セイコーウオッチ シリーズ広告
「着けた人が輝くために」/後半
「腕劇場編」

AXISでは、セイコーウオッチのデザイン部門が手がけるシリーズ広告を1年にわたって掲載しました。前半「リフレクション編」と後半「腕劇場編」の2シリーズで同社のデザインフィロソフィーを表現。広告の制作を担当したデザイン統括部 ディレクターの丸山哲朗さんと広報宣伝部 課長の平松維実さんにコンセプトや狙いについて聞きました。

前半の「リフレクション編」(AXIS177〜179号掲載)についてはこちらのインタビューをご覧ください。

セイコーウオッチ デザイン統括部 ディレクターの丸山哲朗さん。

伝えたかった「人と時計の関係」

前半「リフレクション編」の掲載が完了したところで、シリーズ広告の取り組みをどのように評価しましたか。

丸山 私たちは通常プロダクトデザインをメインにしています。よってグラフィックで、しかもフィロソフィーを表現するという試みは初めてでした。その成果の良し悪しはわかりませんが、ゼロがイチとなった。まずは始めることができた、ということが私たちにとってはひじょうに有意義だったと考えています。

平松 私個人としても限られた時間のなかで新しい表現にチャレンジでき、良い経験になりました。デザインに携わっているメンバーや外部のクリエイターの方々からも「面白い」「ああいった表現もいいね」といったポジティブな反響がありました。

セイコーウオッチ 広報宣伝部 課長の平松維実さん。

180号〜182号に掲載された後半「腕劇場編」は、前半の「リフレクション編」とは構図や時計の見え方がガラリと変わります。

丸山 両者は全く異なる表現になっていますが、根本の考え方は同じです。最初に、3つのデザインフィロソフィー(※)のなかの「illuminates your life(着けて輝く)」 に焦点を当て、どういった表現があるか多角的にアイデアを出し合いました。そのなかから私たちが試してみたい2つのアイデアを実現させた、というわけです。

※ 2009年にデザイン統括部はセイコーウオッチのデザインフィロソフィーをまとめた。
(1)grabs your eye(眺めて強く)
離れたところから見ても一瞬で目を釘付けにするような、大胆で独創的な存在感のあるデザイン。
(2)fills your soul(見つめて深く)
そして時計を手に取った人がその繊細なディテールやこだわりに魅了され、心が充たされていくようなデザイン。
(3)illuminates your life(着けて輝く)
最終的に時計を着けた人の個性やキャラクターと調和して、その人を最も魅力的に演出するようなデザイン。

平松 私たちは、時計そのものよりも使っている人自身が輝くということに強い意識を持ってデザインしています。前半「リフレクション編」では、時計に写り込んだ光を象徴的に扱うことで時計を着けてくれる人のさまざまなシーンや時を彩りたいというコンセプトを表しました。後半「腕劇場編」でも時計と人との関係性を表現したかった。結果的にこちらのほうが「着けて輝く」というコンセプトが素直に伝わるビジュアルになったと思っています。

180号に掲載の「円陣」。デザイナーの皆さんの衣服を事前に撮影。その写真をもとに全体のバランスを検討したという。大きな画像はこちらからご覧ください。

デザイナー自らモデルとなり、フィロソフィーを演じる

それでは、「腕劇場編」について1号ずつ解説をお願いします。

丸山 180号の「円陣」は、機能、価格、文字板、バンドなどすべてが異なるデザインの時計を8アイテム選び、円陣を組むように配置したものです。時計も着けている人も全く違うけれど「われわれのフィロソフィーは1つ」という気持ちを込めました。

丸山 181号の「逆立ち」は逆境のイメージですね。私たちがデザインした時計を着けている人にはどんな苦しい状況にあってもその人らしく輝いていて欲しいという想いを込めました。ここでセレクトしたのは厳しい環境にも耐えられる堅牢なダイバーズウオッチです。腕時計は、常に人が身に着けている稀有なプロダクト。だからこそ、可能な表現になったと自負しています。

181号に掲載の「逆立ち」。大きな画像はこちらからご覧ください。

平松 当初は、数名が逆立ちして並んでいるようなビジュアルを提案していたんです。しかし撮影が難しく、引きのアングルになると時計が見えにくくなってしまう。最終的にはシンプルにひとりだけが逆立ちしている構図となりました。

