ヴィッキー・チェン(林百貨店ディレクター)
「地元の歴史を広く伝えたい。
その気持ちがすべて」

2016年11月28日〜12月3日に開催された香港の「ビジネス・オブ・デザインウィーク(BODW)」(香港デザインセンター主催)で講演を行った約60人のクリエイターのなかからピックアップしてダイジェストで紹介する。

林百貨店は日本統治時代の1932年に山口出身の経営者・林 方一が創業した台南初のデパート。当時はファッションや文化発信の中心的な役割を担った。45年に閉店してから工場などとして使われたこともあったが、30年近く空きビルとなっていた。98年に台南市の文化財として指定されたことから修復工事を実施。チェン氏が所属する高青開発株式会社(Koche Development)が賃貸するかたちで、14年に新生・林百貨店がオープンしたのである。

レトロな建築意匠を残した、あるいは再現した空間には、台湾の職人やメーカーとともに開発したオリジナル商品を陳列。地元の人々はもちろん、観光客の「立ち寄るべきスポット」として広まり、入場制限するときもあるほどの賑わいだという。開業当時と同じく「台南のライフスタイル」「歴史と文化」を伝える発信地となっている。

「プロジェクトが始まったときは利益のことなど一切考えなかった」とチェン氏。「私自身、台南がビジネスと生活の拠点であり、地元の歴史を広く伝えたいという気持ちがすべてのモチベーションになっている」と話す。チェン氏が連れていた若い女性スタッフは台北出身。母親から林百貨店の歴史について聞いて興味を持ち、このプロジェクトに関わるため台南に移り住んだという。「林百貨店を台南で最も有名なロケーションにしたい」と熱く語った。

チームは空間づくり、店舗オペレーション、プロダクト開発などすべてに関わるが、特に力を入れているのがプロモーションだ。近年増加している観光客に向けて「今ここであなたが見ているものが台南の歴史であり、台南のライフスタイルなのです」というメッセージとともにこの都市の物語を伝えてきた。「ここから発信される文化は、分断されたものをつなげるのに良い接着剤となる。特に重要なのは“人”。林百貨店では当時を知る人を招き、スポークスマンとして活躍してもらっている。彼らはまさに歩く歴史だ」(チェン氏)。

林百貨店の成功を受け、同社としてはやはり地元・台南エリアで「適切なロケーション」があれば、同様のプロジェクトを展開していきたい考えだ。香港や近隣の国からも視察や引き合いがあるというが、「ユニークで特別な林百貨店のブランドは地域のキャラクター性と結びついている。これをそのまま別の場所にコピーすることはできない」と慎重な姿勢だ。

数カ月前に林百貨店を訪れて「衝撃を受けた」という香港在住の記者がこう感想を漏らした。「大変“美しいプロジェクト”。しかし同時にお金と労力もかかる。効率性や利益ではなく、文化を大切にする、という台湾人のモチベーションがこれを成功させたのではないか」。

今後は、陶芸など伝統工芸の職人たちとの製品開発も行っていきたいという。「世の中には優れた職人や技術が隠れている。それらを発見し、モディファイして、現代の市場にアピールしていきたい。ただ、双方にとってハッピーな関係や適切な商品を生み出すためには、世代の異なる職人たちと時間をかけてコミュニケーションしていく必要がある」とチェン氏。大変な仕事だが、もちろん彼女にその覚悟はある。(取材・文/今村玲子)