REPORT | グラフィック
2016.04.05 18:12
とにかく笑いっぱなしの90分間だった。3月上旬、SHIBAURA HOUSE(東京・芝浦)で開催されたオランダのクリエイティブエージェンシー「ケッセルスクラマー(KesselsKramer)」の共同設立者、エリック・ケッセルス(Erik Kessels)氏の講演のことである。
会場では、氏の手がけた広告や映像がスクリーンに映し出されるたびに爆笑が起きた。「よいアイデアには境界がないのです」と言うように、その可笑しさには言葉や文化の違いなど関係ない。広告に限らず、プロダクトや建築において完璧さやスマートさが求められるのは、オランダでも日本でも同じだ。しかし「クリエイティブな活動において真面目すぎることは問題だ。間違いと混乱にこそ発想のヒントがある」とケッセルス氏。では、一見風変わりなアプローチで人々をハッピーなムードに巻き込んでしまうデザインのエッセンスを見ていこう。
▲ エリック・ケッセルス/アーティスト、デザイナー、キュレーター。1966年生まれ。96年にクリエイティブエージェンシー「ケッセルスクラマー」をアムステルダムに設立、クリエイティブディレクターとしてナイキ、ディーゼル、ヴィトラ、J&Bウイスキー、オックスファム、シチズンMホテル、ハンス・ ブリンカー・バジェットホテルといったクライアントを持つ。またアーティストとして写真集の出版や展覧会のキュレーションを多数手がけ、2010年にはAmsterdam Prize of the Arts、15年にDeutsche Borse Photography Prizeを受賞するなど、オランダで最も影響力のあるクリエイターのひとりとして知られる。http://www.kesselskramer.com
「少なくとも1日1回はバカらしいことをしてみよう」
ケッセルス氏がパートナーとともにクリエイティブエージェンシーのケッセルスクラマーを設立したのは20年前のこと。それ以前はふたりで別の会社に勤めていたが、「自分たちのバカげたところをさらすことが大事では」と“チキンスーツ”に身を包んで会議に臨んだところ2日後に解雇された。「バカげたことをやってクビになるのなら、クビにならないように起業したのがはじまりでした」。
▲“チキンスーツ”に身を包む共同設立者
▲ ケッセルスクラマー設立時の写真。ケッセルス氏(左)とパートナー
以下、画像すべて©Erik Kessels / KesselsKramer
▲ ケッセルスクラマーのオフィスは旧い教会をリノベーションしたもの。教会をオフィスにするメリットは「お母さんに毎日教会に行って来ると言えること」
初期のクライアントは安さがウリのバジェットホテル「HANS BRINKER」だった。ある日「なんでもいいから助けてくれ。これ以上客からクレームが来るのは耐えられない」と悲痛な声で訴えられ、ケッセルス氏が実際に行ってみると確かに「我が人生においても稀に見る悪夢のようなホテル」だったそうだ。「広告は会社や商品のよいところを見つけて伝えることですが、必死に探してもよいところが1つもない。むしろマイナスの要素しかない。普通の広告を全く打てない。打ったら嘘になるからです。ならば徹底的に正直になることにしました」。
▲「部屋にはベッドがあります」(HANS BRINKERの広告)
キャッチコピーは「部屋にはドアがあります」。「ベッドがあります」「窓がありません」「犬の糞もあります」(※アムステルダムの路上にはたくさん落ちている)とひたすら事実を伝えた。アメニティが何もないので、シャンプーやドライヤーなどの絵を印刷した紙を用意し、宿泊客がハサミで切り取って“本来あるべき場所”に置けるようにした。ほかにも電球が切れている看板や壊れて水の出ないシャワーを「エコフレンドリーな取り組み」と表現するなど、「反広告的な行為」を次々と展開し、調子に乗れば乗るほど人々が面白がって宿泊客が増えた。
▲ 必要なアメニティを切り取って設置できる印刷物
▲ このホテルに宿泊した人のビフォー・アフター
「それを嫌いな人がいないとしたら、それを好きな人もいない」
バジェットホテルの成功を受け、ケッセルスクラマーは物議をかもすような広告を次々と手がけていった。靴メーカーの広告では片足のモデルを採用し、ファッションブランドの広告ではアンチエイジング志向への皮肉としてモデルが尿を飲むビジュアルを打ち出した。ほかにも移民や格差の問題など、普通の広告が敬遠するようなテーマを積極的に取り上げた。当然議論が起き、クレームも寄せられる。しかしケッセルス氏は、「クリエイティブな活動においては極端なことをやるべき」と言い切る。「つくったものに対して“嫌いだ”と言われたら、逆にそれが“大好きだ”という人が現れます。中間的なものをつくっても誰も何も言ってくれません」。
▲ 靴メーカーの広告
▲ ファッションブランドの広告
▲ 携帯電話会社の広告。高齢者と移民も重要なターゲットであることを伝えている
「いいアイデアには境界がない」
続いてケッセルス氏が「いいアイデアとは民主的なので、自分が関わっている領域だけでなく、ほかのことにも展開できる場合がある」として紹介したのが、以下のようなユニークなプロジェクトの数々である。
