歴史の中に埋もれた声を集める、
「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」

東京・六本木の森美術館で「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」が開催中だ。

▲ ナイル・ケティング「マグニチュード」(2016年)より

六本木クロッシングは日本の現代アートシーンを総覧する展覧会で、3年ごとに開催されて今年で5回目。今回は日本、韓国、台湾のキュレーターに選ばれた20組のアーティストが参加し、独自のリサーチを通じて歴史や身体、性、風景といった新しいイメージの構築に取り組んでいる。

「今回の大事なテーマの1つは、歴史を振り返ること」と共同企画者のひとりである荒木夏実氏(森美術館キュレーター)。「新たな視点で歴史をもう一度見てみることによって、それまで聞こえていなかった声を集めていく。そのようなアーティストたちの作品を通して、身体のあり方、自身と世界の新たな関係を探るのが展覧会の骨子です」。明確にカテゴライズされているわけではないが、<身体とアイデンティティ><歴史と出会う><語られなかった物語><モノと身体><科学と身体>といったキーワードで眺めると作品の方向性が見えてくるという。

例えば<語られなかった物語>では、ナイル・ケティング「マグニチュード」、高山 明「バベル」が挙げられる。ケティング氏はエネルギー、特に電力をキーワードに歴史や現状をリサーチ。電球を発明したエジソンが、当時、魔法使いのようなビジュアルで新聞に掲載された事実をもとに、近代科学が発展する過程でそれをどのように神話化して民衆に伝えたのか、科学とファンタジーを結びつけるような映像作品を展開する。エジソンと同じようにさまざまな電球を発明しながら、実用化されず歴史に埋もれてしまった科学者たちにも光を当てている。

▲ ナイル・ケティング「マグニチュード」(2016年)より
映像の周囲にはプラズマや電球の作品などを配し、電力というテクノロジーが宗教や神話のイメージと重ねられている


また、高山氏の「バベル」は、2020年東京オリンピック関連の建設予定地に建つ、日本在住の外国人労働者たちが自国の神話、都市やモニュメントにまつわる伝説を語り、その壁の反対側では1964年東京オリンピックの建設に関わった日本の鳶職人と元出稼ぎ労働者が当時を語っているという映像作品。それぞれの言語で、それぞれの神話を一方的に語る様子は、まさに旧約聖書に登場する実現不可能な塔「バベル」の話のようだ。

▲ 高山 明「バベル」(2016年)
高山氏は日本におけるアジア人コミュニティをテーマに演劇や美術作品を展開している


<モノと身体>では、ありふれた日用品(ジャンク)を素材に、電気や光といった要素が加わることで、動きや音が生まれるインスタレーション「From A」が即興的な音楽のようで興味深い。これは作家が金属看板の「A」を拾ったことから着想され、モノとモノの偶然の出会いによってさまざまな現象が起きていく作品だ。常に変化する環境に対して、ひじょうに繊細な反応を見せる様子は、モノと世界の関係、あるいは、モノと人間の関係について問いかけてくる。

▲ 毛利悠子「From A」(2015~2016年)


最後に<科学と身体>として、MITメディアラボ研究員の長谷川愛氏による「(不)可能な子供」プロジェクトが、鑑賞者に議論を促すかたちで本展のラストを飾る。iPS細胞の研究によって「将来、同性カップルによる実子が生まれるかもしれない」という想定の下、実際の同性カップルの協力を得て作品化したものだ。カップルの遺伝子を分析して誕生するかもしれない子供たちの姿をビジュアル化。あわせて科学者やLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)当事者らへのインタビュー映像や賛否の意見も紹介されている。

▲ 長谷川愛「(不)可能な子供:2015年の受胎告知」(2015~2016年)


科学技術やコミュニケーション手段の発展は不可能を可能にし、人間の身体感覚や思考も変えてきた。一方で発展のスピードがあまりにも速く、本来なされるべき議論を置き去りにしてきたという経緯もある。そうした問題意識に基づき、緻密なリサーチやヒアリングを重ねたうえで制作された作品が多いことも今回の特徴といえるだろう。歴史や既存の価値観を問い直すことで、それが現代を映し出す鏡にもなっている。(文・写真/今村玲子)


「六本木クロッシング2016年:僕の身体、あなたの声」

会 期 2016年3月26日(土)~7月10日(日)*会期中無休

会 場 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)

詳 細 http://www.mori.art.museum



今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。