ニッチな素材に対する理解を求めて。

「トスカーナ産植物タンニンなめし革 革と水とタンニン、そしてなめし職人たちの情熱」イベントレポート

11月25日、イタリア文化会館 東京で「トスカーナ産植物タンニンなめし革 革と水とタンニン、そしてなめし職人たちの情熱」が開催された。このイベントはイタリア・トスカーナ地方の植物タンニンなめし業者(タンナー)22社が加盟する「トスカーナ地方タンニンなめし革協会」が2000年から毎年行っているもので、今年で16回目となる。

高級皮革製品で知られるイタリアだが、特に中部トスカーナ地方のアルノー川沿岸サンタ・クローチェおよびポンテデーラという地域では植物に含まれるタンニンで皮革をなめす「植物タンニンなめし」が盛んだ。このイベントは、タンナーが来日して、自ら植物タンニンなめし革の魅力について伝える催しで、セミナーと展示から成る。今年の主要なテーマは「タンニン」。植物タンニンの特性やなめし工程の詳細を日本の市場に伝える貴重な機会となった。

▲セミナーに登壇したタンナーたち。左から、パオロ・テスティ氏(協会理事)、ひとりおいて、シモーネ・レミ氏(協会会長)、ステファノ・ピノーリ氏(協会理事)。

クオリティとは均質化のことではない

レクチャーではまず、協会理事のパオロ・テスティ氏が皮革のなめし工程を解説した。協会の加盟タンナーが使う原皮はすべてヨーロッパの食肉産業からの副産物である。主にフランス、その他ドイツ、スウェーデン、デンマーク、フィンランドなどから購入しているという。タンナーでは細菌の繁殖を防ぐため塩漬けされた原皮を裁断し、木製の大型回転ドラムの中で植物タンニンと皮を反応させてなめす。その後、加脂して乾燥する。これが「バケッタレザー」と呼ばれる素材となって、バッグや靴の工房へと渡るのだ。

▲裁断された原皮。

▲なめし終わった皮革を取り出す。

▲乾燥する。

▲バケットレザーの選別作業。

テスティさんによると「植物タンニンなめしにとって最も重要なのは水」だという。雨水や川などの地表水はなめしには向かず、最適なのは井戸から汲み上げた地下水だ。トスカーナ地方で植物タンニンなめしが始まったのは中世だが、19世紀頃にこの地域で根付いたのは、豊かな地下水があり、しかもなめしに最適な水質だったためと言われる。「実際私は2年前に工房を引越しして水質の変化に悩まされました。結局、45メートル掘った井戸をさらに130メートルまで深く掘り直し、ろ過装置をつくり直すことでようやく従来の製法が可能になった。われわれタンナーによって水質調査はひじょうに重要なファクターです」。

水と同様、材料となる動物の皮も重要だ。毛に覆われた状態で購入するため、銀面(動物の皮のシボが見える体表面側)がどうなっているかを知ることはできない。なめしを終えてみると、ケジラミやダニ、ウシバエなどによる傷跡や焼印の痕、塩斑などが残っていて「商品にならない」ため、タンナーを悩ますことがあるという。

しかしテスティさんは「それらは動物が生きていたときの痕跡」と複雑な心情を明かす。「傷や痕は生き物の“個性”だととらえている。さらに植物タンニンでなめすと、独特の質感や経年変化という特徴がある。これらも“個性”だ。私たちにとってクオリティとは均質化を意味するものではありません」と、自然素材ゆえの価値観に対する消費者の理解を求めた。

植物タンニンの用途や製造法をレクチャー

続いて、協会理事で化学者、植物タンニンの専門家であるステファノ・ピノーリ氏がレクチャーを行った。

▲ステファノ・ピノーリ氏

タンニンは植物に由来する収斂(しゅうれん)作用のある水溶性化合物(ポリフェノール)であり、木部や樹皮、果実などに含まれる。収斂性の違いで分類され、特に加水分解型タンニン(ピロガロール系)は酸度が高く、タンパク質と結合することで、革なめしに必要な高い収斂(毛穴を引き締める)と染料の浸透性をもたらす。

▲粉末状に加工されたタンニン

革なめし以外の用途では、ワインの醸造、ダンボールやパーティクルボードの製造、ワイン醸造、動物の飼料用、水処理、原油の潤滑剤、抗サビ剤などとして使われている。タンニンは果物や茶、コーヒー、ワインなどにも含まれているが、トスカーナ地方の植物タンニンなめしでは、ケブラチョ(アルゼンチン産の樹木)、ミモザ(南アフリカ、ブラジル)、クリ(イタリア、スロベニアなど)、タラノキ(ペルー)、ミラボラム(インド)、ガンビア(インド)などの樹木や樹皮、木の実から採れるタンニンを各タンナーのオリジナルのレシピで、革の部位などによって使い分けているそうだ。

タンニンは、(1)まず植物部材を機械処理した後、(2)逆流水によってタンニンを抽出し、(3)そのタンニン溶液を真空下で凝縮、(4)亜硫酸水素塩で処理した後、(5)パウダー化される。会場では、タンニン粉末を展示しており、来場者は香りをテイスティングすることができた。

筆者もケブラチョやミモザのタンニンを試してみたが、木質の芳香が印象的でいわゆる「革の匂い」というのは植物タンニンに由来していることを初めて知り、驚いた。次々と匂いを嗅いでいると、協会会長のシモーネ・レミ氏がにこやかに声をかけてきた。「食べても大丈夫。タンニンはいつもあなたが口にしているものなんですから」。

▲会場ではセミナーの内容とリンクしたかたちで実物のタンニン粉末を展示。香りをテイスティングすることができた。

次世代に技術を普及する取り組みも

レクチャーの最後に協会会長のシモーネ・レミ氏が登壇し、植物タンニンなめしの根幹ともいうべき、タンナーの創造性と個性の尊重について語った。手間のかかる少数生産で、かつ個体差の大きい植物タンニンなめし革は、マスプロダクションの対極にあるニッチな製品だ。協会のタンナーたちはそれを知っているからこそ、自らの言葉で素材や技術の価値を伝え、理解してもらおうと努めてきた。その成果もあり、370人ほど収容可能なホールはファッション関係者から学生まで例年満席となっている。レミ氏は「日本の市場は、植物タンニンなめし革がもつ多様性に対して深い理解を示してくれている」と感謝を示した。

▲会場に展示された、タンナーの顔と彼らがつくり出したバケットレザーの見本。

▲協会ロゴマークのモチーフにもなっている「タンナーの手」。

また会場では、学生による作品展「THE CRAFT LEATHER 2015」の展示もあった。これは協会が主催する植物タンニンなめし革のデザインプロジェクトであり、若い世代に伝統技術の知識や工程を普及していくことを目的としている。世界各地から招待された10人の学生が1週間ほどタンナーの工房で技術を学びながら滞在制作を行った。今年は、文化服装学院のハン・クアンさんが最優秀賞を受賞し、レミ会長から革製のトロフィーを受け取った。(取材・文/今村玲子)

▲ハンさんの作品「In the sea」。海中の動物と、プライウッドの家具という2つのイメージを組み合わせた皮革作品は、技術の高さが評価された。

▲レミ氏とハンさん。