vol.68
「ペーパーボート」

先日、2度目のインド訪問から帰国して、1度目以上に思いを強くしたのは、自分も含めて日本人のインド観があまりにもステレオタイプで、現在の同国の真の姿を知らなさすぎるということだ。

アップルもiPhoneセールスの比重を中国からインドへシフトしていくことを打ち出したように、今後、同国民の所得の増加とミドルクラスの拡大が、市場として大きな可能性を持っていくことは確実な状況にある。また、モディ首相率いる現政権は、「メイク・イン・インディア」イニシアチブの下で中国から製造ビジネスの主導権を奪取することすら視野に入れている。

そこで筆者は、jiku誌上において、デザイン分野を中心にインドの最新のダイナミズムを紹介していく短期的な連載を予定しているが、この「気ニナルデザイン」でも、そのプロローグ的にインドのソフトドリンクにまつわる話題を取り上げることにした。

そのドリンクとは、ペーパーボート(http://www.paperboatdrinks.com)。シンボルマークも紙の船なのだが、なぜそれをブランド名にしたのか? というのが、最初に浮かんだ疑問だった。

たまたま近くにいた地元の若者に訊いてみると、このドリンクはインド人の郷愁に訴えかけるものだという。なるほど、パッケージにも”drinks and memories”と書かれていて、内容を示すグラフィックスも、伝統的な果物やフレーバーティーをイメージしたものばかり。子どもの頃に親しんだであろうそれらの飲み物の記憶を呼び覚ますシンボルとして採用されたのが、ペーパーボートの名前とイラストだったというわけだ。

パウチの上端に飲み口をつけ、飲み干した後は小さくたたんで捨てられる容器は、他のペットボトルやブリックパックが並ぶショップのショーケース内でも目立つ存在で、そのフォルムやカラーリングの点でも差別化に成功している。

たまたまクルマの渋滞中に見かけたデリバリーの車両も、カウンターを意識した凝った意匠が施され、徹底したデザイン戦略が感じられた。

さらに、同社のFacebookページでは、愛飲者からの子どもの頃の思い出エピソードを募集しており、テレビCMも、20~30代の、まさにミドルクラスの男女が、ペーパーボートを飲みながら、ひととき、それぞれの子ども時代の飲み物を思い出しては我に返るというノスタルジックなストーリー仕立てでまとめられている。

肝心の味は? というと、ほとんどの製品にクミンやジンジャーなどの成分が入っていて、日本人からすると、ややスパイシーすぎるとも感じられるほどだ。しかし、だからこそ、外国企業が展開する画一化したテイストの飲料の中で、独自のポジションを築くことができたのだろう。

筆者も、当初は、喉の渇きを癒すつもりが、かえって水が欲しくなるような味付けに驚いたものだが、帰国してしばらく経ってみると、その個性的な味わいを懐かしむ気持ちがジワジワと湧いてきているのである。