vol.29
「クラッシュバゲッジ」

空港のチェックインカウンターでわざわざ係に頼み、アルミ製のリモワのスーツケースを傷つき防止のビニール袋に入れて預けている人を見たことがある。せっかくの高価な製品を傷物にしたくない気持ちはわからなくもないが、リモワを使ううえでのいちばんの楽しみを自ら奪っているようで、釈然としなかった。

とは言え、スーツケースの最初のダメージが気になるのは、いたしかたない部分もある。ヌメ革の鞄のエイジングと同じく、いくつかの傷が重なってランダムなパターンをなすまでは、ネガティブな印象ばかりが先立つからだ。

だが、それもあるレベルを超えれば気にならなくなり、新たな傷や凹みが、私物ならではの個性となる。さらにバゲッジクレームのカルーセルで探すときなどにある種の目印として機能し、すぐに区別がつくという副次的なメリットも出てくる。

これを逆手に取って、最初からひどい扱いを受けたような外装を与えられたスーツケースが、「クラッシュバゲッジ」(135ドル〜)だ。

壊れ物に付けられる「HANDLE WITH CARE(取り扱い注意)」のタグをもじって「HANDLE WITHOUT CARE(注意不要)」のキャッチコピーを持つこの製品は、4輪ラージ、4輪ミディアム、キャビン内持ち込み可能な4輪スモール、同4輪スモールの3サイズ、4モデル、6カラーで展開されるが、そのすべてがリアルな傷と凹みだらけ。これならば、空港スタッフにも心おきなく乱暴に扱ってもらえ、自分でも気にならない。

放り投げられたり、ぶつかったりしてできたかに思えるダメージは、実はリサイクル可能な樹脂を成形してつくられており、良く見れば、どれも同一パターンなので、厳密には世界を旅すれば同じ傷物に出会うこともあり得る。そうならないためには、ここからさらにどのような傷を付けるかのセンスが問われそうだが、少なくとも最初のダメージに一喜一憂しなくて済むわけだ。

ニューヨークなどでは盗難防止のために新品の高価な自転車に錆塗装を施したり、わざと破れたサドルを取り付けて乗っているライダーもいる。そして、そもそもジーンズはウォッシュ加工やダメージ加工されていない製品のほうが少数派だ。いつの日か、スーツケースもそうなる日が来ないと、誰が言い切れるだろうか?




大谷和利/テクノロジーライター、東京・原宿にあるセレクトショップ「AssistOn」のアドバイザーであり、自称路上写真家。デザイン、電子機器、自転車、写真に関する執筆のほか、商品企画のコンサルティングも行う。著書は『iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』『43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術:意外とマネできる!ビジネス極意』(以上、アスキー新書)、『Macintosh名機図鑑』『iPhoneカメラ200%活用術』(以上、エイ出版社)、『iPhoneカメラライフ』(BNN新社)、『iBooks Author 制作ハンドブック』(共著、インプレスジャパン)など。最新刊に『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社)がある。