかけた夢がむっくりと起き上がるような、「あぁ〜……、いいなぁ……」というため息の出るような感触があるのだ。

著者は自らが森の中に住んでいる。20年前に家を建て、都会から週末に通っていたのだが、13年前に家族でこの森に移り住んでしまったらしい。山を歩き、釣りをし、野菜をつくり、雪の山をスキーで散策する。すべての森の生活は庭のデザインに生かされている。石の積み方から、芝生の中の雑草の生かし方、水の流れや、苔の色まで、すべては著者の経験から得た知識に裏付けされている。森の景色は夏と冬ではがらっと変わるので、庭をデザインするための構想に時間がかかる。あせった依頼主の仕事はしないようだ。

庭を生かす家もデザインしている。小さく住むことがいいらしい。著者は最小限に住んで、最大限の豊かさを得る知恵を知っている森のデザイナーである。(AXIS 118号 2005年11・12月より)

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