vol.8
「Design Incubators from Asia to the world」レポート(前編)

2月5日(木)、アクシスギャラリーで開かれたトークショー「Design Incubators from Asia to the world 新たな領域を切り拓くために」。その内容を前後編に分けてお届けします。

▲ スピーカーは写真左から、ジェラルンディン・ヨウ、岡田栄造、ヨウ・ピアチュー、パトリック・チア、太刀川英輔氏

文/高橋美礼

写真/広川智基


▲ シンガポール政府観光局北アジア局長ジェラルンディン・ヨウ氏

開始に先立ち、シンガポール政府観光局北アジア局長のジェラルンディン・ヨウ氏が挨拶を述べるとともに、「シンガポール・デザインウィークを前に、日本で本格的な対話の機会を持てることを嬉しく思います。これまでマニラ、上海、ジャカルタで同様のイベントを開いてきて、毎回、互いにひじょうに有益な場となりました。今後はシンガポールをアジアにおけるデザインハブとしてさらに成長させ、グローバルな企業を育てていきたい」と展望を語った。シンガポールの産業は今、デザインによって活性化され、新しい文化が育ちつつあるのだ。


デザインは国の政策

トークショーは3人のスピーカーによる各10分間のプレゼンテーションからスタート。まず、デザインシンガポール・カウンシルのディレクター、ヨウ・ピアチュー氏がデザインの状況について説明した。

▲ デザインシンガポール・カウンシルのディレクター、ヨウ・ピアチュー氏


「私たちが定義するデザインは大きく3つに分類できます。“イメージ”“場”“もの”。つまりデザインはあらゆるジャンルにまたがるものです。だからこそGDPに貢献できているのだと考えられます。例えば、2013年度はデザインセクションだけで50億シンガポールドル(約4,400億円)の生産高を記録し、6万2千人を超える雇用を創出、そのうち1万6千人がデザイナー。さらに、11のデザイン教育機関で4千人の若者が学び、1万のデザインファームが存在しています」。

この数字は、デザインがいかにシンガポールの産業促進に役立っているかを証明しているようだ。実際に多くの企業(IDEO、デル、フィリップス、ダイソン、エレクトロラックスなど)が拠点を構えているという点も見逃せない。


デザインシンガポール・カウンシルは、2003年に政策として誕生した機関だ。「経済的発展に貢献するため、そして一般市民の生活向上のため、なおかつデザイン産業以外の経済にも波及する力が求められています」とヨウ・ピアチュー氏。他の公共機関と協力し、より効果的なアウトリーチ活動を展開してきたのもそのためだ。

2006年にはプレジデント・デザイン・アワードを創設し、「デザイナー&デザイン・オブ・ザ・イヤー」を現在までに76点授与。2013年には日本のグッドデザイン賞を参考にしたアワードも立ち上げ、カウンシルはその運営にも助成金で支援する。すべてはシンガポールから知的財産を生み出すための施策。「デザインシンキングの活用をレクチャーし、一般に用いる健康保険証や病院内でのプログラムなど、公共サービスの改善にも力を入れています」と話した。


本拠地として構えた「ナショナル・デザイン・センター」は、デザインを誰にでもアクセス可能な親しみやすいものにするための場所でもある。さまざまなイベントを行っており、2014年に初めて開催した「シンガポール・デザインウィーク」には9万6千人が訪れた。

デザインウィークは3月に2度目の開催を予定する。英国をパートナーカントリーに迎え、ディレクターを務めるのはデザイナーのトマス・ヘザウィック氏。シンガポールの建国50周年を祝い、半世紀にわたる軌跡をわかりやすく紹介する企画もあり、シンガポールデザインの全体像を知るきっかけになりそうだ。


異分野を結びつけるワークショップ

次に登場したのは、シンガポール国立大学デザインインキュベーションセンターでディレクターを務めるパトリック・チア氏。

▲ 自ら事務所Squeeze Designも主宰するパトリック・チア氏


デザイナーとしてキャリアをスタートし、2002年には日本のTime & Styleから製品を発表した。この作品について「見た目は心地よさそう、でも15分も座ると疲れてしまう椅子のように、スカルプチャー的要素が強い。家具のフリをしているけれど、家ではアートピースになるんです」と分析するように、単なるプロダクトやグラフィックのデザインというよりも、空間や人との関わりを中心にした作品が多い。

近年は、アーティストやキュレーターとしていくつものプロジェクトを進めている。4月にはミラノ・トリエンナーレ・デザインミュージアムで自国の若手デザイナーを紹介する特別展を行う計画だ。

シンガポール国立大学が掲げる目標は、「デザインの可能性を広げること。そのためにワークショップ形式を活用しています。1つの出発点から社会的なプロジェクトに展開することもあれば、プロダクトを完成させることもあります」。


ロボティックワークショップから生まれた「Roly Poly」もその1つ。卵型のオブジェで、触れると別の場所で同じように触っている人の動きを感じられる。プロトタイプで発表したところ、欲しいという人が続出したそうだ。遠く離れた人に思いを馳せる感情は誰にも共通し、ワークショップではその感覚を引き出すアイデアを提示すればいい。チア氏はこうしたワークショップを通じて、「デザイナーがきっかけを差し出すと、ユーザーが答えを導いてくれる」ことを実感したという。

今後も積極的にワークショップを展開していく予定だ。「デザイナーだけでなく、誰もがデザインに近づいてくれるように後押しするのが僕の役目。若者と高齢者を結ぶボランティアの仕組みを考えたり、うつ病患者には脳の活性化を促すためにものづくりを体験してもらったり。デザインシンキングはあらゆる場面で活用できます」。チア氏の考えは学内で完結するのではなく、シンガポールが進めるデザイン振興と合致して、さらに強い影響力を持ちそうだ。(後編に続く)


●本シリーズは「シンガポールデザインレポート」からご覧いただけます。