丸山 182号の「円卓」は地球をイメージしています。地球上では、国、年齢、職業、性別も違ういろいろな人たちが生活している。そうしたすべての人たちに輝いていてほしい。それからもう1つは、時計の文字板のイメージを重ねています。円卓には12人が座っていてそれぞれがインデックス(文字板の目盛)になっているんです。前半「リフレクション編」での時計のアップが徐々にフェードアウトしていって、後半につながって、最終的には時計ではなく着けている人が主役になるという流れにしました。シリーズのなかでいちばん表現したかったのがこの最終回なんです。

182号に掲載の「円卓」。大きな画像はこちらからご覧ください。

大変だったことはありますか。

平松 プロのモデルさん以外の9名は全員弊社のデザイナーです。当然ですが撮影されることには不慣れでポーズもなかなか決まった感じになりません。プロのモデルさんが横にいると、その差も歴然で(笑)。想定以上に時間がかかり、進行管理にも気を揉みました。

「円陣」のメイキング画像より。長時間無理な姿勢を強いられながらも、現場の雰囲気は楽しんでいるようだった。

社内のモデルはどのように選んだのでしょう。

丸山 若手のデザイナーに協力してもらいました。自分たちのフィロソフィーを自ら演じてみることで、これからの彼らの仕事への取り組み方も変わっていくのではないでしょうか。「illuminates your life」という言葉も彼らのなかにずっと残っていくし、その次の世代へも引き継いでくれると思います。セイコーデザインを提供していく責任みたいなものを感じてもらえたら嬉しいです。もちろん彼らはとても楽しんでやってましたよ(笑)。撮影とはいえ、円陣を組むとなんとなくチームらしくまとまっていくような感じがありましたね。

「円卓」のメイキング風景より。ヘアスタイリングやネイル、手にファンデーションを塗るなど準備も入念。

その他にもこだわりのポイントなどあれば教えてください。

平松 世界中でいろいろな人が身に着けているという時差を想定して、各腕時計の時針の位置を変えています。広告を目にするわずかな時間では、おそらく気づいてもらえない細かな設定ですが、私たちにとっては意味のある表現でした。時計には、一瞬見たときのインパクトだけでなく、長く愛用することで気づくつくり込みの良さや奥深さみたいなものがある。同じように、ビジュアルも初めて見た時には気づかないかもしれないけれど、時間を経てわかる表現を意図しました。

ビジュアルづくりを積み重ねていきたい

今後、こうして生まれたビジュアルを外に打ち出していくような機会はあるのでしょうか。

丸山 デザイン組織として主体的に活動するときに積極的に使っていければと思っています。ただ、これで終わりというよりはこれが始まりという感じですね。時代別に弊社の商品を並べればセイコーデザインの歴史はわかりますが、同じ意味で私たちの哲学や精神的な部分を表現したビジュアルを積み重ねていくことも意味のあることだと思います。

このシリーズ広告は次世代のデザイナーに向けてのメッセージでもあると。

丸山 当初、純広告的なビジュアルアイデアもあったのですが、あえてそこは避けました。もちろんプロのモデルさんにお願いしたほうが、写真としては「かっこいい」でしょう。でも、それより自分たち自身でつくっていく意味のほうがもっと大きい。いちばん伝えたいのは、キレイなビジュアルではなく、私たちの気持ちなので。

平松 製品を格好良く見せるビジュアルをつくっても、セイコーデザインを表現することにはならないだろうと、早い段階から共有していました。人を輝かせるという理念をどのように表現するか、知恵をしぼり挑戦する。大変でしたが、ひじょうに楽しく取り組むことができました。

フィロソフィーと向き合うプロセスが重要

現在は次のシリーズを検討中だそうですが。

丸山 今回はマネジメントのメンバーが中心になったので、次は若手に託すつもりです。彼らは普段プロダクトデザインをメインにしているため大変な面もあると思いますね。でも私自身もやってみてわかったことですが、プロセスがとても重要なんです。若手デザイナーなりの考えがあると思うし、できるだけ悩んで議論してもらった方がいい。そして彼らがいちばんやりたいものを表現してもらえたら。どんなものが出てくるか楽しみにしています。(インタビュー・文/今村玲子、写真/西田香織)

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