第5回
「生活の中から生まれるデザイン、デザイナー 小野里奈」

▲ ペットボトルや空き瓶にかぶせて使う「かみのかびん 延筒」。使用しないときは、小さく折り畳んでしまっておける。

小野里奈氏のデザインした製品を見たときに、リアリティを感じた。それは生活者としての視点が、デザインに生きているからだとわかった。

▲ 小野氏の自宅兼仕事場にて。背面の食器棚が「Ko-ko」。テーブルの上に並んでいるのが、新作の「瑞々」。

例えば、山室木工との共同開発による「Ko-ko(ココ)」シリーズ。2011年にスタートし、食器棚をはじめ、ゴミ箱の収納やミニデスクとしても利用できるストッカーなどがあり、今も少しずつアイテム数を増やしている。

山室木工は、家具の産地として知られる北海道旭川市にある。創業以来、道産の良質なミズナラの無垢材を使用。収縮する木の特性と永く使えることを考え、基本的にクギは使用しない。方形の大枠をつくってから板をはめ込んでいく、昔ながらの「かまち組構造」という手法で製作する。その丁寧な手仕事によってつくられた家具は、美しさはもとより、強度や耐久性にも定評がある。

小野氏夫妻も、家族も、美味しい物を食べることが好きだという。祖母や母から譲り受けた物を含めて、たくさんの食器を所有する。そのため、これまで使っていた食器棚は電子レンジが載せられるほどの奥行きのある大きなものだった。7年前に夫婦で山形から移り住んだ、東京の最初のマンションの部屋はとても狭く、その食器棚がかなりのスペースを占めていたそうだ。

「たくさん入るので、ついお皿を積み重ねて入れてしまって。そうすると、奥にあるものを取り出すのが大変になって、いつも苦労していました」と、当時を振り返る小野氏。

▲前面のガラス戸を持ち上げて、中に収納できる。扉一枚分の厚みですむので、奥行きを薄くすることができた。

食器棚は、引き戸や観音開きのものが多い。けれども、引き戸は扉2枚分の厚みを要し、観音開きのものは開け放しにしておくと扉が邪魔になる。そこで思い浮かんだのが、古くからヨーロッパでシャツケースや本棚として利用されているキャビネットだった。前面のガラス戸は跳ね上げ式で、スライドさせて中へ納めることができる。

その構造をもとにデザインを考え、奥行きは36.5センチと薄くした。器をたくさん積み重ねてしまわないように、棚の高さは最大でも18センチに。棚は盆替わりに持ち運びができるという、機能性も持たせた。

「跳ね上げ式の利点は、もう1つあるんです」と小野氏。「ときどき、開け放したままにして、漆器や陶器に風を通してあげられるということです」。全開にしたときにも美しく見えるように、棚のレールは樹脂や金属ではなく木製にして、ガラス戸をスライドさせるための金属のダボも隠れるように細部にも心を配った。

▲ 夫婦がふだん書類入れとして使用する、餅箱のような特注の木製箱をもとに「Ko-ko」に応用した。

小野氏のデザインは、幼少時代の体験も多分に影響しているようだ。生まれは宮城県仙台市。1人っ子だが、1つの敷地内に祖母や親戚の家が数軒並び、従兄弟が7人もいる大家族の中で暮らした。夏は川で泳ぎ、冬は雪山をソリで滑るなどして遊んだ。共用の庭には、叔父お手製のぶら下がって遊べるロープの付いたタイヤなどがあり、自然の中で活発に過ごした。

「田舎で何もないので、みんな自分で編み出すという考えが身に付いたと思います。私もぬいぐるみの家をダンボールでつくったり、おままごと用のコップをアルミホイルでつくったりしていました」。今、デザインを考えるときも、スケッチを描くこともあれば、紙とハサミを手に工作しながら構想を練っていくことも多いそうだ。

▲ 立ち上げたときの形状も考えてデザインされている。写真のダリアのほか、ローズやスクエア、ワインボトルも入れられるオーバルなどがある。

富山デザインウエーブでは、毎年、富山の素材を使って作品づくりを行う「ガラスとメタルのワークショップ」を開催している。小野氏が2007年に参加したときに制作した「KAGO」も、ハサミで紙を切っているうちに思い浮かんだものだった。「私はメタルのワークショップに参加して、アルミや真鍮といった金属の中から『錫』を選びました。柔らかくて曲げることができて、元の形に戻せる。その素材の性質を生かした物が何かつくれないかと手を動かしているうちにできたのが、昔よくつくっていた七夕飾りでした」。