「レッドストライプというジャマイカビールの広告では、ロンドンにあるグローサリーの店内を改装しました。見た目は変わらないのですが、客が冷蔵ケースのレッドストライプを手に取ると仕掛けが作動して音楽が鳴り出すという“ドッキリ”をつくったのです。みんなが驚く様子を撮影し、ネット上に動画を公開しました」。
「切手をデザインする仕事では、オランダの有名な映画監督を起用して1秒間の映画を制作してもらい、特殊な印刷の切手に収めました。オランダ映画祭のプレミア上映会としてお披露目したのですが、1秒で終わったのでみんな怒りました。その後ワインなどを飲ませてなだめました」。
「これはクンストハル美術館から『鑑賞者と作品を近づけるために何かしてほしい』と依頼された事例です。通常、美術館の来場者は1作品あたり7、8秒くらいで通り過ぎていきます。逆にスポーツクラブに行く人はランニングマシンで走りながら、20分以上もテレビを見ている。そこで絵画作品の前にランニングマシンを設置して、走りながら20分間じっくり鑑賞できる環境をつくりました」。
「趣味を生かそう」
「世の中はイメージ(写真)で溢れています。現代人が触れるイメージの数たるや、18世紀の人間が対面したものとは比べものにならないでしょう」。そう語るケッセルス氏はインターネット上にあるさまざまな“ミステイク(間違い、誤解)”を発掘することが大好きだという。特に建築や構造物に見られる明らかな設計ミスの写真を好んで集めている。
▲ フリッカーに特定の24時間でアップロードされた画像、約95万枚をすべて出力したインスタレーション
例えば、左右の画像を逆に貼った看板、どうしても駐車することのできないパーキング、プライバシーのなさすぎるトイレ、出入り口のないバルコニー、墓石の隣に置かれたゴミ箱など……。「通常、間違いを犯さないようにするのがクリエイティブな行為とされますね。しかし、ここでは本来退屈なものが面白くチャレンジングなものに見えてきます。なぜか。そこにクリエイティブのヒントがあるのです」。
「仕事とはつまらないものです」とケッセルス氏。「25年間デザインをやっていますが、業界全体が完璧さを求めるようになり、クリエイターもそれに近づける作業になってきている。だから家に帰るともっと情熱的なことに没頭するのです」。
そんなケッセルス氏自身の趣味は、フリーマーケットで知らない家族のアルバムを買い集めることだ。「スナップのなかには、時々レンズにストラップが引っかかったまま撮影したり、何もない部屋をひたすら撮り続けているようなものまであります。人間の無作為な振る舞いによって逆に味が出ている。そうしたものを集めた写真展を開催しました」。
▲ ケッセルス氏が集める家族アルバム
講演の最後に紹介したのは、米国・フロリダに暮らす女性バレリーの写真集である。夫のフレッドが長年妻のポートレートを撮りためてきたものだが、どの写真にも共通しているのはバレリーが必ずプールや噴水、海など「水の中にいる」ということだ。水着のときもあれば、正装してバッグを携えていることもある。水と戯れる妻を撮影するという夫婦の情熱的な取り組みに、ケッセルス氏は強く興味を抱いたのである。氏は夫妻に連絡を取って写真集を出版したうえ、スイスの写真フェスティバルにも出品した。「でき上がった写真集を送ったところ、フレッドはまたバレリーの写真を撮りました。もちろんバレリーがその本を持って水の中にいる写真でした」。
▲ フレッドとバレリーの写真集より
「時にはクライアントにノーと言ったほうがいい」
質疑応答では広告業界に勤める聴講者から「クライアントワークを受けるとき、現場としてはケッセルス氏のような面白いアイデアをぜひやってみたい。しかし、先方のCEOがリスクを取りたくないと考えている場合はどのように説得するか」という質問があり、ケッセルス氏は次のように答えた。
「それはよく聞かれます。私が思うに、お互いにコミュニケーションをとることが大事だと思います。自分のアイデアを相手にうまく伝える、そのためにはクライアントとのよい関係性を築くことです。可能であれば友人同士と言えるくらいまで。バジェットホテルのときもそうでした。CEOはオープンな人でしたが、それでも本当の信頼を得るためにゆっくり関係を築いていきました」。
さらにこう付け加えた。
「広告業は妥協することが多い仕事ですが、場合によってはクライアントに対してノーと言うことも大切です。私の場合は仕事をしていくうえで自分がエンジョイできることが最も重要なので、どうしてもやりたくない場合はノーと言います。それによって、大きな取引先を失うことになるかもしれません。しかし、そうしていかないと会社の根っこにある部分がブレてしまう。なんでもイエスではないと思います」。
ジョークを散りばめた軽妙な語り口で終始笑いに包まれた時間のなか、印象に残る言葉がいくつも飛び出した今回のレクチャー。聴講者のなかにはクリエイターも多く、特に真面目と言われる日本人にとっては刺激的で新鮮な内容だったのではないだろうか。また氏の話は仕事に限らず、世の中の事象をユーモラスにとらえて失敗や誤りを愛するという、人生そのものを楽しく生きるためのヒントにもなりそうだ。(文/今村玲子)
今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。