ワタリウム美術館
「新政府 坂口恭平展」レポート


ワタリウム美術館で、建築家でありアーティストの坂口恭平さんの個展が開催中だ。

「東京では1円もかけずに暮らすことができる」。

衝撃的なキャッチフレーズで一躍有名になった坂口さん。「建築家を目指して大学に入ったが、もうすでに建物が余っていた」世代だ。早々に建築の設計をやめ、人の住まい方に興味を向けた。お金や土地を所有しない住まいのあり方はないかと、集合住宅の屋上にあった空の貯水タンクに住むなど、都市に暮らす人とハコの関係について考えてきた。

▲ 坂口さんにとっての建築の原体験は、小学生のときにコクヨの学習机と毛布でつくった「テント」だった。

▲ 2階の展示より、公道のガーデニングの例。斬新なパブリックスペースの使い方に坂口さんは純粋に驚いたと綴る。

「不動産は不要だ」「(車輪のついた)家はどこにでも建てられる」など、過激な持論を展開して人々に衝撃を与える坂口さんだが、基本にあるのは都市や生活の現状、常識とされている事象に対する「なぜ」を突き詰めていくことだ。

なぜ東京の家賃は高いのかといった素朴な疑問に始まり、調べた事実にさらに問いを重ねていくうちに、土地とは何か、経済とは何か、お金とは何か、という根源的な問いに行き当たる。その結果、世の中の仕組みを知り、考え方を変えれば、「東京では1円もかけずに暮らすことができる」という結論に達するのだ。

すでに東京では、それを実践している人たちがいる。いわゆるホームレスと呼ばれている路上生活者である。あるとき坂口さんは、隅田川でアルミ缶を拾って生計を立てる鈴木正三さんという路上生活者に出会い、のめり込むようにインタビューを重ねていった。

▲ 2階の展示風景。ソーラーパネルを備えて電気をまかなうなど、創意工夫に満ちた路上生活者の家を調査。

▲ 坂口さんが「ソーラー0円ハウス」と名付けた家の詳細スケッチ。

▲ 絵の細かさや感心したポイントなどが、「考現学」の今和次郎のスケッチを彷彿とさせる。

▲ 2階の展示より「多摩川のロビンソン・クルーソーの家」。住人は作物を育て、近隣の主婦と物々交換している。坂口さんの取材は建築だけでなく、住人の暮らしぶりにも重点を置く。

▲ 3階では、ドローイングやスケッチを中心に紹介。

例えば、私たちの多くは普段どのくらいの水を使っているかを知らないが、鈴木さんはふたり暮らしで1日当たり焼酎のペットボトル10本分(約40リットル)を使っていると把握している。あるいは、バッテリーの火花の散り方で、あとどのくらいの時間テレビを見られるかもわかっている。自分の生活が量として可視化できているのだ。

坂口さんの分析によれば、鈴木さんにとって都市全体が壁のない家のようなものであり、自分の家は寝室というとらえ方だという。公園は水場で、銀シャリをくれる寿司屋は炊飯器、図書館は本棚というように。

本展では、坂口さんがこれまで調べてきた多様な「住まい方」の精細なスケッチや手記、写真などのほか、車輪で可動するモバイルハウスの実物や模型を展示する。どの作品もユーモアと驚きに満ちており、現代社会を縛る数々の制約の隙間で、したたかに生きるためのアイデアが満載だ。かといってサバイバルと呼ぶほどの重々しさはない。誰でも総工費0円で家はつくれ、何もかも所有しなくても人は十分豊かに暮らしていくことができるのだ、と教えてくれる。

▲モバイルハウス。3畳ほどの広さだが、天井が高く開口部が4面に設けてあるため広く感じられる。

▲ モバイルハウス内部。ベッドも備え付けてあり、人ひとり暮らす分にはこの程度で十分ではないかと思えてくる。

▲ 坂口さんが構想するモバイルハウス村の模型。

2011年、震災をきっかけに「国家とは何か」を問うようになり、同年5月に自ら「新政府」の初代内閣総理大臣に「就任」した。ツイッターのフォロワーが全員「大臣」である。もちろん既存の政府と戦うつもりなどない。一人ひとりに才能があり、役目があると考える坂口さんは「あなたは何大臣ですか」と呼びかけながら、知恵を結集し、新しい貨幣制度や都市計画を構想中だ。会場の4階では、「お金がなくても生きていける」国家のあり方を模索するプロセスも紹介されている。

▲会場4階では、2011年5月に樹立した「新政府」の構想を紹介。

▲ 新政府を樹立するきっかけとなった出来事の回想。

▲たくさんの疑問や事実を書き出し、線でつないでいくのが坂口さんの思考方法だ。

▲ 問いを重ねていくうちに、国とは何か、土地とは何か、といった疑問に取り組むことになった。

さらに、1月10日から24日までの2週間は、ワタリウム美術館から徒歩1分の民家を改装し、第二会場として「青山ゼロセンター」をオープン中だ。坂口さんは故郷の熊本で「ゼロセンター」と称する避難所を運営しているが、青山ではライブやトークイベントなどを展開するほか、「新政府」が掲げる「お金のかからない0円生活」を実践する場として機能させたいと考えているようだ。(文・写真/今村玲子)

▲ 「青山ゼロセンター」の外観。長らく空き家だった家を借り受け、改装して第二会場に。

▲ 「青山ゼロセンター」の内部。ライブなどが行われる予定だ。


「坂口恭平 新政府展」

会 期:2012年11月17日(土)〜2013年2月3日(日)

会 場:ワタリウム美術館

入館料:大人1,000円 学生800円(25歳以下)
    ペア券:大人 2人 1,600円/ 学生 2人 1,200円
    (会期中、何度も使えるパスポート制)




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。