第19回
「子どもと大人の世界をつなぐ物をつくる、デザイナー のぐちようこ」

▲ よしよしの写真用窓付きぽち袋「フォトぽち・いえ」。日々の写真を引き出しに仕舞い込まず、気軽に飾って楽しむことができる。

のぐちようこさんは、子どもの物を中心にデザイン活動を行っている。子どもの世界の物に対して真摯に向き合って考えることを大事にしているという。目指しているのは、「誰かと誰かの間をつなぐもの」をつくること。

▲ 光世さんと、のぐちようこさん。


作家の光世さんとの暮らしのなかで

のぐちさんがものづくりに興味を抱いたきっかけは、母親の光世さんの存在だった。

光世さんは、作家として、ボランティアとして、養護学校、老人施設、図書館などで用いる布の絵本や遊具をつくる活動をしている。80歳を過ぎた現在もものづくりを続け、各地で講習や講演会も行っている。

小さい頃には、ぬいぐるみや人形、それに着せる洋服、布の絵本をつくってくれたそうだ。光世さんの作業部屋には、色とりどりの刺繍糸や端切れ、ボタンなどの材料や工具類で溢れていた。「それが宝の山に見えて、その空間にいるだけでワクワクしました」と話す、のぐちさん。

そういう暮らしのなかで、創造力や想像力が自然と育まれていったのだろう。のぐちさんの製品は、そこから物語が始まっていくような楽しさがある。

▲ コド・モノ・コトの「エッグスタンド」「コックの塩入れ」。載せるだけでいつものゆでたまごが特別なものになる。


生活に役立ち、家族が一緒に楽しめる

のぐちさんは作家ではなく、デザイナーの道に進んだ。縫製に関して光世さんがあまりに天才的だったことと、また、別の物づくりへの興味が心の中に芽生えはじめた出来事があった。

小学5年生のときに、友だちが通っているアトリエに遊びに行った。その先生は、「自分の好きなこと、やりたいことをやってごらん」と、創造の世界へそっと背中を押してくれた。そこで自分の意志で、自分の考えでつくったのがカレンダーだった。

家に持ち帰ると、光世さんがさっそく壁に飾り、家族が一緒に使ってくれた。つくった物を評価してもらったことではなく、生活のなかで機能して家族みんなに役立ち、喜んでもらえたことが、とても嬉しかったそうだ。

「もしかしたら今から思えば、それがデザインというものに初めて触れたときだったような気がします」と、のぐちさんは語る。
    

▲ コド・モノ・コトの「キリヌキこくばん」。昼間はお絵描き。夜は仕事で遅くなるお父さんにメッセージを書いておく、家族の伝言板として活用できる。


グラフィックとプロダクトを併せたものづくり

その後、美大に進んだのぐちさんにとって、もう1つのデザインとの出会いがあった。90年代初頭、日本に普及し始めたばかりのマッキントッシュだった。何でもできる夢の道具に思えた。

当時は高額だったが、ひたすらバイトをしてお金を貯めて手に入れると、さまざまな物を制作した。レターセットやポストカード、書いた文字を指すスティックも含めた、子ども用のアルファベットのボードなど。子ども時代に手描きでつくったカレンダーも同じものが複数枚つくれる、さながら量産体制の小さな工場長のような気分だった。

そういうものづくりをしているうちに、自分は平面のグラフィックと立体的なプロダクトを併せた、手で触れて何かを感じることのできるものづくりが好きだということに気づいた。それもやはり生活のなかで使って役立つ物。雑貨や文具をつくるメーカーに興味を抱き、卒業後はソニー・クリエイティブプロダクツに入社して、海外のキャラクターの雑貨の企画やデザインなどに取り組んだ。     

▲ 光世さんと行った展示販売会「ふかふかパンやさん」。本物のパンと同様に、トングで挟んで購入する。


光世さんとものづくりを始める

仕事は楽しく、毎日、生き甲斐を感じていた。終電で帰ったり、徹夜したりすることもたびたびあった。その日も夜遅くに家に帰って来ると、光世さんがまだダイニングテーブルで針仕事をしていた。何気ない会話をしていたところ、光世さんがまもなく70歳になることを知り、はっとさせられた。

「目の前に、70歳になってもこんなにクリエイティブに、楽しそうに物をつくっている人がいるのに、私はどうしてこの人と一緒に何もしてこようとしてこなかったんだろう。この人と一緒に何かをしたい、しなければいけないと思ったんです」と、焦燥感にも似た気持ちになった。

具体的な案があったわけではなかったが、このまま会社勤めでは、光世さんとの時間をつくり出すのは難しいと感じた。そこで2004年に思い切って会社を辞めて、フリーランスで活動することを決意する。

そして、光世さんの作品の魅力をもっと広く多くの人に知ってもらいたいという思いから、2006年1月に「みつよ+ようこおもちゃてん」と題して、靴を脱いでくつろいでもらえる小さなギャラリーに光世さんの布の絵本や遊具を並べ、のぐちさんが店長を務める店を開いた。その後も何度か店を開いた。

▲ コド・モノ・コトの「ひげ+コック帽」。コック帽は生成りの帆布、ひげはフェルト製。


コド・モノ・コトとの出会い

「みつよ+ようこおもちゃてん」には、コド・モノ・コトを主宰する萩原 修さんや増田多未さん、運営メンバーでデザイナーの磯野梨影さんも訪れた。それが縁となって、のぐちさんもコド・モノ・コトに参加させてもらうことになり、自身のデザイン活動も始まっていく。

