デジタルとデザイナーが協業する時代へ
「Experimental Creations #006」

マテリアルの実験やクリエイションのプロセスにフォーカスしたプロジェクト「Experimental Creations」の展覧会が、10月28日〜30日にかけてAXISギャラリー・シンポジアで開催された。

今年は8組のデザイナーが“Digital”をテーマに作品を制作。人間がコンピュータを道具として使いこなす時代を経て、今は人間とコンピュータがいかに共同作業を行っていくかという時代。AIとクリエイションの研究も進むなか、デザイナーの役割はどのように変化していくのか。3Dスキャンや3Dプリント技術を活用しながら、新しい表現を模索するデザイナーたちに話を聞いた。


吉田真也「ray tracing」

昨年の「Experimental Creations」展で、光ファイバーを切断してオーブンでブロック状に焼成した作品を制作した吉田真也氏。その実験で得られた気づきの延長として、今年は透明のマテリアルが持つ反射、透過、屈折といった光の現象にフォーカスした。3DCADソフトでモデリングした5mm角のパネル3,000枚に対してランダムな係数を与え、1枚ずつ角度を変えて光を乱反射させたものだ。

「1枚ずつ手作業で光をコントロールするのは現実的ではない。ある程度デジタルに任せたランダマイズによって、大容量の情報を一気に整理していくことができる」と吉田氏。このデータにもとにアクリルを切削し、最後は人の手で研磨してプリズムのような効果を持つ透明のブロックができ上がった。

これを大型化していけば、新しい建築材やファサードの提案にもつながるだろう。「今回は3,000枚のパネルだが、理論的には1億枚で構成することもできる。そうすればもっと不思議な効果が生まれるはず」とのこと。ただ現状ではデータが重すぎると製造側のスペックを超えてしまう。そのため今回は、切削機が動かなくなる限界の容量までに解像度を止めたそうだ。技術は想像を超える勢いで発達しているため、こうした制約は時間が解決する。吉田氏は、「技術への敷居が下がると、こうした複雑な作品がもっと増えてくるだろう」と話す。


富松 暖「ALTERS 支えるもの」

「3Dプリンティングの技術や状況を象徴するような作品がつくりたかった」と話す富松 暖氏は、3Dプリントで制作する際のサポート材に着目した。サポート材は水をかけると消える性質を持った樹脂でできており、プリントしたものを取り外ししやすいよう、あえて壊れやすいものとなっている。いわば、ものをつくるために犠牲となる存在だ。

「ALTERS 支えるもの」では、自然の石をスキャンして3Dプリンタで出力し、そのサポート材を作品とした。製品とサポート材という、「ポジとネガ」のような関係性を浮かび上がらせる、コンセプチュアルな試みだ。

富松氏自身も試作品をつくるときに3Dプリンタを多用するという。「あるとき、3Dプリンタでつくったものよりもサポート材のほうがかっこいいと感じることがあった。無駄のない角度や最小限の材料で、コンピュータが制作物を支えるというロジックにも魅力を感じた。自然物も実は最小の質量で自身を支えている、それに似た美しさがある」。


村越 淳「nuno」

村越 淳氏は、3Dプリンタでプロダクトそのものをつくるというプロデュースに取り組んでいる。今回展示された「nuno」は、コップに織物を被せた形を3Dプリントで出力し、蓋としてプロダクト化したものだ。コップと同じ経の発泡スチロールに布を被せてスキャンすると、布の部分だけが3Dデータ化されるという。3Dソフトを使って同じような形をモデリングすることは可能だが、サーフェスにテクスチャを貼りつけるときに不自然な形となる。3Dプリンタの利点は織物らしさを感じ取るに十分な細かいテクスチャまで、都度本物と同じように出力できるということだ。

また、村越氏の取り組みは「デザイナーの役割」について根本から問いかけているようなプロジェクトでもある。この作品では「コップに布をかける」という行為“のみ”が、人間が成し得るデザインというわけである。


秋山かおり(STUDIO BYCOLOR)「A TEXTURE Of Their Own」

「二次元のモニターで見て満足する人もいるが、人間の感覚で一番先に発達するといわれる触感を見直すことは大事ではないか」と話す秋山かおり氏。今回は、3Dソフト「ライノセラス」のプラグインを使って、メロンやキュウリといった植物のテクスチャをシミュレーションし、木のプレート上に切削加工して表現するプロジェクトに挑んだ。「スキャナーには頼らず、どういったアルゴリズムを組めばより本物らしさを感じられるかをシミュレーションしながら自分なりにテクスチャのデータをつくっていった」という。

「色(COLOR)、素材(MATERIAL)、仕上げ(FINISH)という要素に着目し、プロダクトをデザインする需要は増えてきている」と秋山氏。例えば、アイフォンなど外装がシンプルなデバイスの表面に、これらの要素を使ってデザインする事例もあるという。3D技術は、こうしたサーフェスデザインの領域でも可能性があるようだ。

かつてのように人間がコンピュータを道具として使いこなす時代を経て、今は人間とコンピュータによる共同作業をいかに行っていくか、という時代。破竹の勢いでテクノロジーが進化し、遂にはAIがクリエイションに関わるというような研究も進むなか、デザイナーの役割はどう変化していくのだろう。デザイナー自身がそれを自問自答しながら実験し、道を探っていこうとする姿が印象に残った。(文・写真/今村玲子)


「Experimental Creations #006」

会期:2016年10月28日(金) ~ 10月30日(日)※終了しました

会場:AXISギャラリー・シンポジア

プロデューサー:上野侑美

出展デザイナー:早川和彦、松田 優、STUDIO BYCOLOR/秋山かおり、富松 暖、村越 淳、
        福定良佑、吉田真也、濱西邦和

詳細http://experimental-creations.com/



今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。