vol.45 シトロエン
「C4カクタス」

自動車のデザインにはエモーショナルな要素も多く、一般的なプロダクトデザインとは一線を画している部分がある。そのため、機能に根ざした合理的なフォルムやディテールで構成されたクルマを、わざわざID的と評する雑誌も存在した。

そのようなエモーションを喚起し、製品に個性を与えるためにデザイナーが腐心する要素として、ウェストラインとキャラクターラインが挙げられる。前者は、エンジンフードからウィンドウの下端を結んで後部へと続く線の流れであり、後者は車体の側面にプレス加工された連続的または断続的な線を指す。

かつて、欧州車は、キャラクターラインを、曲率の異なる2つないしは3つの面が交差して生まれたエッジによって構成することが多く、日米の自動車では、1つの面に意図的なプレスラインを設ける表現が好まれた。

時が流れて2014年の今、世界の自動車のエクステリアデザインの主流は、いかにウェストラインに抑揚をつけ、恣意的なプレスラインを捻り出すかで競っているように見受けられる。

そのような状況のなか、フランスのシトロエンが今年のジュネーブ・モーターショーで量産型を発表した「C4カクタス」は、個人的に一服の清涼剤のように感じられた。
 
同社は、自動車史に残る2CVやDSのような名車を輩出しながらも、フォルクスワーゲンのニュービートルやBMWのミニ、フィアットの500(チンクチェント)などに見られるレトロモダン路線には与せず、あからさまに過去の引用を現代風にアレンジするようなデザイン戦略は採ってこなかった。代わりに、フォルムやディテールに過去からのヒントをちりばめつつも、新たな発想や価値観を世に問う方向性を選んできたと言える。

C4カクタスは、これからのシトロエンのデザイン言語の試金石となるべく開発されたモデルで、過度の抑揚を避けたスムーズなウェストラインと、空気によるクッション層を持つ衝撃吸収パネルのエアバンプを前後左右に持つボディは、他メーカーはもちろん、現行のどのシトロエンとも似ていない。

ただ、屋根が浮いているようにグラフィカルなデザイン処理をされたフローティングルーフを斜め後ろから見たときに、かつてのDS(ウィキメディア・コモンズからの参考写真)へのオマージュが込められているであろうことが、わずかに感じられる程度だ。

また、C4カクタスはインテリアデザインにも新機軸を打ち出し、革製の旅行用トランクをモチーフにした内装が与えられている。そして、助手席用のエアバッグを天井部分に内蔵することにより、収納スペースを確保したうえでフラットなダッシュボードを実現した。

一見すると、内外装ともに凝ったつくりに思えるが、同車のもう1つの大きな特徴として、同クラスの他車に比べて約200kgから300kgも軽い、1トンを切る驚異的な車重が挙げられる。それは、5ドアながらリアサイドウィンドウを巻き上げ式ではなくクーペのようなヒンジ付きの押し出し窓にしたり、後席の背もたれを左右分割ではない一括可倒式にするなど、装備のあり方を実際の使われ方に合わせて大胆に見直したことも大きく貢献している。

にもかかわらず、天井には断熱UVフィルター装備のグラスルーフが採用され、10色のボディカラーと4色のエアバンプ、そして3色のインテリアカラーの組み合わせが可能であるなど、乗る楽しみの部分は譲っていない。

そもそもカクタスとはサボテンのことだが、シトロエンは、このユニークな車名にも、必要最小限のリソースで逞しく働き、維持費や修理費も安く済む、新時代の自動車の価値観を反映させている。そして、価格もフランスで200万円弱からと、かなり思い切った設定がなされた。

ちなみに、C4カクタスは、専用のウェブサイト(*現在は閉鎖)のデザインやインタラクションのつくり込みも、とても興味深いものとなっている。こちらも併せてご覧いただきたい。




大谷和利/テクノロジーライター、東京・原宿にあるセレクトショップ「AssistOn」のアドバイザーであり、自称路上写真家。デザイン、電子機器、自転車、写真に関する執筆のほか、商品企画のコンサルティングも行う。著書は『iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』『43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術:意外とマネできる!ビジネス極意』(以上、アスキー新書)、『Macintosh名機図鑑』『iPhoneカメラ200%活用術』(以上、エイ出版社)、『iPhoneカメラライフ』(BNN新社)、『iBooks Author 制作ハンドブック』(共著、インプレスジャパン)など。最新刊に『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社)がある。