1作目は「光世さんとの共作にしたい」という思いから、「コック帽」をつくった。のぐちさんがデザインを考えて、光世さんが帆布で試作をつくり、話し合いながら大きさや高さ、ギャザーの寄せ方などを詰めていき、型紙を起こし、生地を選んで工場で縫製してもらった。アジャスターが付いているので、大人もかぶることができ、親子で一緒にキッチンに立って料理を楽しめる。

このコック帽をはじめ、のぐちさんがコド・モノ・コトでつくる物は、どれも子どもだけが使う物ではなく、家族一緒に楽しめることが特徴だ。そこにはまさに子ども時代につくったカレンダーと同じ考えが根差している。

それも大人が子どもの目線に立って見たり、童心に返ったりするのではなく、子どもと対等な立場で大人のままで楽しめる物。また、子ども用として特別な物をつくって子どものいる世界を切り離してしまうのではなく、子どもも大人もいる世界は同じと考え、子どもと大人をつなぐ物をつくることを目指している。

▲ グラフィカルにデザインした、京王のりものグッズのタオルハンカチ(今治タオル)。ほかにミニトートバッグもデザインした。


子どもとの驚きや発見の日々

子どもの物をつくりたいという思いで活動してきたのぐちさんにとって、コド・モノ・コトとの出会いは大きかったそうだ。「いろいろな仕事に携わる、さまざまな視点を持った方がいらっしゃいます。その方々と意見を交換したり、情報をいただいたりするなかで気づきや学びを得られるので、とてもありがたいです」。

のぐちさんはほかにも、さまざまなプロジェクトを行っている。近作では岐阜県美濃のシイングとともにつくった紙の道具「かみみの」をきっかけに、紙小物のレーベル「よしよし」を展開。また、てぬぐいのコレカラを楽しむ「てぬコレ」、京王のりものグッズ、彫刻の森美術館×マルマン株式会社と共同開発した教育普及プログラム「森のスケッチブックー彫刻の森美術館でのスケッチ体験ー 図案スケッチブックOne Day 彫刻の森美術館 ver.」、ベネッセコーポレーションのエデュトイ、絵本、など。

▲ かみみのの「おくるみぶくろ・あかちゃん」。お祝いの一言を添えられるカード付きの金封。


お子さんは、今年で4歳を迎えた。子どもを産む前と後で子どもの物に対する考え方は変わったのだろうか。

「周りの人から『ちょっと変わったよね』と言われたりもするのですが、自分ではまだあまりわからないんです。今は目の前にいる、この小さな人が繰り広げることに日々、驚きと感動と関心の嵐で、面白くて、楽しくて、刺激的な毎日です。いつまでも何かに夢中になっていたり、次はそうくるか!と思いがけない方向に遊びをむくむくと広げていったりする様を、止めることなく、先回りすることなく、子どもの時間をとことん共有してわかる多くの気づきが、いつかものづくりに生かされたらいいなと思っています」。

のぐちさんのこれまでの作品の一部が、母校の武蔵野美術大学の企画展で展示される。コド・モノ・コトでも展覧会やワークショップが行われる予定だ。ご家族で一緒に足を運んでみてはいかがだろう?(インタビュー・文/浦川愛亜)


「コドモあそび家−デザイナーと考えた11のヘンテコな「あそび」−」展
2015年に10周年を迎えたコド・モノ・コトは、11年目となる今年の5月からコド・モノ・コト研究会を行い、子どもに関わる多彩なゲストを招いて子どものコトやモノについて改めて皆で考える場を設けた。それを経て、「あそび」をテーマにした作品展示やワークショップを開催する。場所は、プロジェクトの名前の由来にもなった「モノ・モノ」。のぐちさんは、「よあそび」をテーマに考えた。
会期:2016年11月23日(水祝)〜27日(日)10:00~18:00
会場:モノ・モノ
http://monomono.jp

東京ミッドタウン・デザインハブ 第62回企画展「デザインの理念と形成:デザイン学の50年」
武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業生を中心とした50名が、社会の現実と向き合った50年のデザインを展示。トーク・イベントやパネルディスカッションも開催する。
会期: 2016年11月19日(土)〜12月25日(日)※11月23日(水)は閉館
会場:東京ミッドタウン・デザインハブ
http://designhub.jp/exhibitions/2592/
http://www.kisode.com/


のぐちようこ/デザイナー。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。Sony Music Groupで雑貨デザインなどを経て、2004年よりフリーランスとして活動。日用雑貨・文具・玩具・絵本・幼児教材等、主に子どもの物、子どもと一緒に使う物、贈る物のデザインを手がけている。コンセプト提案からデザインまでの一連の商品企画、シンボル、キャラクターデザイン、イラストレーションも手がける。母であり、作家の野口光世との展示・創作活動も行っている。
http://www.yo-happy.com

よしよし
http://yoshi-yoshi.info

コド・モノ・コト
http://www.codomonocoto.jp

かみみの
http://www.kamimino.jp/

てぬコレ
http://www.tenukore.com

京王ストア[京王のりものグッズ]
http://www.keiostore.co.jp/retail/goods.html

教育普及プログラム[森のスケッチブック-彫刻の森美術館でのスケッチ体験-]
http://www.g-mark.org/award/describe/43225