仙台では、毎年8月6日から8日の3日間、伊達政宗公の時代から続く伝統行事「仙台七夕祭り」が街をあげて盛大に行われる。市内各所には、短冊、紙衣、折鶴など7種類の七夕飾りに彩られ、大きなくす玉の付いた吹き流しが吊り下げられる。

小野氏が何となくつくったというのは、豊漁を祈願する「投網」と呼ばれる七夕飾りだった。長方形の紙に互い違いに切り込みを入れて伸ばすと、まさに漁師の投網のような形になる。さらに厚紙でつくってみたところ自立し、なかに果物などを入れられることに気づく。そして、その構造をもとにデザインを考案。展示の場で富山県高岡市の鋳物メーカー、能作の社長の目に留って製品化が決まった。

▲モダンでありながら、どこか懐かしさも感じられる「瑞々」シリーズ。焼成の違いによって、青みがかった白色と飴色のような2種の色ができる。Photo by Yasuko Okamura

最新作は、今夏に発表した磁器シリーズ「瑞々(みずみず)」。ろくろ成形による同心円形の物を得意とする小田陶器と、鋳込み成形による変形物や袋物が得意な深山という、異なる技術を持った岐阜県瑞浪市の2つのメーカーが共同開発したブランドである。2社の窯の温度が異なるため、同じ色味に仕上げるのも難しかったという。試作品が完成した後も、さまざまな料理を入れて入念に検討。最終的に素材のみずみずしさが映え、和洋どちらにも合う2種の色彩に決定した。

そして、煮汁が流れ出ないように縁を少し立ち上がらせた皿や、冷蔵庫の奥行きのサイズに合わせた細長い器など。シンプルで、永く使い続けられる器というコンセプトのもと、日常で使いやすい工夫もさまざま考えられた多彩なラインナップの器が完成した。

▲ 卵の殻のように薄くて軽い、高橋工芸の「Cara」シリーズ。北海道産のシナの木をろくろで1つ1つ丁寧に挽いてつくられている。

大学を卒業後、小野氏は建築とプロダクトのどちらの道に進むか迷ったという。その後、設計事務所に勤めたりもしたが、最終的にプロダクトに決めた。

「プロダクトデザイナーは、自分でデザインしたものを生活の中で使えるのが醍醐味だと思ったからです。その分、問題点がダイレクトに自分に跳ね返ってくる厳しさもありますけれど。デザインのアイデアは、生活している中から生まれてくるもの。仕事だけに没頭して生活をないがしろにしてしまうと、私は枯れてしまうと思います(笑)。ですから、まず日常の生活を大切にしたいと思っています」。

大家族の中でもまれながら、毎日が楽しくなるように工夫を凝らして暮らしてきた。小野氏の製品には、そんな子どもの頃に養われた発想力と、日常をつぶさに観察する生活者としての視点が息づいている。使い込むほどに、暮らしにさりげなく寄り添う優しさが魅力となって伝わってくるだろう。(インタビュー・文/浦川愛亜)


◎小野氏の関わる主なプロジェクト

林工芸(「かみのかびん 延筒」や日傘、照明など)http://www.fores.co.jp

山室木工(Ko-koシリーズ)http://yamamuro-mokkou.co.jp

能作(KAGOシリーズ)http://www.nousaku.co.jp

小田陶器株式会社(瑞々シリーズ)http://www.oda-pottery.co.jp

株式会社深山(瑞々シリーズ)http://www.miyama-web.co.jp

高橋工芸(Caraシリーズ)http://takahashikougei.com


◎「瑞々」販売のお知らせ
松屋銀座本店で開催される「銀座・手仕事直売所」にて販売。
会 期:9月9日(水)~14日(月)(最終日17時30分閉場)
場 所:8階 大催事場
http://www.matsuya.com


小野里奈/デザイナー。rinao design主宰。宮城県生まれ。1997年東北芸術工科大学デザイン工学部生産デザイン学科卒業後、設計事務所勤務などを経て、2001年東北芸術工科大学芸術工学研究科修了。デザイン工学修士。同年スウェーデン国立芸術工芸デザイン大学に交換留学。02年から東北芸術工科大学デザイン工学部プロダクトデザイン学科助手を勤め、07年秋よりフリーで活動を行う。「かみのかびん 延筒」は13年グッドデザイン賞を受賞するなど、受賞多数。http://www.rinao.jp