21_21 DESIGN SIGHT
「田中一光とデザインの前後左右」、レポート

日本を代表するグラフィックデザイナー、田中一光(1930-2002)の軌跡をたどる展覧会が21_21 DESIGN SIGHTで開催されている。

今回は、クリエイティブディレクターの小池一子さんを本展ディレクターに招聘。西武百貨店やパルコ、無印良品の企画などで、長年、田中一光とともに仕事をしてきた方である。小池さんは田中のことを「はじまりをつくった人。つながりをもたらした人」と表現する。本展のために約2年をかけてアーカイブを分析。時代背景の洞察とともに、田中の活動を体系的にまとめあげた。メイン展示室には10のテーブルが設置され、「文字」「文様」「社会」「演劇、ダンス」といった田中の活動を語るうえでの重要なキーワードとともに、作品だけでなく、試作や資料も公開している。

▲ 「田中一光 本の世界」と題した最初の展示室では、田中がアートディレクションを務めた約150冊の本を展示。選び抜かれた紙や、表紙クロスの染色など、細部に宿るこだわりを目の当たりにする。

▲ 『日本のやきもの』『日本の工芸』『日本の文様 花鳥/風月』など、日本の科学技術史家、吉田光邦が関わった全集のデザインも担当。吉田の影響で、田中は日本の文様やものづくりに傾倒していったという。

会場構成とグラフィックデザインを担当したのはアートディレクターの廣村正彰さん。11年間、田中のもとで働いた経歴を持つ。「内部にいたからわからないこともあったが、今回の展示に関わったことで田中の考えていた社会や暮らし方、デザインというものが少しずつ見えてきた。今のタイミングで見てもらう意味があると思う」(廣村)。

▲ メイン展示室には、田中のグラフィック表現の多様性を示す10のテーブルを設置。小池一子さんによってまとめられた資料がテーマごとに展示されている。

戦後経済の発展とともに、万博やオリンピック開催など日本が国際社会の一員としての存在感を急速に高めていくなかで、日本の文化や精神をいかに世界に向けて発信していくか。印刷技術の発達や紙メディアの普及も相まって、ビジュアルによる情報伝達、すなわちグラフィックデザインの役割が強く求められた時代でもあった。

▲ 「1|文字、タイポグラフィーの追求」。50年代以降、活版から写植への移行が本格化。田中は明朝体のフォント「光朝」を開発するなど、文字、タイポグラフィーへの関心は「生涯のテーマ」(小池)でもあった。

▲ 「2|立ち上がる文様」。壁面には大きく引き延ばしたポスター「JAPAN」(2012年再現、アートディレクション1986年)を掲示。鹿を題材にした作品は、田中の代表作の1つ。

そうした時代に活躍した田中は、本の装丁や演劇、美術展のポスター、企業ロゴマークなど実に幅広い領域のアートディレクションを精力的に手がけていった。会場では、「本当にすべてがひとりの手によるものなのか」と思うほどの表現の幅に驚かされる。しかし、よく見るとそのスタンスは一貫している。日本の伝統技術やものづくり、あるいは文字や文様、書画や茶道、舞踊といった文化・芸能への造詣を深め、その思考や美意識を継承しながら独自の解釈と手法で今日のグラフィックデザインとして再構築していくプロセス。根底にあるのは、日本の文化を伝えたいという情熱ではないだろうか。世界のどこを探してもないビジュアルは今なお力強く、多くの人々の心に記憶されている。

▲ 「6|アートディレクションと社会」。さまざまな企業との仕事の中から25社の取り組みを紹介。田中が手がけたのはロゴマークのデザインだけに限らないが、ショッピングバッグに統一して展示する。

▲ 「9|墨戯」。田中は96年の個展以降、筆の自由な運びに任せて、文字と絵の中間のようなアートワークを展開した。

最新のスキャニングと出力の技術で大きく引き延ばした、代表作ともいうべきポスター10点が広い展示空間に掲示されている。「これだけ拡大しても密度がある」と小池さん。「本のアートディレクションをする際には、5分の1の小さなサンプルをつくってはボロボロになるまで何度も見返して検討していた」(廣村)という田中。画面を構成する1つの色、1つの形に対する徹底的な考察とこだわりが、拡大しても変わらない密度をつくり出すのかもしれない。

▲ 壁面には田中が手がけたポスターや版画を掲示。

▲ 漢字やアルファベットを大胆に使ったシルクスクリーンは、1979年から83年にかけて制作された。「墨戯」シリーズへとつながっていく。このように田中はまとまった時期ごとに、文字、ロープなど1つのモチーフに集中して連作をつくった。

小池さんは「田中作品の特徴の1つは色の美しさ」とも。「戦後日本が明るい色に染まった時代。そんな環境で田中は思い切り羽を伸ばして仕事をしたのではないか。今の時代を生きる若い人たちに、田中の発想の展開をぜひ見てほしい」。(文・写真/今村玲子)

▲ 「継ぐものたち」と題したコーナーでは、現代のデザイナーによる田中作品の再解釈を試みる。デザインチーム、セミトランスペアレント デザインによる映像作品。田中のポスターをビデオカメラで撮影し(右)、その画像を独自のアルゴリズムで圧縮(中央)、その圧縮画像を別のビデオカメラとPCを使って復元(左)する。田中はデジタルやウェブメディアに対する興味を抱いていたという。


「田中一光とデザインの前後左右」

期 間:2012年9月21日(金) 〜 2013年1月20日(日)
会 場:21_21 DESIGN SIGHT
入場料:一般1,000円 大学生800円 中・高校生500円

  


今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