究極の
「動きのデザイン」を目指して、スガツネ工業
「モーション デザインテック」

スガツネ工業は、昭和5年(1930年)に東京・東神田で創業した金物メーカー。家具や建築にとどまらず、産業機器や電子通信機器に向けたさまざまな機能を持つ蝶番・ステーといった金物を提供している。2009年からは、それら金物の「動き」に焦点を当てた製品を「モーション デザインテック」ブランドとして打ち出している。その研究開発部門である「モーション デザインテック・ラボ」の石ヶ谷和征氏と、広報の兼子礼比古氏に「動きのデザイン」について聞いた。

▲千葉工場開発部の石ヶ谷和征氏(右)と、広報部の兼子礼比古氏。

「動き」に付加価値がある

「モーション デザインテック・ラボ」とはどのような部署ですか。

石ヶ谷 ラボは1998年に千葉工場内に設立され、当時は「テクニカルセンター」という名称で製品全般の開発を担っていました。2012年に現社長の菅佐原純がモーションデザイン(動きのデザイン)を前面に押し出していこうと旗を振り、「モーション デザインテック・ラボ」に名称を変更。現在は35名のメンバーで研究開発を行っています。

80年代からグッドデザイン賞に応募するなど、業界の中で早くからデザインを意識したものづくりを続けています。モーション デザインテックをスタートした背景にはどんな狙いがあったのでしょう。

兼子 1987年に動きをソフトにコントロールするダンパー機構「ラプコン」を開発し、ステーやドアクローザーなどの製品を数多く展開してきました。一方、任意の位置でピタッと止めるトルクヒンジや、重い扉でも軽く持ち上げられるパワーアシストステーなど、特長的な動きを持つ製品を増やしていくにつれ、これらを包括するコンセプトを打ち出していきたいと考えるようになりました。
 当社製品のような金物は、家具や空間を構成する一要素であり、全体のデザインのなかで「縁の下の力持ち」に徹することが求められます。そのため、特長である「動きの良さ」を十分に伝えきれていなかった。例えば、ソフトな動きが静かな環境をつくり出し、結果として高級感の演出につながる。こういった付加価値があることを知ってもらうためにブランディングしなおし、モーション デザインテックとして打ち出したというわけです。

石ヶ谷 私は機械工学の出身ですし、ラボは工学系の人間の集まりです。正直に言うと、10年前はデザインのことよりも機能を満たすためのメカのほうを重視して設計していた感があります。しかしモーション デザインテックが始まり、海外の家具見本市の視察やお客様の声を直接聞く機会が増え、デザインに対する考え方が変わっていきました。数値では測りきれない、人間の感覚を大事にするようになっていったのです。

ラボではどのように研究開発を進めていくのですか。

石ヶ谷 まず、5つの動き――ソフトモーション、フリーストップモーション、パワーアシストモーション、クリックモーション、ユニークモーション――に着目しています。それらの動きごとにチームがあって該当する製品を担当しますが、2つの動きを組み合わせるような場合には、チームを横串にして取り組むこともあります。クライアントの要望に応えるべく開発するときもあれば、社内提案としてプロトタイプに落とし込むときもある。後者は年に1回クライントや市場のニーズをまとめる機会があり、「来年度はこれをやろう」という具合にアイデアを出し合って開発を進めます。現在は、2019年までに30アイテムを出す目標で取り組んでいます。

モーション デザインテックならではの動きのデザイン

「動きのデザイン」について紹介してもらえますか。

石ヶ谷 例えば、開閉時の扉や蓋がどの角度でも止まる「フリーストップモーション」は、トルクヒンジと呼ばれる摩擦を利用した機構です。扉を任意の位置で止めるために、単純にパワーを強くすればいいというわけではありません。力の弱い人が動かせなくなるからです。また、扉を止めると少し戻りがあるような、スプリングバックという不快な動きを極力なくすことも、私たちの腕の見せどころです。


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兼子 「パワーアシストモーション」は、10kgを超えるような重い扉・蓋でも軽々と開閉することができます。同じ機能ならば自動車にも使われる「ガススプリング」という機構がありますが、使っているうちにガスが抜けていき、アシスト力が弱くなっていきます。当社のパワーアシストはガスを使わずメカのみなので、ガス抜けの心配もなく、よりコンパクトな製品に仕上げられるのがメリットです。内部スペースが広く取れ、見た目も目立たないので、医療関係や化学分野の分析器などで使われています。


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石ヶ谷 「ユニークモーション」もスガツネ工業ならではの動きのデザインと言えますね。リンク機構を使った面白い動きをするヒンジです。リンク機構とは、複数の節(せつ)をリンクさせて軸を移動させながら複雑な動きをつくり出す仕組みのこと。軸が移動することでヒンジは隠れ、扉と筐体がぶつからないようにコントロールすることができるのです。
 例えば、扉に厚みがあって筐体も複雑な形の場合や、筐体と並行に扉を動かしたいとき、周囲に十分なスペースがなく扉の軌跡を小さくしたい場合に有効です。
 この開発では、最初アイデアに基づいて頭の中で設計し、最初の軸を決めた後は、求める動きをCAD上でシミュレーションしていきました。現在は3DCADを使って3Dプリンターでプロトタイプをつくり検討するため、こうした複雑な動きの開発もスピーディですね。


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千葉工場内にラボがあることも強みですね。

石ヶ谷 工場の中に開発部門があるのは珍しいと思います。われわれの仕事は、最終的に量産品を生み出すことです。生産部隊とのチームワークによって最初から量産や品質に目を向けることができますし、部品を安価で良いものにするためには購買部門の力が役立ちます。高品質を保つためにも環境はすごく大事だと思います。

「動きのデザイナー」の視点

現在はどんな開発に取り組んでいるのでしょう。

石ヶ谷 例えば、耐荷重をより大きくしたパワーアシストにソフトモーションの動きを足すなど、いくつかの動きを融合させた製品を開発しており、大型ショーケースのガラス扉などに使用されています。いろいろな技術を組み合わせて、複雑な機構をいかにコンパクトにまとめていくかにこだわっているところです。
 また、新しい動きの構造をつくり出すこともあります。例えばソフトクローズのメカは、圧力がかかりすぎると部品が壊れることがあります。そこでパワーを逃す構造を考えたり、ユニークモーションのリンク機構では金属が摩耗しないようなメカを組み込むといったことを行っています。素材自体を見直して、より高級感のある動きを研究することもありますね。

「高級感のある動き」とは。

石ヶ谷 滑らかさです。ノートパソコンでも蓋を開けて手を離したら、なるべく跳ね返らずにその場で止まってほしいじゃないですか。究極のことを言えば、触っている間は抵抗を感じなくなるような動きが理想です。

「動きのデザイナー」として日常的に気にしている動きはありますか。

石ヶ谷 全部気になりますが、特にクルマのドアを開け閉めしたときの感じなどは注意して見ますね。自宅の扉がときどき突風でバタンと閉まることがあって、「なんとかしたいなあ」と気になっています(笑)。

今後、つくってみたいものを教えてください。

石ヶ谷 今後は屋外用の製品をやっていきたい。屋外で使おうとすると、雨やホコリによって動きの感触が失われるので、一気にハードルが上がるんです。そうした環境でも安心して使えるような製品をつくっていきたいと考えています。(インタビュー・文/今村玲子)

▲東京ショールーム6階のモーション デザインテック・コーナーより。

「モーション デザインテック」ウェブサイト
https://www.sugatsune.co.jp/motion/concept/

スガツネ工業株式会社
http://www.sugatsune.co.jp